高島靖男のインド日記
4月5日(日) インドIT企業における日本語教育
  今日はいつもと違うことを書いてみたい。ご多分にもれず不況の波がインドにも押し寄せてきた。特に私の勤務している会社は95%以上の売り上げが日本である。日本の不況をもろに被ってしまうのである。
  2月下旬に昨年の日本語能力検定試験(2008年12月7日に実施された)の結果が発表された。2級2名受験、1名合格。3級2名全員合格、4級5名受験、3名合格、という結果であった。
  ヒテーシュさん始め会社の人はとても喜び、私にも感謝の言葉が数々寄せられた。私はあまり嬉しくなかった。2級には一人、4級では二人不合格者がいたからだ。
  翌週、受験者全員に違う年度の日本語能力検定試験をさせてみた。突然であり、準備もしてなかったのであろう、たくさん不満が生徒から出た。結果は惨憺たるものであった。
  インド人の特徴であろうが、試験に合格すればいい、なのである。従って、全く復習などしていない。それぞれの級に合格しても実際にはその実力はないのである。
会社入居ビル(カーソルを近付けると日本語教室)
  不況の波が押し寄せ、次々に日本からIT技術者が帰国して来た。私が赴任した昨年10月時点ではインドには40人ほどのスタッフ数がいたが2月末時点では50人、3月末で60人ほどになった。人数が増えたため、授業は以下のように編成を替え、文法を中心に教えることとなった。

午前(10時30分から12時) 午後(4時から5時30分)
月曜日 初級Ⅰ ビジネスⅠ
火曜日 中級Ⅰ ビジネスⅡ
水曜日 初級個人レッスン<注> 初級Ⅰ
木曜日 中級Ⅰ ビジネスⅠ
金曜日 初級個人レッスン ビジネスⅡ

          <注>優秀な生徒B君がいて集中的に一人を対象に授業している。
  
  クラス編成には全員を対象に日本語能力検定試験の過去問題2級、3級、4級を実施して能力判定をした。特に、帰国者の成績は惨憺たるものであった。ヒテーシュさん始め会社の人はビックリしたようである。私は当然と思っていたし、予想通りと思った。
  日本人駐在員の大半は英語力が全くないのに、日本にいる人達は駐在員は英語が出来ると思っているのと同じことである。日本で英語の出来ない人が外国に行って英語が出来るようになるハズがないのである。インド人も同じである。日本に行ってもインド人のコミュニティでインド食を食べ、ヒンディー語で話している人達が上達するわけがないのである。 <日本語クラスの生徒達:スライドショウ>
  
  以前にインド人の日本語上達が遅いのは英語、ヒンディー語に頼りすぎるからだ!と書いた。私の勤務している会社では漢字は読めればいい、といいことになっている。書けないのである。ひらがな、カタカナも同様である。私と会社の大きな違いがここにある。会社はワープロで書くのだから必要ない、としている。しかし、書かなければ覚えれないのである。

  1月から私の授業は「みんなの日本語」日本語バージョンで実施することとした(以前は英語版「みんなの日本語」)。猛烈に反対があった。いきなり日本語だけでは生徒がついてこられない、というものである。ギクシャクしたが、自分の意志は曲げずに実施している。
みんなの日本語Ⅰ みんなの日本語Ⅱ

  ビジネスクラスの授業についても、ヒテーシュさん、アニタさんと見解の相違があった。二人の主張は「会話中心の授業<注1>がいい、と言うのである。私は「決してそれを否定するものではないが、今一番大切なのはしっかり文法を復習させ、読む力、書く力を向上させることではないですか。授業は極力日本語でやるので自然と会話、聞く力はつくと思う」と答えた。
 
  会話中心主義には問題がある。1月から翻訳(日本語から英語)の仕事がたくさん舞い込んできた。以前にも記載したが、この会社は不況のときの収入源として翻訳の仕事を潜在的に持っている。日頃は数が少ないのでPさんという女性(今回2級に合格した。また突然のテストでも合格点を取った)が一人で対応しているが、1月からはそういう訳にはいかなくなった。大量の翻訳を引き受けてきたのである。
 
  私が赴任するずっと以前から会話中心に授業を組み立ててきたようでPさん以外の職員で翻訳が本当に出来る人材がいないのである。参考に翻訳<注2:日本語から英語>をご覧いただきたい。これはとても3,4級レベルの職員が出来る内容でない。従って、毎週土曜日 私は出社している。平日も私の周りには職員が授業のない時にはいつでもソバにいる、と言う状況である。内容が難しい、加えて、手書きのものがたくさんあるのである。インド人には無理である。さらに翻訳するには、文法、書く力(日本語、英語同じレベルで)がどうしても必要なのである。インド人にとって漢字は非常に難しいというのはわかるが、仕様書を書けない技術者などソフトウエアの開発現場では使えない<注3>。英語が社内公用語となっている一部の外資系企業でしか役に立たない、のである。

<注3>  昨年9月、まだインドに赴任する前、ヒテーシュさんに頼まれて派遣しているインド人IT技術者を教えていた。理由は派遣先企業から日本語が書けないので指導して欲しい、と強い要請があったからである。

  最後にビザの状況について触れてみたい。インドのIT企業で働く日本人の就労に対する制限も厳しくなりだした。現地採用の場合、日本人の給料もインド人技術者<注4>とそう変わるものではない。IT企業の場合はさすがに他の産業と比べて給料は高いが、やはり日本の給与水準と比べれば非常に安い。

<注4>  ユニカイハツのIT技術者は新卒で1万ルピー程度。IITを卒業した最高頭脳が日本円で70万円程度である。

  最近は若い日本人技術者が現地採用で働き出している。日本でインドの就労ビザを取得するのは簡単である。最近では申請して翌日には取得できるようになった。ただし、就労ビザだけでなく、同時に外国人登録をしなければならない。この外国人登録の段階で簡単に許可が下りなくなった(「外国人登録顛末記」をご参照)。
  「外国人なのに給料が安すぎる」というのが理由である。現在は月給で約5万ルピー(約9万5000円)以上でないと許可が下りない。
  一部の大手企業ではそれくらいの給料は保証されているが、中堅以下の企業では破格の高給である。つまり、インド人と同じくらいの給料で雇うなら、外国人でなくインド人技術者を雇えということである。
外国人登録証(カーソルを近付けると顔写真)

  住居費を給料に組み入れるなど、あの手この手で表面上の給料を上げて外国人登録を通すようにしている。もちろん見かけの給料が上がれば所得税も一気に増えてしまうが、今年は5万ルピーから6万ルピー以上へとさらにハードルが上がる見込みである。インドも外国人労働者を排除しようとしている。
  これから私はインドにどのくらい居るのであろうか?あるいは居れるのであろうか。今日この頃考えることである。
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