高島克規のインド日記
10月21日(水) ストリート・スマーツ
  やっと映画「スラムドッグ$ミリオンネア」を観ることが出来た。この映画が封切られた2月ころ、観たくて近くの映画館に足を運んだ。ところが受付で「ヒンディー語だがいいのか?」と質問された。
「それは困る、近くで英語で観られるところはないのか?」と聞いたが「市内に行けば観られるかもしれない?」とそっけない返事。やっと生徒から海賊版のDVD(英語版)を借りて最近観ることが出来た。
  是非、皆さんにも観ていただきたい。私の日記を読んでいただくより、もっとリアルに映像を通じてムンバイ、インドの生の姿を観てもらえると思えるからだ。観ている間、町の臭い(スラムの異臭)も臭ってくるように感じた。ストーリーおよび解説は以下のとおりだ。
映画館の前
本物のスラムドッグの成功者紹介記事と映画出演子役の実生活紹介記事(写真をクリックすると拡大できます)

インドのスラム出身の少年ジャマールは人気番組「クイズ$ミリオネア」に出演し、あと1問で2000万ルピーを手にできるところまできた。しかし、これを面白く思わない番組のホストは警察に連絡。彼はズルをして正答を得ていたとされ、詐欺容疑で逮捕されてしまう。ジャマールは警察署での警官の厳しい尋問に対し、正答を知ることになった自分の過去を話し始める。そこには1人の少女を追い続けた彼の人生の物語があるのだった…。
スラムドッグ$ミリオネアの映画シーン(写真をクリックするとスライドショウがご覧に慣れます)

発祥地イギリスはもちろん、日本など世界中でローカライズされ人気となっている「クイズ$ミリオネア」。難問の続くこのクイズ番組で最後の1問までたどり着いたスラム出身の少年ジャマールは、いかにしてその答えを知ることになったのか? 彼自身が過去を振り返ってその理由を話す中で、一途にある少女を思い続けた少年の人生が浮き彫りになっていく。ジャマール、彼の求める少女ラティカ、そしてジャマールの兄サリームの三人が紡ぐ物語は、純愛や欲望といったものが絡み合い非常にドラマチック。インドを中心に撮影された映像は生命力と疾走感にあふれ、観る者をグイグイと引き込む。

  赴任直後はスラム、というと怖くてソバに寄れない場所であった。しかし私の住んでいるアパートの隣はスラム街である。だんだん恐怖が薄れていった。
路線図(写真をクリックすると拡大できます)
だが、それはほんの表面的なものであったかもしれない。3月下旬のことである。土曜日に出勤した。5時に会社を出て帰る途中、隣村のKandivali(カンディバリ)で下車した。買い物をするためだ。よく知っている場所、駅である、と高をくくっていた。駅に降りたとき、いつもと違う、とは感じたのだが、人の流れに乗ってだらだらと歩いていった。リクシャーもいなければ、バスもない。その時点で引き返すべきであった。仕方がないので線路に沿って皆のあとから付いていった。歩いても歩いても目標となる建物に出会わない。だんだん日が暮れてきた。遠くにKandivali(カンディバリ)村の高層アパートが見える。「あそこへ行けばいいんだ」、と心に言い聞かせ人の後からついていった。
  ところが気がつくとスラムの真っただ中にいたのである。
スラム街(写真をクリックするとスライドショウ)
これはいけない、道がわからない、聞くこともできない。ある意味パニックである。
  今来た道を引き返すか?迷ったが道なりに遠くに村が見える方向に向かって歩くしかなかった。回りはジロジロ見る。子供たちがこっちを見て指を指す。これは危険だ!服装からして場違いだ。よそ見をせずにひたすら歩いた。冷や汗が流れた。どのくらい歩いたか?記憶はないが時計を見ると6時30分である。1時間近く歩いたのかもしれない。やっといつも見慣れた高速道路が見えてきた。このときの恐怖は忘れられない。  そして6月下旬である。ヴィクトリア&アルバート博物館(Victoria and Albert Museum)<注>へ行こうと思った。
  駅はマハラクシュミ駅である。地図を見ると歩いて30分くらいの距離である。道も分かりやすそうだ。日曜日にでも行ってみよう、ということで出かけた。駅を降りて地図に従って景色を楽しみながら歩きだした。いわゆるラウンドアバウトという回転式の交差点に遭遇した。地図によると丁度反対側の道を行けば辿りつけるようである。ぐるりと回ってそれと思われる道を歩いた。しかし1分ほどするととてつもない異臭とスラムの町に迷い込んでしまったのである。今までにみたことのないスラムである。町全体がスラムでスラムの人しかいない場所なのである。ゴミの山、その中で用便をしている人々、体も洗っている、洗濯もしている、食事も作っている、とにかくあらゆるものが同時並行的に異臭の中で行われているのである。勿論、子供は衣服は着ていない、大人も半裸である。じっとなんか見ていられない。カメラは勿論持っていたが撮影どころの状態ではない。

  いつ襲われるか恐怖で震えた。いくら歩いてもそれらしい大通りには辿りつかなかった。元来た道を引き返してさらに変なことになっても、と思い、ひたすら人々と目線を合わせないようにして歩いた。恐らく40、50分は歩いたと思う。ようやく大通りに抜け出した。今更ながらなんて無謀なことをしたのか、と身震いがする。ヒテーシュさんとアニタさんにこの話をしたら、あきれるというより「二度とそんなことはしないでください」とキツク言われてしまった。当然である。映画「スラムドッグ$ミリオンネア」に描かれている状況、環境がそこにあるのだ。夢々、スラム街に迷いこまないようにお願いしたい。
 
  2001年のインドの国勢調査によれば、ムンバイの人口のおよそ54%はスラムに居住している。ムンバイ中央部に位置するダーラーヴィー地区Dharavi(面積:2平方キロメートル)は、アジアで2番目に大きいスラム街であり、100万人以上の住民がここに暮らしている。
  現在この地区は、ムンバイ市北部への急速な市街地拡大により、2つの市の主要郊外鉄道路線の間に挟まれ、新しい商業と金融の中心地であるバンドラ・クーラ(Bandra-Kurla Complex)から目と鼻の先の距離という戦略的に優位な立地となっている。
バンドラの地図(写真をクリックすると拡大できます)

  このような地理的利点とムンバイ市内の開発可能な土地の相対的な不足により、ダラヴィ地区内の不動産物件の潜在的価値は最高数十億ドル以上にも上るとされており、再開発圧力が生じている。 スラムは金のなる木なのである。
ダーラーヴィーに関する新聞記事(写真をクリックすると拡大できます)

  以前にもご紹介したがヒテーシュさん曰く「彼らは決して貧乏という人ばかりじゃないんです。スラムに住むと居住権が発生して市が立ち退きを要求すると彼らにお金を支払います。彼らはそのお金で郊外のアパートを買い、それを人に貸して自分たちはまた別のスラムに暮らすんです。だから表面は貧乏に見えても結構お金を持っている人達なんです」。
映画「スラムドッグ$ミリオンネア」を観ているとストリート・スマーツという言葉が頻繁に出てくる。ヒテーシュさんもよく私の生徒たちを「彼らはストリート・スマーツがあるから、気をつけてください」という。ストリート・スマーツとは「生き残る知恵、サバイバル術」という意味であろう。スラムの人たちは生きるために何でもやる。「ストリート・スマーツ(生き残りの知恵。サバイバル術)」を持っている。とても日本人は太刀打ちできない。
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