MyMuseum東京国立博物館「柳緑花紅」(改訂版)
平成18年3月20日
魅力あふれる東博の建物…庭園内の茶室(2)…
六窓庵・転合庵・春草盧
井 出 昭 一
東博の本館北側の庭園には5棟の由緒ある茶室のうち、今回は、六窓庵、転合庵、春草盧を取り上げ、その経緯とか関係するストーリーを紹介します。ただ単に、姿形が美しいばかりでなく、そこに物語が秘められていて、見る人を想像の旅へ誘ってくれるのが、茶道具の名品であり、名茶席なのではないかと思います。
(3)六窓庵
 六窓庵は、東博庭園内ではただひとつ外露地、内露地が揃っている茶室です。外露地には、寄付(よりつき)、腰掛待合(こしかけまちあい)、雪隠(せっちん)が設けられて、中門(ちゅうもん)から、内露地に入ります。内露地には手水鉢(ちょうずばち)と燈籠が配されています。
 この手水鉢は、平安時代のもので、山城国の法性寺(ほっしょうじ)の石塔の台石でしたが、寺が廃寺となって草に埋もれたものを相阿弥が見出し、銀閣寺の東求堂前に据えたと伝えられています。四面に仏像が彫られた四方仏形の手水鉢としては最も古いものといわれ、武野紹鴎(たけのじょうおう)、千利休をはじめ、古田織部、小堀遠州、片桐石州といった歴代の大茶人がこれを賞賛した由緒ある手水鉢です。
 茶室の六窓庵は、17世紀中ごろ、奈良興福寺の慈眼院内に建てられた金森宗和好みの茶室で、「八窓庵」(もと興福寺の大乗院の庭内にあった織部好みの多窓式の茶室で、現在、奈良国立博物館の中庭に移築されています)、「隠岐録(おきろく)」(東大寺の塔頭四聖坊)と共に「大和の三茶室」と呼ばれていた名茶室のひとつです。
 千利休の求めたものが、暗い空間で落ち着いた雰囲気であったのに対し、金森宗和は古田織部、小堀遠州と同様に、多くの窓を配して利休と異なった明るい空間をつくって、窓の開け方にも様々な工夫をしています。この茶室は六つの窓を持つことから六窓庵と呼ばれています。
 六窓庵は、明治8年に博物館が購入し、明治10年に移築されました。入母屋造、茅葺の三畳台目で、床が勝手付きの方に配置されている宗和好みの茶室です。明治14年、古筆了仲により水屋、勝手、腰掛、雪隠など茶室以外の建物を増築されました。
 宗和は、茶道の宗和流の開祖で、京焼の祖といわれる仁清を指導したことでも知られています。遠州、石州とも親交があり、公家との交流が多かったともいわれています。
(4)転合庵
転合庵は、小堀遠州が桂宮智仁親王から瀬戸茶入銘「於大名」(中興名物)を賜わり、宮家を招き茶入披露の茶会をするため伏見の邸内に建てた茶室です。その後、京都の寂光寺へ移築され、昭和38年に塩原千代氏から当博物館へ寄贈されました。
茶室内には小堀遠州の自筆の扁額が掛けられています。屋根は桧皮葺で、二畳台目茶室で、下座床(げざどこ)で「にじり口」と「貴人口(きにんぐち)」矩折り(かねおり)に配置され、開放的な雰囲気を漂わせています。渡り廊下で水屋と四畳半の席に繋がっています。
茶人の特徴をひとことで言い表した歌に「織 理屈、綺麗キツハハ遠江、於姫宗和ニ ムサシ宗旦」というのがあります。
[ 織=古田織部、 遠江:とおとうみ=小堀遠州 ]
豪放奔放であっても理屈っぽいのが織部、遠州は綺麗で立派、いわゆる「綺麗さび」の世界、これに対し宗和は公家好みでおとなしく「姫宗和」とも呼ばれ、利休の孫宗旦はわびに徹し素朴だったので、むさくるしいという意味です。
この4人の茶人の茶室うち織部好みの燕庵(えんなん:藪内流)、宗旦の又隠(ゆういん:裏千家)は、京都に行かなければ拝見できません。しかし、東博の庭園では、宗和好みと遠州好みの2席の茶室を、隣り合わせの場所で拝見できるすばらしいところです。
