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平成20年12月18日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(32)
   
“東京文化財ウィーク”での建物探訪記(後編)
…東京国立博物館・柳瀬山荘・自由学園明日館・一橋大学兼松講堂
井出昭一
                              
プロローグ
 今年も、11月1日から9日にかけての“東京文化財ウィーク2008”で東京の文化財が一斉に公開されました。この機会を捉えて11月に訪ね歩いた美しい建物を前回に続き列挙してみます。[ ]内は訪問した月日です。

4.東京国立博物館[11/6、11/16]

 平成20年(2008年)は東京国立博物館(略称:東博)にとって、表慶館竣工100周年、本館開館70周年、東洋館開館40周年という展示館3館にとって記念すべき年です。東博の収蔵品は日本で最多ですが、広い構内のいずれの建物も人の心を惹き付けるような魅力を持っています。本館、表慶館、東洋館、平成館、法隆寺宝物館と特色ある展示館に、資料館を加えて6棟が明治以降の近代建築です。このうち本館(設計:渡辺仁)と表慶館(設計:片山東熊)は重要文化財に指定されています。


 また、本館北側の庭園の木立の中には6棟の茶室が点在しています。西から九条館、応挙館、六窓庵、転合庵、春草盧と、すべて他から移築されたものですがいずれも由緒ある建物ばかりです。
 この庭園内には春秋の開放時を除いて入れません。今年は10月21日から11月30日までが開放されていましたので、11月6日、学生時代のゼミの仲間からの要請もあって、東博ボランティアの時の「庭園茶室ツアー」を思い出しながら案内することになりました。参加した15名に伺ってみたところ、ほとんどの方が庭園に入るのは初めてだということもあり「東博にもこんな素晴らしいところがあったのか」と一同感激された様子でした。


 庭園に引き続いて本館、表慶館、東洋館の建物の見どころを紹介し、最後に法隆寺宝物館に行きました。幸いにも当日は伎楽面の部屋が開いていましたので、その経緯や特徴を説明したところ、これにも全員感動され、引き続いて開かれた懇親会でも東博の話題で盛り上がり、幹事の役割を無事終了することができました。
 11月16日は特別展の「大琳派展」の最終日で、見納めのため再度訪れてみました。選りすぐりの琳派の名品が数多く集められている中にあって、圧巻は俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一の「風神雷神図屏風」が一堂に会していたことです。
 この日は応挙館で開かれていたボランティアの茶会に久しぶりに参加しました。現在、応挙館の床の間、襖の応挙の絵は最新の技術によるデジタル復元模写で全体に明るくなっているものの、一見したのでは本物と思うばかりで模写の技術には驚くばかりでした。平成14年(2002年)、東博ボランティアの有志数人で茶会グループを立ち上げ、試行錯誤を繰り返して軌道に乗せることができましたが、ボランティアが代わっても引き継がれていることは喜ばしい限りです。
 さらにボランティアによる「東博たてもの散歩」(9/18~11/16の火、木、日の11:00と15:00、各60分間)のガイドツアーも最終日の最終回に滑り込みで参加することができました。小雨のなか念入りの説明で初めて教えられることも多く参考になりました。
 この日は結局、午前は平成館の「大琳派展」、午後はボランティアによる「応挙館茶会」と「たてもの散歩」、その合間の時間調整に本館と東洋館の平常展見学と東京国立博物館を終日楽しみ尽くすことになりました。
(注)東博の建物については以前に連載した「柳緑花紅…My Museum 東京国立博物館…」の下記の“魅力あふれる東博の建物”をご参照ください。
 「明治以降の近代建築(1)本館・表慶館・東洋館・平成館」(2006.2.5)
 「明治以降の近代建築(2)法隆寺宝物館・資料館」(2006.2.20)
 「庭園内の茶室(1)九条館・応挙館」(2006.3.5)
 「庭園内の茶室(2)六窓庵・転合庵・春草盧」(2006.3.20)

5.柳瀬山荘[11/9]

 柳瀬山荘は「電力の鬼」といわれた松永安左エ門が所沢に造った別荘です。三井物産を創設した益田孝(号:鈍翁)に導かれて、昭和10年(1935年)、松永安左エ門は60歳で茶道の世界に足を踏み入れ、みずから「耳庵」と号し、茶道具や古美術の収集に心血を注ぎ、近代における最後の“大数寄者”といわれています。
 昭和23年3月に耳庵はそれまでに収集した美術品と柳瀬山荘の土地・建物を東博に寄贈しました。寄贈された美術品は茶道具の名品など100件を超え、東博の茶道具の根幹をなしています。平成14年(2002年)には没後30周年記念特別展として「松永耳庵コレクション展」が東博の平成館で開かれ“松永コレクション”が一堂に会したのも記憶に新しいことです。
 柳瀬山荘は17,235㎡(約5,222坪)の敷地に、母屋の「黄林閣」を中心に茶席として「耳庵」をはじめ「春草盧」「久木庵」「斜月亭」が連なり、松永耳庵の戦前における茶の湯の本拠だったところです。現在は東京国立博物館の管理下にあって、毎週木曜日外観のみ無料で公開されています。
 黄林閣は木造平屋建てですが、桁行13間半、梁間6間半の建築面積115坪強の入母屋造り茅葺きの堂々たる大庄屋の建物です。現在の東村山市に天保年間に建てられたものを耳庵が譲り受けて昭和7年にこの地に移築し、武蔵野民家の数少ない遺構として重要文化財に指定されている建物です。


