My Museum 東京国立博物館「柳緑花紅(改訂版)」
  平成18年2月20日
魅力あふれる東博の建物
明治以降の近代建築(2)…法隆寺宝物館・資料館…
  井 出 昭 一
前回は、東博の本館、表慶館、東洋館、平成館の見所を紹介しましたが、今回は法隆寺宝物館と資料館を取り上げ、建物とその内容を紹介します。
(5)法隆寺宝物館
  …谷口吉生の設計による近代的重装備の建物…
東博(東京国立博物館)の正門を入って左に折れて、まっすぐ進むと池の向うに法隆寺宝物館があります。
ここに法隆寺の宝物がまとまって展示されていることは、一般にはあまり知られていません。東博の来館者の多くは特別展が目当てで、平成館で特別展を見学すると疲れてしまうのか、本館・東洋館にも立ち寄らず去って行き、法隆寺宝物館は目にも入らないようです。

 法隆寺宝物館の旧館は、昭和39年に開館し、毎週木曜日のみ一般公開されていましたが、宝物の保存上、雨天の場合は閉館となっていました。現在は建て替えられて、旧館を偲ぶことができる唯一の名残は、浅野長武(元館長)揮毫の篆書体による館の銘板のみです。これは池の北側に生えるオリーブの大樹の前にひっそりと置かれていてほとんど気付く人がいません。

現在の法隆寺宝物館は、平成11年に開館しました。東博の構内では重要文化財に指定されている重厚な本館、華麗な表慶館の両建物とは全く対照的で、平成館と並んで東博のなかでは最も新しく近代的な建物です。
設計は東洋館を設計した谷口吉郎(よしろう)の子息谷口吉生(よしお)で、近年、ニューヨーク近代美術館の設計コンペで脚光を浴びましたが、国内でも土門拳記念館(酒田市)、長野県信濃美術館東山魁夷館(長野市)の設計者としても知られています。いずれも、水と建物の調和を図っている建物です。
この法隆寺宝物館は、収蔵庫兼展示室が厚いコンクリートと石の壁で外光を完全に遮断されているのに対し、エントランスホールとレストランは、透明なガラスと直線的な金属に覆われた明るい外側に配置するという二重構造になっているのです。また、ここは室温24度、湿度55%、24時間空調と、東博内では一年中最も快適な環境を保っているところです。設計者は、この明るいスペースを「周辺の自然を眺めながら作品鑑賞の余韻に浸る場所」だといっています。確かにここのエントランスホールで椅子に腰掛けると、池越しに表慶館のドームとその周辺の四季折々の変化を楽しむことができます。このように、法隆寺の宝物の“永久保存”と“公開展示”という相反する要因を同時に解決し、さらに美術品と自然環境との調和を配慮したものとして、専門家の間で評価され、日本建築学会賞を受賞しました。
「建物は絵画の額縁。絵画が主で、建物は自らを主張しない無機質なもの」であるとのコンセプトをもとに、建物のみならず展示方法、書架、椅子にいたるまで設計者の考えが反映されています。
展示室では、光を反射させない透明性を極端に高めた展示ケースで、作品のみを光の中に浮き上がらせ、解説は控え目に表示し、鑑賞の妨げになるもの、装飾等を一切排除して「作品鑑賞主義」を貫いているのだそうです。
免震対応の展示ケースとか光ファイバーによる照明についても、その裏に隠された仕組みの説明を聞かなければわかりません。ハロゲン球の光を光ファイバーのケーブルで伝送し、その先端で制御するもので、色あせを起こす熱と紫外線を遮断するため、展示物に害がなくしかも光源を小型化できるので、小さな金銅仏のスポットライトとして効果的に使用されています。
エントランスホールや中2階のロビーには近代的な椅子が置かれていますが、これらの椅子も設計者の指示によるデザイナーのもので、エントランスホールはマリオ・ベリーニ(イタリア)、受付はチャールズ・レイ・イームズ、中2階のロビーはル・コルビジェ(フランス)、資料室はチャールズ・レイ・イームズと言った具合です。驚いたことに、ベリーニの皮製の椅子は、勝手に動かすことはできないように置く位置まで指定されています。
