My Museum 東京国立博物館 「柳緑花紅(改訂版)」    
平成18年11月20日
上野の杜の建物探訪(4)
        …京成電鉄旧博物館動物園駅・黒田記念室・国際子ども図書館・
                       旧東京音楽学校奏楽堂・東京都美術館…
井 出 昭 一
旧「博物館・動物園駅」…味のある小建築
 東京国立博物館正門から左(西方向)に向ってフェンス沿いに歩き、最初の信号の角にあって見過ごしてしまうほどの小さな建物が京成電鉄の旧博物館・動物園駅の入口です。昭和8年(1933年)、京成電鉄の「博物館・動物園駅」として開業して以来、博物館・動物園への行き帰りとか、近くにある東京藝術大学や上野高校の学生が便利に利用していたようですが、平成9年4月閉鎖され、入口の上屋のみが残されました。
 鉄筋コンクリート造平屋建ての小建築で、良く見ると国会議事堂の屋根を思わせるギリシャ風の方形の階段状になっています。中川俊二の設計で、内部は古代ローマのパンテオン神殿風のドームだとされていますが、現在は入口が閉鎖され中に入ることができません。
 春先には、この建物をハナダイコンの花が取り囲んで咲き乱れます。大きな建物が並ぶ中で、こうした小さな建物がさりげなく残されているのも上野の杜の良いところです。

黒田記念室…無料で見られる名画と名建築
 旧「博物館・動物園駅」の信号の先にある褐色の建物が東京文化財研究所の黒田記念室です。日本近代洋画の父 黒田清輝(1866−1924)の遺言により、その遺産で昭和3年に美術研究所(現在の東京文化財研究所の前身)として竣工しました。岡田信一郎(1883−1932)の設計によるルネサンス様式の建物です。建物全体をスクラッチタイルで仕上げ、正面にはアーチの入口と窓を配し、トスカナ様式の列柱を並べています。鉄筋コンクリート造2階建てのこの建物は、昭和初期の貴重な美術館建築として、平成13年に国の登録文化財となり復元整備されました。
 ここでは黒田清輝の代表作「湖畔」「智・感・情」を含む油彩画126点、デッサン170点のほか、写生帳、書簡、写真などを所蔵しています。週2日(木・土)が公開日で、入場無料ですから、展覧会の帰りに立ち寄ることをお勧めします。いつも空いていますから、黒田清輝の名作をゆっくり拝見することができる上野の杜の穴場でもあります。



国際子ども図書館…華麗なルネサンス様式の明治の洋風建築
 黒田記念室の近くの大きな建物が、ちょうど100年前の明治39年(1906年)に「帝国図書館」として建造されたわが国最初の国立図書館です。当初、東洋最大規模の図書館を目指して建設が進められました。工事期間中に日露戦争が勃発して工事資金が不足したため工事に7年を要し、全体の四分の一しか完成しませんでした。それでも東洋最大だったといわれています。鉄骨レンガ造で地下1階、地上3階の建物は、文部省営繕の久留正道(くる まさみち 1855−1914)と真水英夫(まみず ひでお 1866−1938)の設計です。なお、久留正道は次の東京音楽学校奏楽堂の設計にも携わっています。
 現在道路に対している面は、当初計画では側面であったため装飾は決して多くはありませんが、縦長の大きな窓と柱、柱の上部に取り付けられたメダリオン(円形装飾)は、華麗なルネサンス様式の明治期の洋風建築を彷彿させるものがあります。
 昭和4年に正面左側の三分の一が増築され、その後、「国立国会図書館支部上野図書館」として利用されてきました。平成8年から安藤忠雄の改修設計によって工事が進められ、「子供読書年」の平成12年に一部開館し、平成14年5月5日、「国立国会図書館国際子ども図書館」として全面開館しました。
 入口は大きなガラスのボックスが斜めに貫通するようになっており、裏側には大きなガラスに覆われた明るく開放的な廊下が設けられています。1階の「世界を知るへや」(旧貴賓室)、2階の「第2資料室」(旧特別閲覧室)、3階の「本のミュージアム」(旧普通閲覧室)、大階段とそれに続く廊下部分の天井や壁の漆喰装飾は明治の帝国図書館創建時の姿に復元されています。