転合庵の前は樹木もなく開けていて池が広がっていて、春には池越えにオオシマザクラ、エドヒガンシダレを眺めながら花見の茶を楽しむことができます。しかし、こんなすばらしい景色にめぐり合えるのは1年のうちわずか1週間程度、機会を逸したら1年待たねばならないのです。
(5)春草廬
春草廬は、江戸初期に海運と治水で功績のあった豪商の河村瑞賢(かわむら ずいけん)が、約三百年前、大阪淀川の治水工事の際に休息所として建てたものです。本来茶室として建てたものではないので、にじり口はありませんが、その素朴な造りは草庵の茶室として好ましい雰囲気をもっています。
入母屋、茅葺きで、五畳の主室には床の間があり、一段低いところの三畳の間があって、ここには向切炉(むこうぎりろ)が切られています。
大正4年、横浜の原三溪の手に渡り、三溪園に解体されたまま保管されていたものを、昭和11年、原三溪から松永耳庵に寄贈され、所沢の柳瀬荘内に移築されました。翌年4月、耳庵は春草盧の棟上げの茶会に三溪を招き、志野筒茶碗 銘「橋姫」を使って、三溪から賞賛されたといわれています。
当初、耳庵はこの茶席を、河村瑞賢に因み「瑞軒」としていましたが、三溪から能書家で知られる京都の曼殊院良尚法親王(まんしゅいんりょうしょうほっしんのう)の書かれた「春草盧」の扁額を贈られたので、入母屋の妻に掲げ茶席名にしました。現在、横浜の三溪園にも「春草盧」がありますが、これは伏見城の遺構で信長の弟 織田有楽斎が作ったと伝えられ、重要文化財に指定されています。
IDE・トピックス No.5 ( 2006.3.20)
1.聖徳太子御忌日記念「国宝 天寿国繍帳と聖徳太子…飛鳥の祈り」
   東京国立博物館 法隆寺宝物館  2006.3.14〜4.9
  平常料金(一般420円)で見学できます。
  奈良の中宮寺所蔵の天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう、繍帳:刺繍したとばり・たれ布)は、伝世品としては最古の刺繍です。中宮寺に行ってもレプリカしか見ることができませんが、本物が東京にやってきました。飛鳥時代に作られた旧繍帳と鎌倉時代に模造した新繍帳を江戸時代に貼り混ぜて一面の繍帳にしたものです。花見を兼ねて、法隆寺宝物館を訪ねてみてください。
一見の価値があります。
2.特別展「最澄と天台の国宝…天台宗開宗1200年記念…」
   東京国立博物館 平成館  2006.3.28〜5.7
   観覧料 一般 1300円
 ここ数年、東博では仏教の高僧に焦点を当てた大規模な特別展が開かれていますが、日蓮、空海、鑑真和上に続いて今回は最澄が登場します。延暦寺をはじめ天台宗の諸寺院が所蔵する仏像、経典など国宝31件、重要文化財約100件が展示されるという質量ともに空前の展覧会です。
3.東博の本館北側庭園の公開
   春の公開期間: 3月11日(土)〜416() 10001600
   無料:ただし、当日の入館料は必要です。荒天の場合は中止です。
茶室のある本館北側の庭園は非公開ですが、春と秋に年二回開放しています。
ここで紹介した5棟の茶室内には入れませんが、外からはゆっくりと見学できます。
庭園内(前庭を含めて)にはソメイヨシノ、オオシマサクラ、ヤマザクラ、カンザン、カンヒザクラなど一般に知られている桜のほか、ヨシノシダレ、ケンロクエンキクザクラ、ショウフクジザクラ、エドヒガンシダレ、ミカドヨシノ、ロトウザクラ、ギョイコウ、イチヨウ、ショウワザクラ、アカバザクラ、キクモモなど珍しい品種が揃っています。東博は早春から晩春まで多種多様の桜を楽しむことができるスポットでもあります。
                             以上