 黄林閣の西側の渡り廊下を先に進むと数寄屋風の書院造りの斜月亭に至ります。柱や長押には東大寺や当麻寺の古材を用いて作られた耳庵流の個性あふれる建物で、親交のあった近衛文麿の筆になる「斜月」の額が掲げられています。



 さらにその西側には2畳台目の茶室「久木庵」があります。これは江戸時代の越後の武家茶人・土岐二三(とき・じさん)が造った茶室で、満鉄総裁だった山本条太郎が解体所有していたものを耳庵が譲り受け、昭和14年に移築したものです。「久木庵」の庵号は山本条太郎の「条」の字を分解して付けられています。



 昭和12年4月に建てられた「春草盧」は、原三渓から贈られたもので、元は江戸時代の豪商河村瑞賢が大阪淀川の治水工事現場の休息所として建てたもので、これを茶室に転用して蘇らせたものです。耳庵没後、柳瀬山荘から東博の庭園内に移築されています。
 茶室の「耳庵」は、もともと柳瀬山荘に建てた藪内流の燕庵写しの茶室で、益田鈍翁が揮毫した耳庵の木額は壱岐の松永記念館に保存されていますが、茶室の存在は判りません。
 私が柳瀬山荘を訪れた11月9日は、日本大学芸術学部による「柳瀬荘アート・教育プロジェクト」として、芸術学部美術学科彫刻コース教職員展が開催されていました(11月6日~22日の木~日のみ開催)。来訪者は私以外には1~2名で閑散としていました。建物の見学を目的とした私にとっては幸いなことで、すべての部屋を自由に見学することができた次第です。
 柳瀬山荘に行くには、東武東上線の志木駅から跡見女子大行きのバスで15分ほどのバス停「中野」で下車し徒歩5分となっています。案内標識がなく、道を尋ねる人もなく、迷いながらようやく到着しました。耳庵が健在の頃は、この柳瀬山荘に経済界、政界の要人をはじめ多くの数寄者が足繁く通われたことでしょうが、それと比較すると「秋草や 数寄者の集いは 夢の跡」といった感じで寂しい限りです。

6.自由学園 明日館(重文)[11/7、11/11、12/9]

 自由学園明日館では、東京文化財ウィーク2008特別企画として、近代建築を専門とする写真家増田彰久のデジタル写真展「ディテ-ルは楽し!」(2008.11.3~11.9)が講堂で開催されましたので11月7日に行ってきました。明治生命館をはじめ旧岩崎邸、旧鳩山邸、旧朝香宮邸(東京都庭園美術館)、旧古河邸など約30棟の建物をプロジェクターで大きなスクリーンに投影しましたので、写真とは異なり迫力満点でした。

 同行した知人は明日館を訪問するのが初めてだというので、見終わったあとラウンジホールで、フランク・ロイド・ライトがデザインしたやや低めの椅子に座り、幾何学模様の斜線の窓枠から差し込む晩秋の日を浴びながら紅茶をいただき、くつろぐことができました。
 自由学園明日館の素晴らしい点は、重要文化財に指定されている建物を“使ってこそ活きる”という見地から、公開講座や展覧会をはじめ、コンサート、パーティーなどに利用できるよう開放していることです。
 今年は春先にワインを飲みながら夜桜を見たり、岡野弘彦先生の万葉集講座を「講堂」で受講したり、12月に入ってからも関係するグループの忘年会を「会議室」で開いたり、ことしは何度も明日館を楽しませていただきました。



7.一橋大学 兼松講堂[11/9]

 築地本願寺と並んで伊藤忠太の代表的建築のひとつ一橋大学の国立西キャンパスの兼松講堂の内部を一度見学したいと思っていました。一橋大学出身の先輩から、兼松講堂で定期的にコンサートが開かれているので、内部を見学するのならコンサートを申し込み早目に入場すればよいと教えられ、親切にも11月9日に開かれる「第12回兼松講堂如水コンサート」の案内チラシを郵送していただきました。

 プログラムは「渡邊順正 モーツアルト&ベートーベン」で、その内容を見ると、私の好きなモーツアルトの管楽器のための五重奏曲KV452、ベートーベンのピアノ協奏曲第4番Op.58などでした。
一橋大学卒業の渡邊順正という演奏家は初めてでしたが、オランダのチェンバロ奏者グスタフ・レオンハルトに師事されたことと、使用する楽器がフォルテピアノなど古楽器だということを案内チラシの説明で知り急に興味が湧いてきました。早速チケットを手配し11月9日を待ち焦がれていました。というのは、かつてグスタフ・レオンハルトの演奏するバッハのチェンバロ曲に魅せられてLP盤を擦り切れるほど聞き入ったことを思い出したからです。