一見、シンプルで単純のような法隆寺宝物館は、知れば知るほど作品の保存と来館者の鑑賞に対して、きめ細かい配慮が行き届いていて、極めて“重装備”のハイテク建造物なのです。宝物を単に「見る」だけでなく、「知る」、「楽しむ」、「くつろぐ」という多目的のための時間と空間を提供するのだとされています。
 …西の正倉院宝物・東の法隆寺献納宝物…
この建物もさることながら、そこに展示されている「法隆寺献納宝物」についてもあまり知られていないようです。
東博のボランティアを始めて以来、私は関係しているグループ、親しい友人などに請われて何回も法隆寺宝物館を案内してきました。見学後の懇親会で感想を伺ってみますと、「法隆寺の宝物が東京にあることを知らなかった」「奥まったところにあるので入ってよいのか判らなかった」「常時開館しているとは知らなかった」という人がほとんどで、なかには「宝物はいつ法隆寺へ返すのですか」などと訊かれてびっくりさせられたこともあります。
法隆寺献納宝物とは、明治11年(1878年)法隆寺から皇室に献上され、戦後になって国に移管された319件の文化財です。飛鳥時代7〜8世紀を中心に近世にいたるまでの各時代の名品が集められ、このうち国宝14件、重要文化財239件とまさに文字通り歴史的由緒ある宝物ばかりです。
西の正倉院宝物に対して、東の法隆寺献納宝物といわれるように、両者は日本の古代美術宝庫の双璧です。正倉院宝物が、天平勝宝4年(752年)東大寺大仏開眼のときに用いられた品々を中心に、聖武天皇の御遺愛品で奈良時代8世紀中頃の作品であるのに対し、法隆寺献納宝物は、それより一時代古い7世紀の法隆寺東院の絵殿・舎利殿に収蔵されていた聖徳太子関連の伝承品が中心で、貴重な歴史資料、同時に質の高いレベルの工芸品・芸術品、古代文化の東西交流の証しとなるものも多く含まれています。しかも、それらは発掘したものではなくすべて大切に守られてきた伝世品であることも他に例がないことです。
 デジタルアーカイブで自由に検索・閲覧…
このような古代美術の粋を、東博の開館時には常時見学できることはすばらしいことですが、さらに法隆寺宝物館の魅力は、中2階の資料室にあるデータベース「東京国立博物館法隆寺献納宝物…デジタルアーカイブ」です。
ここでは、法隆寺献納宝物全作品319件に関する画像と解説をコンピュータによって自由に検索し閲覧することができるのです。部屋別、ジャンル別、時代別、番号別に検索ができ、さらに希望する作品の細部をアップして拡大表示したり、画像を回転したり、展示では見ることができない底の様子、書かれている銘文を拡大して表示することなども容易に可能です。
例えば、古代東西文明の交流の証しで、法隆寺献納宝物を代表する名品「竜首水瓶(りゅうしゅすいびょう)」の胴の部分に描かれているペガサス(天馬)も、暗い展示室内ではよほど凝視しなければ判別できません。これをデジタルアーカイブで拡大してみますと、流れるような線彫りの状況が驚くほど鮮明に見ることができるのです。また、法隆寺の染織のうち錦を代表するという「蜀江錦綾幡(しょっこうきんあやばん)」も、最大の拡大表示にしてみると、経糸(たていと)と緯糸(ぬきいと)の織り込まれる様子までがはっきりと判別できるほどです。これを実際に操作して画面に映し出してみると、その鮮明さに一斉に驚嘆の声が聞かれるほどです。
さらに、このデジタルアーカイブは日本語のみでなく、英・中・韓・仏の5ヶ国語でデータが収録されているので、外国人にも是非とも体験していただきたいすばらしいシステムでもあります。
先日、ある高齢者のグループを案内したとき、参加者のひとりが「高齢者の無料パスで都営バスや都営地下鉄を使って東博に通い、法隆寺宝物館でデジタルアーカイブを使えば、お金を使わず終日、知的な遊びを楽しむことができる。東博ってすばらしいところですね」といわれました。まさにそのとおりです。
