My Museum 東京国立博物館 「柳緑花紅(改訂版)」    
平成18年11月6日
上野の杜の建物探訪(3)
…両大師、寛永寺旧本坊表門、旧因州池田家江戸屋敷表門、旧十輪院宝蔵…
井 出 昭 一
慈眼大師と慈恵大師の像を安置する“両大師”
 日本学士院と道路を挟んで向い側にある「両大師」は、寛永寺の開山・天海大僧正の像を安置する堂として正保元年(1644年)に建立され、その後、天海が最も尊敬した平安時代の高僧・慈恵大師(良源大僧正)の像をも安置したため、一般に「両大師」と呼ばれ、「開山堂」または「慈眼堂」ともいわれています。
 天海は、徳川家康・秀忠・家光3代にわたる徳川将軍からの信任が厚く、隠然たる勢力を持っていましたので、徳川幕府の“黒衣宰相”ともいわれています。天正16年(1588年)川越に喜多院を再興し、また上野に寛永寺を創建するなど、並はずれた才能を持つ卓越した天台僧でした。天海は寛永20年(1643年)に東叡山寛永寺で入寂しましたが、出生年が明らかでなく、108歳説が有力とされていますから大変な長命の人です。
 将軍側近として重要な位置を占めると同時に、宗教上、政治上でも実力者といわれた天海大僧正は、入寂5年後、慈眼大師の諡号を朝廷から賜り、大師号としては史上最後の日本で7番目の“お大師様”となりました。その廟所は遺命により家康、家光と同じ日光山にあり、この上野の山には毛髪を納めた「天海僧正毛髪塔 」が建てられています。
 両大師の入口周辺には表示看板や旗が乱立していて年代を感じる門の見栄えを悪くしていますが、門を入ると石畳の参道の両脇には、桜、ツツジなどの季節の花を楽しめます。

子院が36坊もあった寛永寺
 天海大僧正が自ら初代門主となり、他の寺院に比べて全く別格で壮大な伽藍を造り上げた寛永寺は、子院36坊、本坊、根本中堂、文殊楼などの豪華な建物が建ち並び、三十六歌仙になぞらえて「歌仙ほど御寺のならぶ花の山」と詠まれて壮観だったようです。
 現在の寛永寺は、東京国立博物館の北西で子院のあった大滋院の地に明治12年、川越喜多院から本地堂(ほんじどう)を移築し、根本中堂として今日に至っています。
 寛永寺霊園内には、徳川4代将軍家綱(法名:厳有院)と5代将軍綱吉(法名:常憲院)の霊廟勅額門と水盤舎(いずれも重要文化財)が戦禍を免れて貴重な遺構として残っています。勅額門はともに、四脚門、切妻造り、前後軒唐破風付き、銅瓦葺きの同じ形式で、極彩色や飾り金具を多用した豪華なものです。


寛永寺の遺構:旧本坊表門

 両大師脇の輪王寺駐車場の南端で、JR上野駅を見下ろす両大師橋側に建っているのが寛永寺旧本坊表門(重要文化財)です。江戸前期に建てられた大規模な三間の薬医門で、両脇にくぐり戸を設けた黒塗りの豪壮な門です。現在の東京国立博物館は、旧本坊跡地に建てられたものですから、その規模はまさに壮大だったことが推測されます。寛永寺の場合、本坊は輪王寺宮法親王が居住されていたため、門には皇室の菊の御紋が印されています。
 慶応4年(1868年)5月15日の上野戦争(彰義隊の戦争)で寛永寺の伽藍はことごとく焼失してしまいましたが、この表門は辛うじて戦火を免れ、門扉などをよく見ると弾痕の傷跡が点々と残っています。
この門は、明治15年、コンドル設計の赤レンガ造りの帝国博物館旧本館(のち東京帝室博物館)が開館すると正門として使われ、関東大震災後、現在の東京国立博物館の本館…日本ギャラリー…(設計:渡辺仁)を建設するにともない、この地に移築されました。門の脇のシダレザクラも年代を感じる古木で、秋には見事なススキもみられます。
 上野公園内で寛永寺にかかわりがある建物は五重塔、東照宮、清水観音堂、両大師のみとなりました。

東京国立博物館は建築の“総合博物館”
 上野の杜の中心は、やはり東京国立博物館です。ここには、明治以降の近代建築としての本館(設計:渡辺仁)、表慶館(設計:片山東熊)、東洋館(設計:谷口吉郎)、平成館(設計:平田設計事務所)、法隆寺宝物館(設計:谷口吉生)の5棟の展示館として使用されている建物と、膨大な資料を保管する資料館(設計:平田設計事務所)があります。
 さらに本館北側にある庭園内の木立の中には、九条館、応挙館、六窓庵、転合庵、春草盧の5棟の茶室が点在し、すべて明治以前の歴史的に由緒あるものばかりです。東博は建築の総合博物館でもあるといわれ、その建物を丹念にみるといろいろな発見があって、それなりに楽しめるところです。
 本館と表慶館は近代建築として重要文化財に指定されていますが、野外展示の旧因州(鳥取藩)池田家江戸屋敷表門と旧十輪院宝蔵(校倉)も重要文化財です。
 旧因州(鳥取藩)池田家江戸屋敷表門は、通称“黒門”と呼ばれ、もと丸の内大名小路(現在の丸の内三丁目)に建てられていたもので、明治時代に東宮御所正門として移築された後、高松宮邸に引き継がれ、さらに昭和29年に東博の現在地に移されました。
 入母屋造りの屋根と左右に唐破風屋根の番所を備えた最も格式が高いもので、東京大学の加賀前田家の赤門と双璧をなし、当時の大名屋敷の豪壮な雰囲気を感じることができます。平常は門が閉ざされていてここから入ることはできませんが、土・日・祝日は門が開かれていてここを通って帰ることはできます。春先に黒門が開かれたとき、ここから眺める桜は格別です。
 旧十輪院宝蔵(校倉)は、法隆寺宝物館右側の木立の中に建っていますが、一間四方の日本で一番小さな校倉ですから目立たない建物です。奈良の元興院の別院に鎌倉時代に造られた経蔵で、内部の壁面には大般若経に関係する菩薩が描かれているそうですが、扉が閉ざされているので見る事はできません。
 注意しないと見過ごしてしまいますが、外部の腰壁には四面に十六善神像を線刻した石が嵌められています。


