My Museum 東京国立博物館 「柳緑花紅(改訂版)」    
平成18年10月5日
上野の杜の建物探訪(1)   
…清水観音堂、上野の森美術館、日本芸術院会館…  
井 出 昭 一
 今回から、東京国立博物館を離れて、上野の杜に点在する建物を紹介します。
 上野の杜は、東博を中心に美術館、博物館、図書館、コンサートホールの文化施設のほか神社、仏閣など歴史的に貴重な建物、重要文化財に指定されている建物、有名建築家が設計した建物のほか史跡も数多く集積し、「歴史の箱庭」とか「建物総合博物館」ともいわれています。これらの建物をより深く理解するために、まず上野の杜の歴史について触れてみます。
上野の杜は寛永寺に始まる
 上野の杜の歴史は、寛永2年(1625年)寛永寺が建てられたことにより始まります。
 寛永寺は徳川3代将軍家光が、江戸城の艮(うしとら:北東の方向)の鬼門を鎮座するために天海僧正(1536−1643)に命じて建てた天台宗の寺です。東の比叡山という意味から、山号は「東叡山」と命名されました。
 寛永寺は、代々(三代目以降)皇室から住職を迎える門跡寺院として寺の格式も高く、年号を寺名として勅許された寺でもあります。このような寺は、寛永寺のほかには、延暦寺(比叡山:延暦4年<785年>、滋賀)、仁和寺(大内山:仁和2年<886年>、京都)、永久寺(内山:永久年間<1113−7年>、奈良、明治7年廃寺)、建仁寺(東山:建仁2年<1202年>、京都)、建長寺(巨福山:建長5年<1253年>、鎌倉)のわずか5寺のみです。
 江戸時代、上野はこの強大な寛永寺の門前町として発展し繁栄してきました。ところが、慶應4年5月の彰義隊の乱・戊辰戦争で、上野の杜は主戦場となり、壮大な本堂(現在の噴水池のあたり)を初め伽藍のほとんどが焼失してしまいました。
 明治になって、この上野の山は大学病院の建築が予定され、そのために上野を視察したオランダの一等軍医ボードワン博士は、病院建設を取り止めて西欧都市の見られるような公園にすべきだとの提言をされ、これが受け入れられて上野公園が誕生したわけです。ボードワン博士は、上野公園の生み親として称えられ、その胸像は噴水池西側の林の中に建っています。
 この上野公園は、正式には「上野恩賜公園」といい、芝(増上寺)、飛鳥山、浅草(浅草寺)、深川(富岡八幡宮)とともに、わが国の公園第1号でもあります。

京の清水寺、東の清水観音堂
 上野の山の建物を効率よく一巡するために、JR上野駅の「しのばず口」から出発して順に回ることにします。まず京成上野駅に向って進み、広い階段を昇ると西郷隆盛銅像(高村光雲作、犬は後藤貞行作)の広場に出ます。
 そこで最初に出会う建物は清水観音堂(きよみずかんのんどう)です。これは、徳川家康、秀忠、家光と徳川三代将軍の信任が厚かった天海僧正が寛永8年(1631年)建立したもので、京都の清水寺を模して不忍池を琵琶湖に見立て、池に面した本堂正面は舞台になっています。本尊の千手観音菩薩は恵心僧都作で、脇仏は「子育て観音」として知られ、毎年9月25日には「人形供養」が行われています。本堂、本尊は重要文化財に指定されています。
 博物館、美術館へ行くのに、ほとんどの人がJR上野駅の公園口か、あるいは桜並木のなだらかな道を利用していますので、重文指定の清水観音堂はともすると見過ごしてしまいますが、時にはちょっと寄り道をしてこちらのコースを行くと目新しい発見があって楽しいものです。

独自の活動を続ける「上野の森美術館」 
 上野の森美術館は、財団法人日本美術協会の美術展示館を改装(設計:中山克己)して、昭和47年4月に開館しました。
現在、常陸宮殿下を総裁に戴く日本美術協会は、明治12年、日本で最初に設立された由緒ある美術団体だとされています。 開館以来、ここでは重要文化財の公開をはじめ国際展や多くの企画展を開催してきました。

 そのなかで、特に印象に残るのはMoMA展(ニューヨーク近代美術館展)です。ここでは、1993年に第1回展を開催したのを皮切りに、1996年に第2回展を、2001年には第3回展を開催し、ピカソ、マチスを初めニュ−ヨーク近代美術館が所蔵する近代絵画・彫刻の名品を展示してきました。第1回の時は、人気も上々で延々と続く長蛇の列で入場するまでに随分時間を要したことは、懐かしい思い出でもあります。
 また、画壇への登竜門として定評のある春の「上野の森美術館大賞展」、夏の「日本の自然を描く展」、とユニークな企画を展開しているのもこの美術館の特徴であります。 さらに、箱根・彫刻の森美術館や美ヶ原高原美術館との連携した企画展も開催するなど他の美術館とは異なる独自の活動を続けている美術館でもあります。
 *現在、「ダリ回顧展…生誕100周年記念…」(2006.9.23〜2007.1.4)を開催中です。

