平成19年11月5日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(16)
   
大学の講堂建築(1) 国立大学編
…安田講堂と兼松講堂…
               
井出昭一

 10月は都合により2回とも休みましたが、11月から再開します。
 ここ数年来、大学の構内には名建築が多いことに気づき、時間を見つけては訪ね続けてきました。その中で大学のシンボルとなっている講堂に焦点を絞り、今回は国立大学の東京大学「安田講堂」と一橋大学「兼松講堂」を取り上げます。

1.東京大学「安田講堂」
 (東京大学の建物については、2007.6.20 No.10「東京大学本郷キャンパスの建物群…内田ゴシック建築の展示場…」でも紹介しています。)
 本郷の東京大学正門からイチョウ並木の先見える重厚な“安田講堂”は、安田財閥の創始者・安田善次郎の寄付により建設されたものです。正式には「東京大学大講堂」というのだそうです。東大のシンボルとなっている建物であり、東京都の登録有形文化財第1号でもあります。これは東大建築科の内田祥三(のちの総長)が基本設計を行い、弟子の岸田日出刀が実施設計を担当したもので、いわゆる“内田ゴシック”の代表です。
 1921年(大正10年)に起工し、関東大震災による工事中断を経て1925年(大正14年)7月6日に竣工しました。関東大震災後に建てられた学内の“内田ゴシック”の建物群が茶色のスクラッチタイルで統一されているのに対し、安田講堂は赤レンガが使われ一味異なっています。
 1968年(昭和43年)の東大紛争で荒廃し、その後しばらく閉鎖されましたが、旧安田財閥グループ企業の寄付によって修復工事がなされ、現在では往時の美しい姿が蘇っています。
 正門を入って銀杏並木を軸線にして真正面に位置する安田講堂は左右対称で均整の取れた外観が最大の売り物だったのですが、正門から銀杏並木を進んでゆくと、時計塔の左背後に理学部新1号館の高層建物が見えて、景観を妨げているのは残念なことです。この目障りな建物を避けて写真を撮ろうとすると、撮影場所、アングルに気を使わなければなりません。


 なお、東大の駒場キャンパスにも、安田講堂に似た建物があります。写真で時計台の部分だけを一見すると同じデザインかと思うほどよく似た建物です。駒場の方の建物は、1933年に完成した旧制第一高等学校本館(現在は教養学部1号館)で、設計は内田祥三、清水幸重です。こちらも駒場キャンパスのシンボル的存在でやはり登録文化財です。
 安田講堂を中心に展開される“内田ゴシック建築の展示場”の本郷キャンパスにあって異色の存在は正門です。ともすると、東大の門というと重要文化財に指定されている赤門に眼を奪われますが、左右に赤門に合せて赤煉瓦を使った和風の番屋と石柱を配し、大陸風のモチーフを用いた鉄の扉を持つ正門は、次に登場する伊東忠太の設計です。



2.一橋大学「兼松講堂」
 国立大学の講堂として、東大の安田講堂と双璧をなすのは一橋大学の兼松講堂で、建てられたのは1927年(昭和2年)8月です。
 神戸の兼松商店(現在の兼松株式会社)が創業者・兼松房治郎の遺訓に基づき翁の13回忌にあたる1925年(大正14年)に寄贈されたものです。
 建物のデザインはゴシック建築の代表が安田講堂であるのに対し、兼松講堂は壁面に円形アーチを持つロマネスク様式の代表です。安田講堂はそびえたつ時計塔を持つのに対し、兼松講堂の壁面には一橋大学の校章マーキュリーが配されています。



 兼松講堂を設計者した伊東忠太は、法隆寺を世界最古の木造建築だということを世に知らしめ日本建築史を確立した学者であると同時に、数多くの宗教建築を設計した建築家としても有名で文化勲章も受賞しています。手がけた建物としては和風でも唐風(中国風)でもないインド仏教様式の築地本願寺、中国風のうねりのある屋根を持つ大倉集古館、東京都立慰霊堂(震災記念堂)、湯島聖堂、日本の伝統様式の明治神宮、平安神宮などが知られています。



