四国遍路170万歩の旅

−定年遍路道中記−







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4月9日(金) 20日目 「子どもから元気をもらう」  快晴 

5:40勤行…6:50宿坊出発…(西海岸回り)…黒潮市場(10:10〜40)
…大岐の浜…下の加江・安宿旅館15:40着  <27.2キロ 36,366歩>

黒潮市場
下の加江・安宿旅館
 

 5時起床、5時40分お勤め、6時10分朝食、6時50分宿坊のおかみさんに見送られて出発。今日は西海岸回りで行く。今日から見る海は太平洋から豊後水道に、魚はかつおからさばに変わった。

 登校中の中学生が大きな声で「おはようございます」と挨拶していく。恩山寺へ向かう国道でもいくつもの登校中の小学生のグループに会った。引率の6年生が「おはようございます」と言うと、小さな1年生もかわいい声で一緒になって挨拶してくれた。「おはよっ!」と返す私の顔は いつも微笑んでいた。このお遍路の旅ではたくさんの子ども達から元気をもらった。

 松尾から山越えの遍路道を行き、中浜のジョン万次郎誕生記念碑を過ぎると清水港の入り口に出た。漁船が次々に港に帰ってくるのを見ながら大きい港を半周して黒潮市場に入った。観光バスが着いて海産物の売り場はごった返していた。
 奥に喫茶があり珈琲を頼んだ。今日はじめて腰をおろして休んだ。
 私は歩き始めると区切りのいいところまで2時間でも3時間でも休まず歩いてしまう。特に午前中で距離を稼ごうと休まずに歩いた。
 今日もここまで14.8キロを3時間20分で一気に歩いて来た。とはいえ座ってこそ休まないが土地の人に話しを聞いたり、いい眺めがあれば写真を撮ったりして結構足は休めていた。

 会計の際「お接待です」といわれ恐縮した。そんなこととは知らず、珈琲がおいしくておかわりして2杯も飲んでしまった。「お姉さん!さぞかし図々しいお遍路だと思ったでしょう。本当にご馳走様、ありがとうございました。」
 港のそばのおかだ薬局で湿疹だらけの足を診てもらった。疲れが足にきたのが原因といわれ飲み薬(ホモクロミン錠)と塗り薬(キューチルベS)を買った。このところ風呂に入るのも気兼ねしていたので「疲れが取れたら自然に消えます」といわれ安心した。

 以布利のファミレスで昼食をとった。ファミレスは施設がきちんとしているのと、余り周りを気にせずに時間を過ごせるのがよかった。料理も安くボリュームもあるし野菜バーでは不足がち
大岐海岸
の野菜をたっぷり食べられる。ただお腹のすく時間とファミレスのある場所がなかなか思うようにあわなかった。
 さくら並木からまた大岐海岸を経て戻る途中、宿近くの増岡商店で牛乳を飲んだら店のおばあさんが子夏を3個お接待してくれた。安宿旅館では一昨日と同じ部屋に荷物が置いてあった。

 夕方のテレビでバクダットで日本人3人が誘拐されたと報道していた。
 戦後の日本の在り様をみると、難しい問題は全てその場その場で都合の良い解釈をして、政も官も民も真の解決はいつも
 先延ばしにしてきた。組織維持が全てに最優先で米国や先輩に気兼ねしつつ、自分の時代さえ乗り切れればと、議論を先送りにしてきた。
 バブル以降の経済の再生、憲法、外交、少子高齢化も然りだ。特に少子化は将来、国の活力の低下をきたす。そんなツケが今きたのかと思いつつ、罪のない3人の生命だけは助かって欲しいと切に願った。
 
 
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