(注)東博の建物については下記をご覧下さい。
  (1)2006年02月05日「魅力あふれる東博の建物 明治以降の近代建築(1)」
                          …本館・表慶館・東洋館・平成館…
  (2)2006年02月20日「魅力あふれる東博の建物 明治以降の近代建築(2)」
                          …法隆寺宝物館・資料館…
  (3)2006年03月05日「魅力あふれる東博の建物 庭園内の茶室(1)」
                          …九条館・応挙館…
  (4)2006年03月20日「魅力あふれる東博の建物 庭園内の茶室(2)」
                          …六窓庵・転合庵・春草盧…

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IDE・トピックス No.20(2006.11.6) 
( )内は、見学した月/日です。

1.「第58回正倉院展」 (10/31)
  会 期:2006.10.24〜2006.11.12
  会 場:奈良公園 奈良国立博物館
  観覧料:一般 1000円
  問合せ:0742-22−7771
 秋の奈良の風物詩となっている正倉院展が開かれています。正倉院宝物は聖武天皇の遺愛の品を光明皇后が東大寺に献納したことに始まります。今年は聖武天皇が天平勝宝8年(756年)に崩御されてから1250年の記念の年に当たることから、節目の年にふさわしい宝物が数多く展示されています。献納品を記載した「国家珍宝帳」は、約15mの巻物が開かれています。鮮やかな赤に染めた象牙に鳳凰などの文様彫った物差し「紅牙場撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)」、文字の部分にキジやヤマドリの毛を貼った「鳥毛篆書屏風」、シルクロードを経てきたペルシャ風の緑色のガラス器「緑瑠璃十二曲長坏」など華やかな天平文化を彷彿させる68件の宝物が公開されています。


2.「興福寺 国宝特別公開 2006」 (11/1)

  会 期:2006.10.8〜2006.11.13
  会 場:奈良 興福寺
  拝観料:一般1300円(4箇所共通…北円堂、仮金堂、
      三重塔初層、国宝館)

  問合せ:06-4860−8600(ハローダイヤル)
 国宝館は、阿修羅像(八部衆像)、十大弟子像、薬師如来仏頭、千手観音像などの国宝をはじめ、重文などが勢ぞろいして何回訪れても見飽きることがないところです。八角円堂の北円堂の内部も公開されて、運慶晩年の代表作の弥勒如来坐像、わが国の肖像彫刻の最高傑作といわれている無著・世親菩薩像(むちゃく・せしんぼさつぞう)も拝観することができます。興福寺では、2010年の創建1300年に向けて中金堂の復元がすすめられています。復元された東西回廊の基壇に立って見ますと規模の大きさに圧倒され、4年後の完成が楽しみです。








3.「よみがえった明治建築…東京国立博物館表慶館改修…」 (10/28)
  会 期:2006.10.24〜2007.1.28
  会 場:上野 東京国立博物館 表慶館
  観覧料:平常料金で観覧可能です
 (一般 600円、70歳以上は無料 10/1から改訂)

  問合せ:03-3822−1111(大代表)
 表慶館は、赤坂離宮(現迎賓館)、京都と奈良の国立博物館を設計した明治の宮廷建築家・片山東熊の代表的建築です。大正天皇(当時は皇太子)のご成婚を慶祝して明治41年竣工し、明治時代の洋風建築を代表するものとして昭和53年(1978年)5月、重要文化財に指定されました。老朽化による雨漏りのため、昨年から今年にかけて、ドームの屋根の葺き替え、展示室の壁を創建当時の状態に近い色に塗り直しなど大修理が完了しました。建物自体を観察できる良い機会です。


4.「重森三玲の庭(地上の小宇宙)…生誕110年…」 (11/3) 

  会 期:2006.10.7〜12.10
  会 場:東新橋 松下電工汐留ミュージアム(松下電工ビル4階)
  観覧料:一般 500円(65歳以上 400円)
  問合せ:03-5777-8600
 重森三玲(しげもり・みれい 1896-1975年)は、日本の伝統的古庭園を実測調査し、それを基本に独自のスタイルで斬新なデザインを取り入れて、日本全国に200あまりの作庭を手がけました。日本庭園史上初めての市松模様を取り入れた京都・東山の東福寺本坊庭園が代表作といわれています。詳細な庭園の実測図が数多く展示されています。
 松下電工汐留ミュージアムに行きましたら、手前にある「旧新橋停車場 鉄道歴史展示室」(入場料:無料)にも立ち寄ってみて下さい。日本最初の鉄道ターミナル新橋停車場の駅舎の外観を当時と同じ位置に再現し、2階の展示室には懐かしい写真・資料などが展示されています。


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(了)

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