高島克規のインド日記
7月11日(土) This is IIT
  今回はインドに7校<注1>あるIITをご紹介したい。最近ではこのIIT(インド工科大学)は日本でも有名になったので知っている人も多いと思うが注をご参照願いたい<注2>。またIIT内部が公開されている写真も少ないと思うので是非、この機会に見ていただきたいと思う次第です。

  ある金曜日の午後、ヒテーシュさんが「先生、明日の土曜日予定がありますか?」と聞いてきた。「特に予定はありませんが、何か?」と聞くと、「前からご案内したいと思っていたIITに行こうと思うのですがどうですか?」ということであった。「是非、お願いします」と即答した。
  
 土曜日の朝9時30分にヒテーシュさんのビルを出発した。アニタさんも行く予定であったが、シミちゃんが熱を出したため自宅で面倒をみることとなった。  場所は「ポワイ(POWAI)」というところである(前回の日記でご紹介したポワイ湖が隣接している)。会社のあるゴレガオンから東に車で30分という距離だ。ムンバイの問題点は交通機関である。南北には鉄道があるが、東西にはバスしかない。とても不便で、私のような外国人にはとても利用できない。というのは、インド(ムンバイ)の一般市民は英語が出来ない、と思っていたほうが間違いない。道、ましてやバスの行き先など英語で教えてくれるなんてことは考えられない。従って一人でIITには行けない、ということを意味している。
IITの場所。(ポワイ湖は地図中央3つの湖の一番下)     写真をクリックすればポワイ湖の周辺を拡大表示できます。   

  IITの近くになると突然近代的な街が登場してくる。日本で言えば、「お台場」「幕張」と言った感じの場所である。意外であったが、IITの隣にはこんな街が出来ているのである。ヒテーシュさん曰く「ここは昔なにもなく森だったんです。この湖は、我々の近くにある国立公園から続いています」と説明してくれた。国立公園の広さを再認識させられる。「ここはヒラナンダニ(Hiranandani)<注3>という不動産会社が開発した人工都市なんです」と説明があった。インドという雰囲気は微塵もない。一言で要約するとスラムがない!である。超近代建築物と高級店、レストランが立ち並ぶ街である。5年もしたらここは世界のファッションの中心になっているかもしれない。

  いよいよIITに到着した。「ひょっとすると中には入れないかもしれません。でも挑戦してみます。アニタがいれば問題なかったのですが・・・・」とヒテーシュさんはそう言って、校門の守衛のところに交渉に行った。アニタさんもすぐ上のお兄さんもIITの卒業生である。しばらくするとヒテーシュさんが戻ってきた。「寮に知人がいる、と言ってよくあるインド人の名前を書いたら、入ってもいい、ということになりました。怪しまれないように、しばらく写真は撮らないようにお願いします」とのことであった。
  校門からキャンパスまで遠い。巨大なキャンパスである。IIT専用のバスが走っている。驚いたことにリキシャーまで学生を乗せて入って来る。とても校門から校舎まで歩ける距離ではない。
IIT構内表示板(写真をクリックすると拡大できます) IIT構内バス

  途中、ヒテーシュさんからIITについていろいろ説明を聞いた。「IITでは全生徒がここの寄宿舎に寝泊まりすることが条件で入学が許されています。従って、通学している学生はいないんです。このキャンパスには教師も生徒も全員暮らしていて、銀行のATMから小さなスーパーまですべてそろっています。24時間、生徒は教師の宿舎へ訪問して質問することができるようになっているんです。
  私が学生のころ、20年近く前の話ですが、私の卒業したムンバイ大学の年間授業料は当時7000ルピー(約14000円)でしたが、ここIITでは700ルピー(約1400円)程度でした。とても安い授業料なのです。
  今でも物価の上昇はありますが同じように安い水準です」との説明があった。通学している学生もいなければ、通勤している教師もいない!! そんなことは日本では考えられないことである。「正確な数字はわかりませんが、少なくとも5000人くらいはこのキャンパス内に暮らしていると思います」とのことであった。
HOSTEL(学生寮)
  キャンパスの中へ入っていくとあちこちに先生の住宅とみられる宿舎がある。そしてちかくにHOSTELと書かれている共同住宅がたくさんある。
  「このHOSTELというのが学生寮なのです。男子と女子に別れています。」と、ヒテーシュさんは説明してくれた。男子寮の窓際には沢山洗濯物が無造作に干してあったが、女子寮はこざっぱりしていて、外に洗濯物など干していないようだ。
HOSTEL(学生寮)

  本館に行ってみた。あまりの質素さ、小ささにビックリする。これが世界のIIT本館??本館の中に入った。著名な校長の像が飾ってあるだけで何の変哲もない小さなホールがあるだけである。
IIT本館ビル  IIT本館ロビー

