四国遍路170万歩の旅

−定年遍路道中記−







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4月28日(水) 39日目 「盆栽の松と栗林公園の松」  晴

7:30宿出発…82番根香寺(9:00〜20)…83番一宮寺(12:30〜13:00)
…栗林公園(14:00〜15:20)…玉藻公園・高松城(16:30〜17:00)
…高松市内・高松厚生年金会館17:25着  <33.1キロ 44,134歩>

82番 根香寺
83番 一宮寺
高松市内・高松厚生年金会館
 昨日は強風で瀬戸大橋が通行止めになり、電車も車も6時間ストップしたという。へんろ道をごつごつした岩だらけの道を上り下りして根香寺の入り口、鬼無との分岐に着いた。ここで根香寺を打ち終えた鈴本さんとここですれ違った。彼もここで同じように小山さんとすれ違ったと言う。
 「がんばって」、「南無大師遍照金剛」、「花も一時、人も一さがり」などと吊るされた参道を行くと、もみじ寺とも謂われる「82番根香寺(ねごろじ)」の山門に出た。
根香寺

 山門から一旦石段を下り、また上がって本堂にでるが、両側にはかえでの大木が緑の枝を差し延べていた。さぞかし紅葉の時はすばらしいもみじ寺だろう。回廊に並んだ3万体の観音様と山門前の牛鬼像を撮って、分岐から鬼無までの坂道をくだった。

鬼無 盆栽畑
 鬼無は盆栽の町だった。一年ものから数十年・数百年といった盆栽が畑一面に地植えされ、何人もの人たちが伸びた松の新芽をつんでいた。店のご主人は、鬼無は気候が適していて昔からの盆栽の産地であり、日本の黒松・五葉松・錦松の盆栽の90%はここから出荷されると言った。60歳過ぎのこの人は盆栽一筋の4代目だが、「もう息子は継がん。こんなに手間と時間がかかるものはない」と「この松はおじいさんの植えたもの、これは親父の代のもの」と指差しながら寂しげに話してくれた。

 路地裏や農道の遍路道を通って香東川の沈下橋を渡ると再び11号線に出た。セルフのうどん屋でお昼を食べ畦道を歩くと、一宮小・中学校の先に「83番一宮寺(いちのみやじ)」が見えた。このあたりは昔からの丁石がたくさん残っていた。一宮寺は田村神社と隣り合わせで「地獄の釜」の音が聞こえそうな静かなお寺だった。

 ここから1時間半、納経所でもらった地図をたよりに172号線をまっすぐ行けば栗林公園に出る。
栗林公園
 長い年月をかけ多くの人に受け継がれてきた栗林公園は、池、築山、松が巧みに配置された広大な庭園で、それこそ数百年経つだろう松の銘木は何時まで眺めても飽きなかった。観光客の中にただひとりの白装束は目立ち、何人もの人からお遍路について聞かれた。駅前の大通りから高松城跡の玉藻公園を回遊して今日の宿、高松厚生年金会館に着いた。
 窓からは屋島の溶岩台地が巨大な船のようにそびえたつのが見えた。
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