 伊東忠太は“妖怪”にも関心を持っていて、設計した建物のいたるところに怪獣や空想動物が施されていることが特色となっています。建物に潜んでいるそうした怪獣を探し出すのが“建築探偵家”の楽しみの一つにもなっているようです。兼松講堂でも、入口の柱頭をはじめ、外壁のあちこちに珍獣を見ることができます。
 兼松講堂は平成12年には国の登録有形文化財に選ばれ、2003年4月から改修も行われて武蔵野の面影の残る林の国立キャンパスの美しい姿を見せていますが、その中に妖怪が潜んでいるというのも面白いことです。

IDE・トピックス 2007.11.5 

美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「會津八一と早稲田大学」早稲田大学創立125周年記念企画展
 会 期:2007.10.1〜11.10
 会 場:早稲田大学會津八一記念博物館
            2階常設展示室

 入場料:無料
 休 館:日曜日・祝日
 問合せ:03・5286・3835
 http://www.waseda.jp/aizu/
 秋艸道人という雅号の書家・歌人として知られ、早稲田大学で東洋美術史を講義した會津八一が、早稲田時代の恩師や友人、教え子たちとの交流を物語る自筆の書画を中心に、會津八一が蒐集した明器、鏡艦、中国陶磁器、古瓦、玩具などが展示されています。
 博物館の建物は、1925年に早稲田大学教授今井兼次の設計によって図書館としてたてられたものを博物館に転用したものです。大学構内では最も古く優美な建物といわれていますので建物自体も見所のひとつです。

2.「岡倉天心」…芸術教育の歩み…(東京藝術大学創立120周年記念企画)
 会 期:2007.10.4〜11.18
 会 場:上野公園 東京藝術大学大学美術館
 入場料:一般 500円 
 休 館:月曜日
 問合せ:03・5777・8600(ハローダイヤル)
 http://www.geidai.ac.jp/museum/
 東京美術学校の創立120周年の記念展覧会です。この展覧会では、東京美術学校の創設に深くかかわり、開校まもなく校長となった岡倉天心の業績を、東京美術学校在任時代を中心として、多角的に検証し、紹介しています。天心の指導をうけた横山大観、下村観山、菱田春草などの日本画家、高村光雲、竹内久一、平櫛田中などの彫刻家の作品を初め、当初、教育資料として購入し、今日では国宝に指定されている絵因果経なども展示されています。
 美術館に近い林の中の六角堂には、岡倉天心像(平櫛田中作)も置かれています。


3.「大徳川展」
 会 期:2007.10.10〜12.2
 会 場:上野公園 東京国立博物館
 入場料:一般 1500円 
 休 館:月曜日
 問合せ:03・3587・8070
 http://www.tnm.jp/

 徳川将軍家、尾張・紀伊・水戸の徳川御三家、さらに久能山・日光・紀州の東照宮、また寛永寺や増上寺といった徳川家ゆかりの地に伝えられた宝物を一堂に会す展覧会です。「大徳川展」では、鎌倉時代以来の武家による治世の掉尾を飾る徳川家の時代について、その成り立ちから終焉までを「将軍の威光」「格式の美」「姫君のみやび」という3部構成で多角的に紹介するものです。


4.「安宅コレクション」…美の求道者 安宅英一の眼…
 会 期:2007.10.13〜12.16
 会 場:日本橋室町 三井記念美術館  三井本館7階
 入場料:一般 1000円 (70歳以上800円)
 休 館:月曜日
 問合せ:03・5777・8600(ハローダイヤル)
  http://www.mitsui-museum.jp/
 東洋陶磁のコレクションとして質、量ともに世界でもトップクラスとされる安宅コレクションの名品展が、28年ぶりに東京で開催されます。安宅産業の元会長である安宅英一氏が精選、収集した約1000点の作品のなかから、中国・韓国の陶磁器の国宝2点(油滴天目、飛青磁花生)、重文11点を含む名品126点が展示されます。

                                       了

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