  裏に回ると図書館があった。ヒテーシュさんが「部外者が中に入れるか聞いてきます」と言って、図書館入口に聞きに行ってくれた。「OKです。写真を撮ってもいい、とのことです」。早速中へ入れてもらった。とても親切である。「この図書館は24時間オープンで、いつでも利用できるようになっています」と係の人は説明してくれた。

  「IITの授業の特徴は、先生が教えるというより一緒に考える、という教授スタイルをとっていることです。何か命題を与え、それを学生が自分で研究、解答を探す。その過程で先生に相談する、あるいは学生同士で議論する、というやり方なのです。従って24時間図書館はオープン、先生も24時間オープン、ということになっているんです」とヒテーシュさんから説明があった。ヒテーシュさんがどうしてそんなに詳しいのか?それはアニタさんがまさにこのムンバイ校数学部を卒業したからである。
図書館(写真をクリックするとスライドショウ)

    図書館を出ると構内掲示板があった。ヒテーシュさんが「今年2月にここで技術展(テクフェスト)があり、世界各国の学生がここに集まりました。その時のポスターがこれです」と指差した。何とそこにはスポンサーとしてNISSANの名前があるではないか!さすが、と思わず唸ってしまった。
IIT構内掲示板(写真をクリックすると拡大できます)  IIT構内技術展ポスター

  ふと図書館の横の校舎を見ると、小さな表示が貼ってある。「Mathematic Department=数学部」とあるではないか。ここでアニタさんは勉強していたんだ!とちょっと感慨に浸った。コンクリートではあるが古びた校舎である。あまりにもみすぼらしい。しばらく歩くと今度は「Department of Management=経営学部」という立派な建物に遭遇した。ということは、IITは決して理数系ばかりの授業ではない!ということがわかる。ヒテーシュさんから「IITはもともと国から多額の助成金が出ていましたが、卒業生の大半が外国に留学、あるいは就職してしまうので国民の批判もあり、国は助成金をストップしてしました。ですが卒業生には成功した人がたくさんいて寄付金がたくさん集まります。この経営学部は卒業生の寄付で建てられています。」との説明があった。ということは数学部の卒業生は、「研究ばかりでお金儲けには疎い人ばかり?」とも思えてくる。
数学部建物 経営学部建物

  「先生、是非見てください」と言って連れられていったところは学生が食事、コーヒーを飲む場所であった。「先日もアニタの兄(IIT卒業)の子供たち(デリーに在住)をここに連れてきました。いつもアニタは言うんです。我々はこんな粗末なところで食事し勉強していたと」。う~ん、その気持ちはよくわかる。日本でもインドでも今の世代には、今の輝いている部分しか見えない。IITも今でこそ世間の注目を集めているが、20年も昔、誰も知らなかった。こんな森の中に隔離され、黙々と勉強していた数学少女がいたなんて、ちょっとロマンを感じてしまうのだ。
コーヒーショップ アニタさんとヒテーシュさん
  さらにヒテーシュさんはIITキャンパスの最も奥に連れて行ってくれた。超近代的なビルが建ちならんでいる。彼方には「ルネッサンス・ホテル」が見える。「ここが何だかわかりますか」とヒテーシュさんは私に訊ねた。「さ~あ、何でしょうか。新しい校舎でしょうか?」と当てずっぽうに答えた。「これは学生寮なんです。あそこの表示を見ていただくとHOSTELと書いてあると思います。ここはIITの卒業生でインフォシス(Infosys)の元役員ニルカニ氏(Nilekani)が寄付して出来たHOSTELなんです」とヒテーシュさんは説明してくれた。
  「ホステル13 同窓生 シュリナンダン・ニルカニ寄贈 竣工2003年4月」と書かれていた。
  「毎年、アニタ達は同窓会をここでやるんですが、もっぱら話題はこの寮の話になるそうです。アニタ達は、先ほど先生に見ていただいた、みすぼらしいHOSTELに住んでいたんです。最近では抽選で最初からこの近代的なHOSTELに入寮する学生もいて、昔のIITのことなんか全く知らない学生もいるようです」とヒテーシュさんの言葉であった。
ニルカニ氏寄贈銘板(写真をクリックすると拡大できます)

  我々の近くでIITの学生達が談笑している。普通の学生たちである。これが世界の最高頭脳集団だという実感はない。日本の大学のようなクラブ活動だとかの掲示板も、テレビドラマの舞台になりそうな華やかな雰囲気も、このキャンパスには全くない。学問の研究にだけ没頭しているように思える。何かが日本の大学と違うのである。

  国民の批判も多いようであるが、事実としてIITの卒業生が次々と世界に羽ばたいて行く。そして再びいろいろな形でインドに還流してくる。英語の問題もあるが、日本の学生が直接世界に羽ばたく、なんてことは非常に稀なことである。改めてインドの奥深さ、秘密を見た様に思う。
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