旧東京音楽学校奏楽堂…今なお現役のコンサートホール
 明治23年、東京音楽学校の構内に建てられた木造2階建ての日本最初の西洋式コンサートホールで、設計は文部省営繕の山田半六(1858−1900)と久留正道です。音響設計は上原六四郎が担当したといわれ、床下、壁面に藁束を詰め込んで、音響、遮音の効果を図るなど工夫を凝らしています。このように音響計画に基づいて設計されコンサートホールとしてはわが国はじめてのもので、建築学上極めて貴重な建物であることから、昭和63年1月、重要文化財に指定されました。
 ホールの舞台正面のパイプオルガンは大正9年に徳川頼貞侯爵がイギリスから購入し、昭和3年に東京音楽学校に寄贈されたもので、日本最古のコンサート用オルガンです。
 明治31年(1898年)12月、東京音楽学校の第1回定期演奏会で滝廉太郎がバッハのイタリア協奏曲をピアノで弾き、明治36年(1903年)7月には三浦環が日本人初のオペラ公演「オルフォイス」でデビューした由緒あるところで、日本における西洋音楽発祥の記念建造物でもあります。ここで日本初演された曲はベートーベンの交響曲「運命」(1918年)、「田園」(1919年)、「合唱」(1924年)をはじめ、ビゼーの「アルルの女」、グリークの「ペールギュント組曲」など数知れないといわれています。
 老朽化が進んだため、昭和56年に使用が中止となり撤去されることになりましたが、保存運動が起こり、昭和58年に東京藝術大学から台東区が譲り受け、昭和62年現在地に移築復元工事が完了しました。奏楽堂の音響効果の素晴らしさは定評があり、現在でも年間百回以上の演奏会が開かれている現役のコンサートホールです。


東京都美術館…公募展のほか企画展も充実
 現在の東京都美術館の設計は、東京文化会館、国立西洋美術館新館と同じ前川国男によるもので、昭和50年3月完成し、同年9月開館しました。大正15年(1926年)に開館した旧東京府美術館(設計:岡田信一郎)は、建物の老朽化が進む一方、利用団体・出品作品・入場者の増大により狭まくなったことから建て替えられたものです。かつては、東京府美術館、藝大の陳列館、黒田記念室が、上野の杜の“岡田信一郎の3部作”として有名だったようですが、建築家の世代が変わった現在では、東京都美術館、東京文化会館、国立西洋美術館新館の“前川国男の3部作”が目を引く建物となっています。
 東京都美術館では「日展」「院展」をはじめ「国展」「二科展」「新制作展」など数多くの公募展が開催されてきましたが、最近では「プラド美術館展」(2006.3〜7)、「ペルシャ文明展」(2006.8〜10)、「大エルミタージュ美術館展」(2006.10〜12)などの企画展も活発に開催されています。

[参考]ボードワン博士像が取替えられました
 「上野の杜の建物探訪(1)」(平成18年10月5日付)、ボードワン博士像について、「明治になって、この上野の山は大学病院の建築が予定され、そのために上野を視察したオランダの一等軍医ボードワン博士は、病院建設を取り止めて西欧都市に見られるような公園にすべきだとの提言をされ、これが受け入れられて上野公園が誕生したわけです。ボードワン博士は、上野公園の生み親として称えられ、その胸像は噴水池西側の林の中に建っています。」と書き、ボードワン博士胸像の写真を掲載しました。
 この胸像は、昭和48年10月に上野公園開園100年を記念して、東京都、オランダ大使館などが協力して博士の功績を顕彰して建てられました。ところが、この胸像はボードワン博士本人ではなく、誤って博士の弟をモデルにしたとのことです。このことは20年以上前から判っていたそうですが、なぜか公表されていませんでした。このたび、本人の胸像を寄贈される方があって、去る9月末、長い顎ヒゲの胸像は台座から撤去され、現在ではボードワン博士本人の胸像に変えられました。軍服を着た雄雄しい博士の姿です。写真を見比べてください。


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 IDE・トピックス No.21(2006.11.20)  
( )内は、見学した月/日です。
1.「竹内栖鳳と弟子たち」…重要文化財「斑猫」登場…(11/9)  
 会 期:2006.9.30〜11.19
 会 場:三番町 山種美術館(三番町KSビル1階)
 観覧料:一般 600円
 問合せ:03−3239−5911
 山種美術館は旧山種証券を創設した山崎種二が収集した1800余点を収蔵する近代・現代日本画専門の美術館です。1966年7月、日本橋兜町の旧山種証券のビルに開館し、館内は厚手のカーペットが敷き詰められていて、靴音のしない静かな美術館ということで定評がありましたが、1998年7月に千代田区三番町の現在地に移転しました。
 重要文化財に指定されている速水御舟の「炎舞」「名樹散椿」、竹内栖鳳の「班猫」の名品のほか、安田靫彦、前田青邨、小林古径、奥村土牛など優品を数多く収蔵しています。
 今回は、「東の大観、西の栖鳳」と並び称された近代日本画の巨匠・竹内栖鳳とその門下の上村松園、西村五雲、橋本関雪、土田麦僊、村上華岳、小野竹喬などそうそうたる弟子たちの作品が並んでいます。やはり見ものは重要文化財の「猫」です。この作品は、大正13年、三越本店で開催された淡交会第1回展に「猫」という題名で出品されましたが、栖鳳自筆の箱書きには「班猫」(はんびょう)となっていて、「班」の字にも「まだら」の意味があるため、現在ではそれに倣って表記しているそうです。

