ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.95 最先端の百寿者」研究
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 持病化していたアキレス腱痛が、どういうわけか今年はまだ出て来ないのでほっとしています。とは言うものの老化は確実に進行中です。方々の関節は一段と硬さを増していますし、前立腺症状も強まっているようです。何かの拍子に鏡を見ていかにも老人臭くなった己の顔付きに驚いたりしています。それもそのはず、この秋には満75歳になりますし、来年は数えの喜寿を迎えるのですから当然です。

今年はもう少し体系的に老化の勉強をしてみようと、一念発起、3つの会に入会することに決めました。@東京都老人総合研究所(都老研)友の会、A日本応用老年学会(準会員、シニア会員)にはすでに入会登録済みで、これからB新老人の会に入る予定です。何しろヒマを持て余していますので、それぞれの会の主催する講演会には進んで参加しています。オリジナルな研究などをする「脳力」も気力もとっくになくなっています。もっぱら耳学問というわけですが、まあこれが私の趣味だと申し上げておきます。

その1つ、都老研主催の老年学公開講座(第91回)に先週出席して来ました。もともと都老研は1972年に、養育院創立(明治5年)100周年を機に創設され、すでに35年の伝統を誇る国際的にも高い評価を受けている老年学の研究センターです。発足早々から普及活動にも力を入れて、翌73年に第1回の公開講座を開催しています。その時のテーマが「百歳老人のプロジェクト研究」だったという記録が残っています。今回は「百寿をめざして脳と心臓を守る−あなたの体質にあった生き方−」がテーマでした。これだけでも都老研がわが国における百寿者研究の一大拠点になっていることが覗えると思います。

当日の講演を聞いて、昔親しくお付き合いいただいたこの研究所の松崎俊久先生(故人)や、柴田博先生(現・桜美林大学教授)たちの当時から、さらに一段と研究のレベルが上がったことを実感いたしました。とてもその全貌をお伝えすることはできませんので、印象に残ったことだけをご紹介いたしましょう。

メインの演者は、「ヒト長寿科学へのお誘い〜百寿者から超百寿者調査へ〜」というテーマで話された慶応大学病院・老年内科診療部長の広瀬信義先生でした。広瀬先生は1992年から東京地区で百寿者調査を開始され、2000年からは都老研との共同調査にすすみ、2002年からは全国規模で超百寿者調査を行っておられる専門家です。

百歳まで長生きした百寿者は健康長寿の代表と考えられるので、健康長寿の秘訣を知るためにはこの方々を調査すればよいという素直な考えで始めたと前置きして、まず百寿者の医学的な特徴点をつぎのように要約されています。

@       当然のことですが、ほとんど全員が何らかの病気を持っています。高血圧、白内障、骨折(既往症)は半数以上にみられますし、次いで脳卒中(16%)、がん(10%)も多かったのですが、糖尿病は6%で、少ないことが特徴でした(70歳代でも20−30%ですから)。

A       動脈硬化の頻度を頚動脈エコー検査で調べると、百寿者は80歳代と同レベルですから、動脈硬化になりづらい体質、ないしはなりにくい環境で生きてきたと考えられます。

B       血液生化学検査では、ア)低栄養(血中アルブミン値が低い)、イ)炎症反応の亢進、ウ)血栓のできやすい状態、エ)貧血傾向などが認められました。

 このような検査結果を基に、広瀬先生は老化促進の原因として、「老化炎症仮説」(加齢に伴い炎症反応が亢進することが老化の基本的な原理で、つづいて低栄養が起こるという筋道)と、「防御因子の存在」(病気や障害があっても百歳まで生きるには、強力な防御因子がなくてはならない)の2つを提唱しておられます。興味深かったのは、ご存知のアディポネクチンが防御因子の1つとして働いているという説でした。百寿者では、アディポネクチンが高い(若い女性の2倍)ことがわかり、アディポネクチンには糖尿病を抑え、炎症反応を抑え、その結果、動脈硬化を遅らせる作用をもっている可能性があるとしています。百寿者ではやせた人が多いので、小型化した脂肪細胞からアディポネクチンが分泌されるために老化促進を遅らせることができると推測しています。

 私にとってちょっと嬉しかったのは、百寿者のABO血液型のお話です。これまたよく知られている日本人の血液型分布は、ラウンド数字で、A、O,B、ABが4:3:2:1の割合です。百寿者者はそれぞれ、34.2、28.6、29.2、8.2%と、B型が多くてA型が少ないことがわかりました。一方、性格とABO血液型には何の関係もありませんでした。(実は、私の家族全員B型なのです)広瀬先生はここでも次のような仮設を考えておられます。それは、ABO血液型は赤血球表面のタンパク質に「糖鎖」が付くことによって決まるのですが、物質の粘着、認識などに重要な役割を果たしている糖鎖が、長寿にも何らかの良い影響を与えていることを示唆するものだと言うのです。今後の糖鎖研究の進展が期待されます。

専門家の研究を待つまでもなく、昔から長寿の家系があることはよく知られています。そうです、長寿の要因には遺伝があります。2003年4月に国際共同研究の結果、ヒトゲノムのDNA塩基配列の解読が完了したというニュースはお聞きになったと思います。現在はポスト・シーケンス(配列)時代と言われていますが、医学・生物学の最先端研究は遺伝子探しだといっても過言ではありません。

広瀬先生らも、百寿者調査の一環として都老研との「長寿遺伝子」共同研究が進行中です。それは「病気の遺伝子を解明するよりも元気で長生きした人の遺伝子を研究することによって、従来とは異なる新しい治療法が見つけられる。だからこれからは長寿遺伝子を研究すべきだ」という考え方に基づいています。そう言われると、遺伝子の配列が明らかになり、病気の原因遺伝子が発見されたといっても、実際に使える治療薬の開発は思ったほど進んでいないことから、発想の転換が必要になったとも言えそうです。

ヒトゲノムのDNA配列が分かってきますと、遺伝情報には個人差があって、この差が体格や顔つき、さらに性格などにも影響していると考えられています。この個人差のことを「遺伝子多型(ポリモルフィズム)」と言いますが、とくに1つの塩基だけが別の塩基に置き換わっているSNP(スニップ)Single Nucleotide Polymorphism(1塩基多型)が注目を集めています。広瀬先生らは、アポタンパクEのSNPを調査しています。百寿者と若年者のSNP頻度を調べる「相関解析」と、長寿家系の長寿同胞のSNPを調べる「連鎖解析」の2つの方法を組み合わせて研究中だそうで、1〜2年のうちに結果が報告されるという明るい見通しを語っておられました。

さらに、広瀬先生のチームでは100歳よりさらに長寿の105歳以上の「超百寿者」の研究も精力的に推進しておられます。

世界に冠たる長寿大国の日本から、ポスト・シーケンス時代にふさわしい長寿研究の新たな成果が世界に発信される日も近いのではと、期待に胸をふくらませて講演会場を後にしたのでした。

    (2007年7月11日)


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