高島克規のインド日記
9月4日(金) 力車、リクシャー、Rickshaw
  今回はリクシャー<注>について書いてみたい。
  ここで書かせてもらっていることは私の住んでいるムンバイでの話で、他の都市、例えばデリーなどでは違うかもしれない、という前提で読んでいただきたい。
 デリーではこんな話をよく聞く。
「リクシャーには通常、メーターが付いており、料金(Rs)と走行距離(km)が明確に表示されるようになっているが、実際このメーターを使って走ってくれる運転手はほとんどいない。メーターはただ付いているだけで、多くの場合は乗る前に行き先を告げて運転手と値段交渉し、双方が納得のいく料金になってからで利用することになる。」
  しかし、ムンバイではそんなことはない。ちゃんと料金メーターに従って走ってくれる。というのも私が住んでいるムンバイは本当にディープ・ムンバイだからなのかもしれない。ただし、空港近辺、夜間は別の話<デリーへの旅(3)をご参照>となるので要注意が必要である。

  むしろ問題は言葉の問題である。リクシャーワーラーはインド北部からの出稼ぎが多い。北部の人はほとんど英語を話さない。従って乗る時、行き先を英語で言ってもよくわからないことが多い。更に近い距離だと乗車拒否をされる。また、リクシャーワーラーがこれから行く方向と違っていると、明らかに断ってくる。「お客本位」なんてことは全くない。

  また支払が問題である。例えば20Rsを払う時に50Rs札を出してもほとんどは「お釣りはない」と言われる<デリーへの旅(3)をご参照>。向こうは持っていても、ほとんどの場合はくれない。「お釣り分もチップで貰おう」という魂胆は十分あるのだろうし、リクシャーに限らず、インドでは様々な場面で額面の大きい札を使うのが難しい。供給が悪く、小額紙幣が貴重なのだ。買い物をするときなどに20ルピー札などの小額紙幣をある程度貯めておくのがコツだ。先日、ヒテーシュさんがデリーに出張した。帰って来て「デリーのリクシャーはムンバイよりたちが悪いです。

  お釣りは絶対よこさない上に両替のため店に寄ったらその場所までの料金も請求してくるんですから」と言っていた。とにかくリクシャーに乗るには小銭が必要だ。
  また、リクシャーでもう一つ大変なことと言えば、砂埃と排気ガスだ。一日、リクシャーで街を走れば鼻の穴が真っ黒になるとよく言うが、これはあながち大げさな表現ではない。インドに住んで毎日のようにリクシャーを利用しているインド人でさえ、ハンカチやスカーフで口を塞いでいるのを見れば、その現状がどれほどのものかわかる、というものだ。

  リクシャーにまつわるエピソードを少し紹介したい。

(1) リクシャーの音楽
リクシャーには音楽なんてついていない、と勝手に思っていたが大間違い。あるリクシャーに乗ったらカーステレオよろしく恐ろしい音量でヒンディー音楽をかけていた。運転手の声も外の騒音もかき消され、ただただ早く降りたかった。外からは全くスピーカーなんてついているとは思えないリクシャーにこんな仕掛けがあった!なんて驚きである。アニタさんにその話をしたら「そんなのはすぐに止めさせればいいんです」と言うが、言葉が通じないのか無視されてしまったのだ。

(2) 手旗信号
リクシャーには方向指示器、サイド・ミラーもバック・ミラーもない。では曲がるときどうするのだ、ということになるが正に手旗信号である。混雑し、車がスレスレに走っているのに手旗信号で曲がっていくのである。見ている方が怖いくらいに車と車がスレスレに走っていく。それにリクシャーワーラーは大半が座席にアグラをかいて運転しているのだ。日本では絶対信じられない光景である。

(3) 乗合リクシャー
以前からアニタさんに、リクシャーには乗合があるとは聞いていた。だが実際には乗ったことがなかった。ある土曜日、私の住んでいる隣の駅、カンディバリ駅で電車を降りて、カンディバリのマーケット(駅からリクシャーで20分くらいのタクール・ビレッジ)に行こうとリクシャーに乗った。ところが両脇から男性と女性が乗ってきた。これは困ったことになった。どうも乗合リクシャーに乗ってしまったようである。すぐに「タクール・ビレッジ?タクール・ビレッジ?」と連呼した。二人とも、うんうんと頷いてくれた。まず安心だ。リクシャーが走りだした。途中、10分くらいして駅でもないところで女性が降りた。お金を払っている。いくらなのかよく見えなかった。困ったことに自分は20ルピーなどという少額紙幣は持っていない。駅の近くで男性と私は降りることになった。「ハウ・マッチ」と言って50リピー紙幣を出した。すると運転手、男性に「10ルピー」と言ってお金を請求した。男性は10ルピー紙幣を渡した。運転手は私の方を見ると、手を振る。いらない、と言う意味である。男性はいぶかしげな顔をしたがそのまま立ち去った。どうもこの男性は私の分も含めて二人分払わされたようだ。しかしこちらが外国人で言葉が通じない、とあきらめたようだ。運転手は何事もなかったかのように車を走らせて行ってしまった。翌朝、アニタさんにその話をした。「先生、本当に何でもやるんですね。インド人でタダでリクシャーに乗った人は聞いたことがありません。それに言葉もわからずによく怖くなかったですね」と逆に驚かれてしまった。

(4) リクシャーの値段
5月下旬に友人が遊びに来た。そのとき彼はとてもリクシャーに興味を持ったようである。「いくらするのかな?」との質問があった。私も以前から興味があった。私の運転手さんは元リクシャーの運転手である。ある時、「先生、帰りに寄るところがあるので寄り道しますがいいですか?」と聞かれた。勿論、「いいですよ」ということで、ある土木建築業者に立ち寄った。会ったのは初老の女性である。しばらく運転手さんはその女性と話をすると戻ってきた。「先生、リクシャーの借金を返済して来ました。彼女にお金を借りてリクシャーを買ったんです」と言って借用証書を見せてくれた。「5000ルピー」と書いてあった。ということは一台5000ルピー?頭金は別途支払ったとしてもたかが知れている。きっと一台5000ルピーから10000ルピーの間くらいの値段であろうことが推測された。友人曰く「リクシャーを大量に買い占めて日本で売ったらもうかるかも?」
リクシャーのおもちゃ

 タタ社からナノという10万円台の車が発売された。リクシャーもナノに切り替わるのであろうか?時代の流れはリクシャーも消してしまうのかもしれない。
目次に戻る