2.「インペリアル・ポースレン・オブ・チン(清朝)」…華麗なる宮廷磁器… (11/9)
 会 期:2006.9.30〜11.26
 会 場:世田谷区岡本 静嘉堂文庫美術館
 入場料:一般 800円
 問合せ:03-3700-0007
 静嘉堂文庫美術館は、三菱第2代社長・岩崎彌之助(1851−1908)と第4代社長・小彌太(1879−1945)の父子二代わたって収集された20万冊の古典籍と国宝7点を含む5000点の東洋美術品を収蔵しています。父の彌之助の収集品が絵画、彫刻、書跡、漆芸、茶道具、刀剣など広い分野にわたるのに対して、子の小彌太は、特に中国陶磁を系統的に集めている点が特色となっています。その中国陶磁の中では世界に現存する3点の曜変天目茶碗の中でも最も華やかなものといわれる国宝「曜変天目茶碗(稲葉天目)」(南宋時代)が有名です。今回は、清朝の磁器をテーマとしていますので、曜変天目茶碗は残念ですが展示されていません。しかし、清朝の最盛期である康煕・雍正・乾隆時代の華麗な宮廷磁器がずらりと並べられています。草庵の茶陶とは全く異なる雰囲気の中国磁器の優品の出会うことができます。

3.「第38回 日展」 (11/14、11/16)
 会 期:2006.11.2〜11.24
 会 場:上野 東京都美術館
 入場料:一般 1000円
 問合せ:03-3823-5701
 かつて日本画では“日展の三山”といわれた杉山寧、東山魁夷、高山辰雄の大家のうち高山辰雄のみの出品で、日展も寂しくなった気がします。日本画ばかりではなく、洋画、彫刻、書、工芸の各分野についても同様です。3000点以上の展示作品を見るにはかなりの体力が必要です。私なりに効率よく見ていますが、それでも2日間ともほぼ同じ13900歩でした。
 来年からは、慣れ親しんだ東京都美術館を離れ、六本木に完成した国立新美術館で開催されるそうです。2007年は日展開催100年目の節目の年に当たるため、7月には100年記念展がその国立新美術館で開かれるので、これは楽しみです。

4.「折口信夫の世界…その文学と学問…」(生誕120年記念) (11/17) 
 会 期:2006.10.17〜12.17
 会 場:白根記念 渋谷区立郷土博物館・文学館
 入観料:100円
 問合せ:03−3486−2791
 国文学、民族学などの研究者であり、釋迢空の名でも知られる折口信夫を紹介しています。折口信夫の愛弟子で、歌人の岡野弘彦先生(國學院大学名誉教授、國學院大学栃木短期大学学長)の洋子夫人が大学のクラブの先輩に当たるという縁で、いろいろな機会で岡野先生の謦咳に接することになり、そのため、疎遠だった万葉集や釋迢空の短歌に親しみを感じるようになりましたが、短歌は難しくこれから勉強です。

5.「小堀鞆音と近代日本画の系譜」…明治神宮外苑創建八十年記念特別展…
  (勤皇の画家と「歴史画」の継承者たち)  (11/17)
 会 期:2006.10.21〜12.3
 会 場:明治神宮文化館 宝物展示室
 拝観料:一般 500円
 問合せ:03−3379−5875
 明治神宮外苑の聖徳記念絵画室の壁画館完成に心血を注いだ日本画家小堀鞆音(こぼり ともと)の画業と近代日本画の系譜をたどる特別展です。小堀鞆音は有職故実に基づいた正確な歴史考証による歴史画を得意とし、特に有名な武士を画材とする上で不可欠の甲冑の研究もしたといわれています。その代表作「武士」(東京藝術大学蔵)が展示されているほか、松岡映丘の「右大臣実朝」、小林古径の「蛍」など気品あふれる歴史画の数々を堪能できます。

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(了)

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