 当日は早目に家を出て、所沢の柳瀬山荘を見学しましたが、開場時間の2時30分よりも1時間以上も前に国立駅に着き、大学通りの東西に林立する一橋大学の目ぼしい建物をデジカメに収めました。あいにく曇っていて写真撮影には不向きでしたが、本館、図書館、職員集会所、東本館などの主要な建物はかつて撮っていましたので、取り残した部分など時間をかけて撮影できました。
 コンサートの開場と同時に兼松講堂に入り座席を確保したあと、直ちに2階に上がって入場者が少ないうちに、大きな半円形のステージやシャンデリアをはじめ内部の状況をいろいろな角度から撮ることができました。



 兼松講堂は、出入り口や窓が連続した半円形のアーチで構成され、動物なのか植物なのか正体不明の怪物が絡み合っているというロマネスク様式で、東大の本郷キャンパスに見られるゴシック様式とは対象的です。一橋大学のキャンパスには、“17種、99匹”の怪獣が潜んでいると教えていただきましたが、柱の裏側に隠れていたり、怪獣なのか判別できない“異様”なシロモノもあったりするので数えるのをあきらめました。


 この日は、当初の目的であった兼松講堂の内部見学が果たせたうえに、ロマネスク様式の建築にふさわしい古楽器による演奏まで聴くことができたので満足そのものの秋の一日でした。
スライドショウ 一橋大の怪獣たち

(注)自由学園明日館については、『古今建物集』の「大学の講堂建築(2)私立大学編」(2007.11.20)を、一橋大学兼松講堂は「大学の講堂建築(1)国立大学編」(2007.11.5)をご参照ください。

8.エピローグ

 今年の“東京文化財ウィーク2008”では、文化財の公開や関連の企画イベントなどを事前に調べて効率良く訪問し、かなりの収穫を得ることができました。
 唯一つ残念なことは、特別公開が11月1日から3日に集中していることです。何カ所か行きたいところがあっても、公開日時が重なっているため、1ヵ所を選ばなければならないからです。来年に楽しみを残したともいえますが、公開日数をもっと増やしていただきたいと切に感じているところです。

 展覧会トピックス 2008.12.17 
美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「インドネシア更紗のすべて…伝統と融合の芸術…」
 会 期:2008.10.1812.21
 会 場:虎ノ門 大倉集古館
 入場料:一般 1000
 休 館:月曜日(祝日の場合は開館)
 問合せ:03-3583-0781

 日本で「インドネシア更紗」と呼ばれ親しまれてきたバティックの歴史とその魅力を広く紹介するものです。研究者としてインドネシアに関わってきた戸津正勝氏の30年に及ぶ膨大なコレクションのなかから約350点が展示されます。インドネシア国内全域にわたり、古い伝世品から現代の新進作家までの個性的なバティックを網羅したものとしては空前の規模だといわれています。

 http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/shukokan/batik.html

2.「丸紅コレクション展…衣装から絵画へ 美の競演…」
 会 期:2008.11.2212.28
 会 場:西新宿
     損保ジャパン東郷青児美術館

 (損保ジャパン本社ビル42階)
 入場料:一般 1000円(65歳以上 800円)
 休 館:月曜日
 問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.sompo-japan.co.jp/museum/

 総合商社・丸紅が長い歴史のなかで集めてきた衣裳のコレクションと
1970年代に丸紅が総合商社として本格的に美術品の輸入販売に参入したときに収集した日本洋画、西洋絵画などから約80点が展示されます。その中で「美しきシモネッタ」は、日本にある唯一のボッティチェリの作品です。 

3.「青磁と染付展…青・蒼・碧…」
 会 期:2008.10.512.24
 会 場:松濤 戸栗美術館
 入場料:一般 1000
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 問合せ:03-3465-0070
 http://www.toguri-museum.or.jp/home.html

 戸栗美術館は都内で唯一の陶磁専門の美術館で、これまでもいろいろな角度から陶磁を紹介してきました。今回は3千年以上の歴史を持つ青磁と14世紀の中国・元時代に生まれた染付の「あお」に焦点を当てた特色ある展覧会です。

4.「陶磁の東西交流…やきものに親しむⅥ…」
 …景徳鎮・柿右衛門・古伊万里からデルフト・マイセン…
 会 期:2008.11.112.23
 会 場:丸の内 出光美術館 
 入場料:一般 1000
 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)
 問合せ: 03-5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.idemitsu.co.jp/museum/

 出光美術館もやきものに力を入れている美術館、今回は「やきものに親しむシリーズ」の第4弾で中国・景徳鎮の磁器、日本の柿右衛門・古伊万里の磁器とデルフトやマイセンのヨーロッパ磁器を比較しながら東西交流を楽しむことができます。
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