日本の美を近代建築に生かした日本芸術院会館 
 上野の森美術館を少し北に進んだところにあるのが日本芸術院会館です。
 これは、芸術院会員で文化勲章を受章した吉田五十八が設計した建物で、昭和33年に竣工しました。吉田五十八は岡田信一郎の門下で、近代数寄屋建築の第1人者として有名です。設計者によると、この建物は「平安朝時代の優雅、典麗の雰囲気を主調として、弘仁・藤原の面影を彷彿させ、さらにこれを近代の時代感覚によって、現代の姿に移向せしめることを意図した。従って建物は平屋建を選び、これに配するに平安特有の中庭をもってし、さらにこの周囲に廻廊をめぐらして、平安朝を端的にしかも強力に表現したつもりである」とされています。
  吉田五十八の設計した美術館として、東京・上野毛の五島美術館、奈良・学園前の大和文華館がありますが、日本芸術院会館は私の好きな建物のひとつです。ここは日本芸術院授賞式の会場となり、テレビでその状況が放映され洗練された内部の様子を伺うことができます。
  しかし、毎年秋に「上野の山の文化ゾーンフェスティバル」のイベントのひとつとして芸術院会員による特別講演会が開催されるとき、また日本芸術院所蔵の美術作品が特別公開されるときが内部を見学できるチャンスです。
 ここでの講演会に参加し、展示された作品を拝見するのは当然楽しい事です。そのときに「優雅、典麗」の建物を見学し、「平安特有の中庭」や「この周囲の廻廊」を巡りながら、「弘仁・藤原の面影」を偲ぶのもまた格別なものです。
*今年の日本芸術院の企画は下記のとおりです。   
 (1)第8回日本芸術院会員特別講演会          11月11日(土)午後1:30〜4:30
   「表現と生の間(はざま)で」        日本芸術院会員 曽野綾子
   「クラシックバレエの素晴らしさに出会えて」 日本芸術院会員 森下洋子
     参加費:無料(ただし、事前申込みが必要です。) 問合せ先:03−5246−1153
 (2)所蔵美術作品特別公開「こころの造形〜祈りへ」   10月1日〜25日(水)
     入館料:無料    問合せ先:03−3821−7191
 (3)所蔵作品展                    11月7日(火)〜平成19年2月16日(金)
     入館料:無料    問合せ先:03−3821−7191

 IDE・トピックス No.18( 2006.10.05) 
1.「ウィーン美術アカデミー名品展」…ヨーロッパ絵画の400年…  
  会 期:2006.9.16〜11.12
  会 場:西新宿 損保ジャパン東郷青児美術館
  観覧料:一般 1000円 (65歳以上 800円)
  問合せ:03−5777−8600(ハローダイヤル)
ウィーン美術アカデミーは、1726年に設立されたオーストリアの美術教育の殿堂で、美術アカデミーの絵画館はウィーン最古の公共美術館でウィーン美術史美術館に次ぐ規模を誇っています。ドイツ・ルネサンスの巨匠クラナハ(父)、ルーベンス、ファン・ダイクなど約80点が展示されます。

2.「ベルギー王立美術館展」
    <ブリューゲル、ルーベンス、マグリット、デルヴォー …巨匠たちの400年… >
  会 期:2006.9.12〜12.10(毎週金曜日は20:00まで開館)
  会 場:上野公園 国立西洋美術館
  観覧料:一般 1400円
  問合せ:03-5777-8600
設立以来200年以上の歴史をもつベルギー王国最大の美術館から109点がやってきます。
ブリューゲル、ルーベンスなど17世紀のフランドルの巨匠からマグリット、デルヴォーらシュルレアリストなど20世紀の作品までベルギー美術400年の歴史が展望できます。

常設展もご覧下さい。下記のような数多くの西洋美人に会うことができます。(写真を参照)







3.「クリーブランド美術館展」  
   …女性美の肖像 モネ、ルノワール、モディリアーニ、ピカソ…  
  会 期:2006.9.9〜11.26(会期中無休、20:00まで開館)
  会 場:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー 52階)
  観覧料:一般 1300円(毎週水曜日、女性は1000円)
  問合せ:03−5777−8600(ハローダイヤル)
クリーブランド美術館は、メトロポリタン美術館、ボストン美術館などと並んで、4万点以上の所蔵品を有する全米屈指の総合美術館です。同館の誇る近代美術の中から60点が紹介されます。このうち50点が日本初公開で、女性のポートレートが数多く含まれているのがこの展覧会の特徴です。 
4.「石踊達哉展」  
  会 期:2006.9.12〜10.15
  会 場:渋谷区立松濤美術館
  観覧料:一般 300円(60歳以上は無料)
  問合せ:03-3465−9421
平成琳派の旗手・石踊達哉の華麗な色彩の世界を落ち着いた雰囲気の中で堪能できそうです。松濤美術館の設計は「静岡市立芹沢_介美術館」を手がけた白井 晟一によるものです。

5.「佐藤朝山展」…甦る近代彫刻の鬼才…  
  会 期:2006.9.15〜10.22(期間中は無休)
  会 場:小平市 平櫛田中彫刻美術館
  観覧料:一般 500円
  問合せ:042−341−0098
佐藤朝山(1888−1963)の半世紀ぶりの回顧展です。佐藤朝山(本名:清蔵)というよりは、
玄々<げんげん&rt; といった方が判り易いかもしれません。日本橋三越本店の吹き抜けの色彩豊な大作・天女像(まごころぞう)が有名です。
 岡山県井原市立田中(でんちゅう)美術館には行きましたが、小平市の平櫛田中彫刻美術館には行ったことがありませんので、この機会に訪れたいところです。
6.「福王寺法林展」…三鷹市名誉市民章受章記念…  
  会 期:2006.10.7〜10.22(午後7:00まで開館)
  会 場:三鷹市美術ギャラリー(三鷹駅南口前、N・E・O CITY MITAKA コラル5階)
  観覧料:無料
  問合せ:0422−79−0030
福王寺法林(1920〜 )は、世界最高峰のヒマラヤを30年近く描き続けているので著名な日本画家です。芸術院会員で2004年には文化勲章を受章されています。毎年、院展にヒマラヤをテーマにした絵を出品されていたので印象が強烈でした。
(了)

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