法隆寺宝物館を訪れたら、まず展示室を自分のペースでご覧ください。その後、中2階にある資料室で、デジタルアーカイブを心行くまで堪能してください。もし疲れたら真下の1階へどうぞ。そこには「ホテルオークラ・ガーデンテラス」があり、美味しいワインとフランス料理を楽しみながら、春はサクラ、秋には紅葉と一年を通じて季節の変化までも味わうことができるのです。
これほど魅力ある法隆寺宝物館がどうして知られていないのか、本当に不思議です。もっとも、あまり知れ渡って、入館者が殺到しても困りますが……。訪い来るたびに新鮮な感動に出会えるスポット、それが「東博」であり、「法隆寺宝物館」なのです。
(6)資料館
  …美術関係資料の宝の山…
明治5年(1872年)の博物館創設以来、継続的に収集・蓄積されてきた日本を中心に東洋の美術、工芸、考古遺物などに関する図書、古文献、写真が保管されています。これらの所蔵している資料を一般に公開・提供し、美術史研究資料センターとしての役割を果たすために、資料館は昭和59年(1984)年2月に開館しました。
この資料館は、安井建築設計事務所の設計による地下2階地上3階建ての建物ですが、建物そのものよりも収蔵されている資料が魅力的なのです。
建物は、平成館の正面入口の向い側(南側)にありますが、資料館に入るのには、正門からではなく、西門(国際こども図書館の向い側の入口)から入ります。月曜日から金曜日まで開館し、無料で公開されていますので、もっと活用すべき所だと思います。古文献や図書の一部は閉架式のため所定様式で申請しないと閲覧できませんが、開架の一般図書、国内展覧会カタログなどだけでも10万冊を越えていますので、静かな雰囲気の中で美術の豪華本を閲覧できることはありがたいことです。
東博は単に美術品を展示するばかりではなく、講演会、列品解説(ギャラリー・トーク)も頻繁に開催され、さらにこうした資料館のように美術に関しての膨大な資料を有する宝の山もあるのです。東博のインターネットのホ−ムページは最新の情報が満載されて充実していますので見飽きることはありません。広い東博構内をさまよい歩くよりは、ホ−ムページを事前にチェックして行くことをお勧めします。そうすれば効率的にタイミングを失わずに東博を満喫できること確実です。
  
IDE・トピックス No.3 ( 2006.2.20)
1.「日本の美」シンポジウム講演会
(1)基調講演 「日本人の美意識について」三浦朱門(日本芸術院長)
(2)パネルディスカッション
   パネリスト:  絹谷 幸二(洋画家、東京芸術大学教授)
           辻  惟雄(東京大学名誉教授)
           後藤  健(東京国立博物館上席研究員)
  コーディネーター:青柳 正規(国立西洋美術館長)
日 時   2006311日(土) 133016001300開場)
会 場   上野  東京国立博物館 平成館 大講堂
参加費   無料 (ただし、入館料<一般420円>が必要です)
定 員   380名(事前申込み不要、当日先着順)
問合せ   03-3822-1111  東京国立博物館総務課
主 催   日本芸術院・東京国立博物館
東博では、こうした催しものが頻繁に開催されています。詳しくはホームページを覗いてみて下さい。
 http://www.tnm.jp/
2.「ニューヨーク・バーク・コレクション展」…日本の美 三千年の輝き…
会 期 2006年1月24日〜3月5日
会 場 上野 東京都美術館 
観覧料 一般1,400
問合せ 03-3823-6921
 日本美術の有数の米国人コレクターのひとり、メアリー・バーク夫人が40年かけて収集した日本美術の珠玉の名品が展示されています。縄文時代から江戸時代まで、絵画、書跡、彫刻、陶磁、漆工など分野も多岐にわたり、とても外国人が集めたものとは思えないようなものばかりです。
 会場は、日展、院展などが開かれる「東京都美術館」ですから、お間違えなきよう。
以上

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