ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.99 切らずに治す放射線療法
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 昭和天皇が膵臓頭部のがんで亡くなれてもうすぐ20年になります。この間がん治療の著しい進歩によって、がんイコール死に至る病ではなくなったせいか、がん患者がキチンと告知を受けて治療法も選択できる時代になりつつあります。といっても、わが国では三大治療法のうち外科的手術が、他の放射線療法、抗がん剤に比べて圧倒的に多くて、国際的にみると、いわゆる「がん手術大国」なのです。東大病院の中川恵一・緩和ケア診療部長(放射線科医)によると、6割のがん患者が放射線治療を受けているアメリカをトップに、「がんになった人の半分は放射線治療を受けている」のが世界の常識だそうです。

前回ご紹介した近藤誠・慶大講師も、昭和天皇の膵臓がんに放射線治療を行っていたらもっと長生きされた可能性があったと、治療チームに対して厳しい批評を下しています(「患者よ、がんと闘うな」)。

短絡していうなら、胃がんの根治手術で成功を収めた日本の外科医は放射線治療が嫌いなのです。また患者側も潔く、ばっさり切ってもらった方がすっきりするという心情があるのかもしれません。たしかに放射線治療が成功しなかった症例もたくさんあったのは事実ですが、手術不能な末期がん患者を放射線照射の対象にしたことや、「過剰線量」による他の部位の合併症や後遺障害のためだったようです。それに世界で唯一の原爆の被爆を体験させられた日本人には、原爆の図や原爆資料館で見たあの地獄絵そのままの火傷、ケロイドを放射線障害だと思い込んで、放射線に対する無意識な拒否反応があるからかもしれません。大変不幸なことが重なって、放射線は怖いものという印象を根強く一般国民に植え付けてしまったとも言えそうです。

ここで、「がんは切るもの」、「がんの治療を担当するのは外科医」という二つの固定観念から脱却することが大事だと強調されているのが、放射線科医の中川部長です。まず被爆者の悲惨な火傷やケロイドは、爆発時の熱風による症状であって、原爆の放射線にあたった部分の温度上昇は、なんと1000分の1度くらいでした。今のがん治療ではさらに低い2000分の1度でしかないのです。放射線による火傷ではなかったと断定してよいのです。

中川部長はがん放射線療法の利点を次のとおり要約しておられます。

@ がん細胞をピンポイントで攻撃する方法が確立されたので、治療効果が高くなった。
A がんの周りの正常細胞を傷つける確率が減って、被爆による副作用が大変小さくなった。
B 1回の照射時間が短くなり、通院治療ができるために仕事や日常生活を続けながら治療できることが多い。
C 装置や機材が大掛かりなので治療費が高いというイメージがあるが、実際には手術や抗がん剤と比べて格段に安い。
D がんを完治することが出来ない場合でも、痛みやつらさの緩和に効果が高く、終末期でも生活の質(QOL)を高く保つことができる。

        

 いかがでしょうか。放射線療法にこれほどたくさんメリットがあるとはと驚かれた方もおられましょう。それほど日本のがん外科医は優秀で技術力が高く、人数も圧倒的に多いことを物語っていますし、その優位性は揺るがないのです。中川部長は次のような面白い比喩で説明されています。もしがん患者が主治医の外科医に、「できれば切らずに、放射線で治したいのですが」と相談するのは、トヨタのショールームへ行って、「ニッサンの車を買いたい」と言うのと同じで、返ってくるのは「トヨタの車がおすすめです」という答えだけだと言うのです。まさに外科医と放射線科医はライバル関係にあるのですから。

その一方で、「根拠に基づく医療」EBMの普及によって、外科的手術と放射線療法との治療効果(分かりやすく言えば5年生存率)がキチンと比較できる時代になったとも言えます。

しかしメリットが多いとは言っても、逆にすべてのがんを放射線療法で治療すべし、と申しているわけではありません。がんの部位、性質によっては、抗がん剤治療を含めて、どの治療法がベストの選択かをケースバイケースに十分吟味する必要があります。セカンドオピニオンを求めることも大事ですし、患者の自己決定権の重要性はいくら強調してもしすぎることはありません。

つぎに体外照射の放射線療法にしぼって、わが国が世界に先駆けて開発した2つの新技術があることを紹介しておきましょう。

 A 「フォーカル ユニット」

 現在照射する放射線は、直線加速器(linear accelerator LINAC)ライナックという装置で発生させるX線と電子線が主流になっています。1990年の前半に防衛医科大学校附属病院で、植松稔医師、福井利治放射線技師らと東芝メディカルとが協力して、この放射線を体外からがん病巣に立体的にどこからでもピンポイントに正確に照射するために開発された装置です。簡単に言うと、真ん中にある患者の治療ベッドを中心にして、診断用X線(位置合わせ)、CTスキャン、ライナック(三次元照射)の3つの装置(それまでは別々の部屋に設置)を1つの治療室内に配置して、患者は移動せずに装置だけ動かして誤差の少ないピンポイント照射を可能にしたのです。フォーカル ユニットでは、毎回、照射前にがんの位置を確認するため、正確に同じ条件下で、何日にも分割照射して高い線量をかけるので、治療成績を向上させることができるようになったのです。2002年にはアメリカ有数のがん専門病院・MDアンダーソンがんセンターにも設置されることになり、現在では国内でも30施設以上で稼動しています。

 B 「重粒子線治療」

 重粒子線というのは、放射線のなかで、電子よりも重いものを粒子線、さらにヘリウムより重いものを「重粒子線」と呼びます(これは物理学の話です)。医療用には、1993年に千葉県の放射線医学総合研究所(放医研)が世界で初めて完成させたHIMAC ハイマックという装置で、重粒子(炭素イオン)を光の約70%のスピードまで加速して体外から照射します。その優れた点は、身体の表面近くでは細胞を殺す生物作用が弱いのに、一定の深さに到達すると急速に生物作用の高い線量ピークを形成することにあり、がん病巣にだけ選択的に高い線量を与えるという理想的な性質を持っています。「より強く、より優しい」治療が可能で、治療期間も大変短いという優れものです。しかし、今、群馬大学に新型の重粒子線照射施設が建設中ですが、課題は、「誰でも、どこでも、安く」治療を受けることは当分無理だという点にあります。

ともにわが国が世界に向かって輸出できる最先端技術で、今後の発展が大いに期待されます。

もしこれから貴方ががんと診断され、「できるだけ早く手術しましょう」と医師から勧められたらどうなさいますか。中川部長はこう言い切ります。「頭を整理したいので少し時間をくださいと医師に告げて、とにかくいったん家に帰る。これが賢い患者になる最低限の自衛手段だと考えてください」


<参考文献>

 中川恵一:「切らずに治すがん治療―最新の「放射線治療」が分かる本―」

      (法研、平成19年6月)

 福原麻希:「がん闘病とコメディカル」(講談社現代新書、2007年6月)

 辻井博彦、ほか:「切らずに治すがん 重粒子線治療がよくわかる本」

      (コモンズ、2004年12月)

    (2007年9月12日)


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