ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.91 タミフル疑惑を読み解く(4)
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 5月の連休も終り、新緑のなか気温も急に上昇してきました。インフルエンザ、タミフル問題も今回でお仕舞いにします。
 インフルエンザは感染力が強くて、社会的に大きな影響を与える病気です。新型インフルエンザの脅威も怖さの一つです。
 ではどれほど怖いのか、年配者はすぐスペイン風邪を思い浮かべるはずです。しかし、1920年当時と現代とでは国民の栄養状態も衛生環境も大きく変化していることに注目してください。一例として乳児(1歳未満)の死亡率をみますと、当時出生千人 対 165.7だったのですが、現在は、2.8(2005年)でほぼ60分の1にまで減少していますから、医学水準、医療制度も含めた環境変化の大きさがおわかりでしょう。

 1994(平成6)年に予防接種法が改正されて、それまで義務だった学童への集団接種が廃止されてから、「インフルエンザは怖い」というマスコミの大合唱が始まったとまで言われています(「医者には聞けないインフルエンザワクチンと薬」、ジャパンマシニスト社 2003年)。ワクチンについてはいずれ時期が来たら解説させていただきますが、一つだけ笑えない話があります。1995(平成7)年1月の阪神大震災のときに、被災地でインフルエンザ大流行の恐れがあるとして、厚生省は1月末から65歳以上の高齢者を対象に、無料で予防接種の実施を決め、当初1万人、さらに追加して17万人分のワクチンを用意したところ、実際に希望した人は僅か2858人でした。市民からワクチンの有効性が信頼されていない証拠です。毎日新聞は、「空回り震災対策、ワクチン17万人分ムダに?」という見出しで報じたのです(母里啓子「知りたいインフルエンザ」ジャパンマシニスト社 1997年)。

 では怖くないのかという質問には、インフルエンザが普通の経過をたどれば怖い病気ではないというのが答えです。一般には、前触れもなく突然38度以上の高熱が出て、つづいて関節痛、筋肉痛、全身倦怠、それに呼吸器系統の鼻水、喉の痛み、咳などが主な症状ですが、安静にしていれば3日ほどで症状は収まり、長くかかっても1週間で「自然治癒」します。ここで高熱については、病原体ウイルスに対する患者側の生体防御反応だと考えられています。
 怖いのはインフルエンザの重症化です。分かり易く乳幼児と高齢者に分けて説明しますと、乳幼児では、@熱性けいれん、Aインフルエンザ脳症、B肺炎の3つに対して、高齢者ではBの肺炎だけです。
 まず@熱性けいれんですが、いわゆる「ひきつけ」のことで、日本人の8%が一生の間に経験しているそうです。突然白目をむき、身体をつっぱらせたり、がくがくさせる発作です。育児経験の豊富な人なら驚かないでしょうが、若いお母さんはびっくりしてパニック状態になるかもしれません。慌てて大声で呼んだり、ゆすったり、押さえつけたりしてはいけません。着衣やおむつはゆるめ、静かに寝かせます。部屋は暗くしてそっと手を握るくらいにして見守ります。たいていは5分以内でけいれんは収まり、そのまま回復する心配のないものです。10分以上もけいれんが続いたり、皮膚の色が青くなったり(チアノーゼ)、身体が硬直してけいれんが止まっても意識が戻らないというときは、救急車が必要です。平生かかりつけの小児科医を持っていることの重要性は言うまでもありません。

 つぎのA「インフルエンザ脳症」はなかなか厄介です。わが国では国際的にみて多発していることが特徴ですが、年間200〜300人の患者が発生していました。この数年は、解熱剤のアスピリンや非ステロイド抗炎症鎮痛剤の使用が激減したために減少傾向(100人台)にあります(その1参照)。
 発症のメカニズムはいまだ解明されていませんが、病原体ウイルスを撃退しようとして、炎症反応や免疫反応をスムースに進行させるサイトカイン(細胞から分泌されるホルモン様の低分子量たんぱく質)が過剰に産生されて、脳にダメージを与えるのだと考えられています。ウイルスそのものが脳に侵入してはいないのです。
 2005年11月に厚生労働省インフルエンザ脳症研究班(班長:岡山大学小児科・森島恒雄教授)から初めて「インフルエンザ脳症ガイドライン」が発表されました。初期対応から診断指針、治療指針、リハビリ、家族(遺族)のケアに至るまで詳細をきわめています。脳症の症状として、意識障害、けいれん、異常言動・行動の3つが重要なのですが、3つ目の異常言動・行動が、インフルエンザそのものによるのか、「タミフル副作用」(浜理事長は「薬害」と決め付けています)なのかは判然としていません。
 研究班の横田俊平・横浜市立大学小児科教授も、脳症の存在が注目され始めたころ、異常言動・行動の存在には気が付いていなかったと、日経メディカルの取材(2006年1月号)に答えていたくらいですから、症状としては新顔と言ってもよいでしょう。
 最近では、神経内科医の福武敏夫・日本神経学会評議員が、専門医の立場から、新聞報道をみるかぎり、父親が強く制止してもはねのけて外へ出て行ったというのは、深いレム睡眠中のいわゆる「夢遊病」が推測されるとして、報道されている異常言動・行動の症候をひとくくりにして捉えるのではなく、より深く分析する必要があると指摘しています(4月18日付朝日新聞「私の視点」)。またタミフルが血液を介して脳に達していることが確認されているので、副作用の可能性も否定できない(国立感染症研究所・田代真人部長)ので不気味です

 Bの肺炎は、インフルエンザが長引いた場合に起こす合併症と考えられます。インフルエンザウイルスによって痛めつけられた呼吸器の細胞に、他の細菌やウイルスが混合感染をおこして重症化するのです。とくに高齢者では、それ以前から罹患していた心臓や肺の病気との合併症として、往々にして死に至ることになり重大事です。

 さて臨床現場では、ワクチン接種やタミフル服用によって、脳症あるいは肺炎の合併を予防することができるという証拠はないとしながらも、タミフルが使えるようになってから、インフルエンザで入院する小児患者は減ったとか、インフルエンザに関連して死亡する幼児の人数は減ったとする意見が多数派を占めています(4月29日付朝日新聞)。
 一方脳症や異常行動だけではなしに、タミフル服用直後に「突然死」する症例のことを無視すべきではないので、「疑わしきは使用禁止」にすべきだと、厚生労働省の薬剤行政を真っ向から批判している少数派(その代表が何度の紹介している浜六郎理事長です)がいることも注目しましょう。少なくともいまだ未解決のままだからこそ、厚生労働省もタミフルと異常行動との因果関係の有無を判断するために、新たな「動物実験」を(中外製薬に)求める方針を固めたと言います(5月3日付毎日新聞)。
 要するに考え方の違いでしょうが、身近に普通感冒よりも重いインフルエンザの患者がいた場合に、すぐに医者に駆け込んでタミフルの服用をするのか、十分な休養をとりながら症状の変化を冷静に見守ることが出来るかどうかにかかっています。

 最後に、タミフル疑惑について不十分なデータしかないのにその効能を過大評価する一方で、副作用については証明されていないとして「疑わしい」まま漫然と使用をつづけてきた行政の姿勢は、やはり患者無視だと言われても仕方がないと思っています。
 
                                         (2007年5月9日)

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