ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.90 タミフル疑惑を読み解く(3)
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吉田基義さんの作品です
 タミフル疑惑が解明されないまま今年のインフルエンザ流行は終わろうとしています。去る21日夕、日本小児科学会開催中の京都で、「薬害タミフル脳症被害者の会」(軒端晴彦氏代表)の集会が開かれましたが、それに先立ち、別所学会長と面会してタミフルの副作用に関する厚生労働省への報告や学会シンポジウムの開催を要望する文書が手渡され、学会長も「理事会で検討したい」旨の回答をしたことが報じられました(4月22日付毎日新聞)。不幸にしてタミフルの服用後異常行動や突然死によりお子さんを亡くされた遺族の方々の気持ちを思うと、このままうやむやにできる問題でないことは言うまでありません。

 タミフル疑惑には別の側面もあります。近々来るであろう致命的な「新型インフルエンザ」の脅威にどう対処するかに関連する問題です。日本国中どこにいても地震の心配のない地域はないとまで言われる地震予知よりは高い精度の予測であることに間違いはありません。なぜなら新流行を予測するための生物学的なデータ、つまり「鳥・インフルエンザ」や「ブタ・インフルエンザ」の流行が先行するからです。

 今回は、「20世紀は『インフルエンザの世紀』だった」と言う「かぜ博士」の加地正郎・久留米大学名誉教授の説明を聞くことにしましょう(平凡新書 2005年2月)。

 エジプトのミイラの研究によると、すでに3000年も前に現在では絶滅している天然痘や小児麻痺などのウイルス感染症があったので、人類とウイルスの関係がいかに長く深いかが分かります。現在恐れられているAIDS、SARS、エボラ出血熱など「新興ウイルス感染症」はもちろん、インフルエンザもその病原体がウイルスであることが分かったのは20世紀に入ってからのことでした。

 歴史上もっとも有名なインフルエンザはご存知の「スペインかぜ」です。といっても1918(大正7)年のことですから、今では実際に体験(罹患)しているのは一握りの人に限られていますが、何しろ世界中を席巻して当時の世界人口20億人のうち約6億人が罹患し、3000万人が死亡した、まさに「パンデミック」でした。日本でも2300万人が罹患し、死亡者は39万人にも達したとのことです。当時の人口5500万人から考えると空恐ろしい数字です。しかしインフルエンザの病原体がウイルスであることは、ずっと遅れて1933年に発見されました(イギリス国立医学研究所・アンドリュースら)。

 その後のウイルス学の進歩によって、病原体のおおよそが分かってきました。インフルエンザウイルスは、直径100ナノメートル(1万分の1ミリ)の小さな粒子で、当然のことながら電子顕微鏡でなければその形態を見ることができません。そしてその表面に2種類のトゲのような突起物をもっていて、それぞれH(ヘマグルチニン)、N(ノイラミニダーゼ)と呼ばれています。細菌と違ってウイルスは自己増殖することができず、必ず生きた細胞の中に取り込まれて寄生し、細胞の代謝を利用して自己を増殖させてゆくのです。まず空気中に浮遊しているウイルスが吸い込まれ、呼吸器粘膜の細胞に付着しますが、その際Hのトゲが細胞表面のレセプターにくっつき、細胞内部に取り込まれるのです。感染した細胞内で自分のRNA遺伝子と同じ成分の複製と合成を急ピッチで繰り広げ、たった一つのウイルスから多数のウイルスがどんどんコピーされて増殖が進みます。

 ついで、Nのトゲが働いて細胞の壁を破り、つぎつぎに細胞外へ飛び出してゆきます。遊離したウイルスは、さらに別の未感染の細胞に取り込まれるという連鎖が起こるのです。つまりくっつきのトゲHと飛び出し易くする鋏のトゲNの2つを上手に使ったドラマが、インフルエンザウイルスの感染増殖の仕組みなのです。

 インフルエンザに「型」のあることも先刻ご承知です。普通、型にはA型、B型とC型(ほとんど流行がありません)の3つがあります。これらはウイルス粒子自体を構成している核蛋白の違いによるものです。便宜的に発見された順に命名されたのですが、症状の重篤さもこの順に、もっとも症状の重いのがA型で、もちろんスペインかぜもそうなのです。当時ウイルスの存在すら知らなかったのですから、1977年になって、研究室に保存されていた遺体の肺組織標本が遺伝子解析されてA型と判明したのです。さらにA型ではウイルス表面にある2つのトゲにそれぞれHが15種類(ヒトではH1、H2、H3、H5の4種類)、Nが9種類(ヒトではN1、N2の2種類)の亜型に分かれていることが重要です(B・C型には亜型が認識されていません)。それはウイルスに感染する場合、Hと人間の免疫の関係があるからです。簡単に言うと、H1とH2とでは対応できるそれぞれの「抗原構造」が違っているので、H1の免疫をもっていてもH2のウイルスを防御できませんし、その逆もしかりなのです。

 因みに、過去の大流行はいずれもA型でしたが、亜型は次のとおりでした。

    1918年  スペインかぜ:H1N1

    1957年  アジアかぜ :H2N2 (Aアジア型)

    1968年  香港かぜ  :H3N2 (A香港型)

    1977年  ソ連かぜ  :H1N1 (Aソ連型)

 その後は、A香港型(H3N2)とAソ連型(H1N1)、それに加えてB型が流行を繰り返しています。ついでにインフルエンザワクチンは、どの型(亜型)が流行しても対応できるように、A型のH1とH3、それとB型という3つのウイルス株をもとに製造しているのです。

 さて新型インフルエンザの可能性については、A香港型(H3N2)に罹っているヒトが、さらに高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)にも感染すると、人体で2種類のウイルス遺伝子が情報交換を起こして、新たなハイブリッドが誕生すると考えられています。人類はこの新型インフルエンザに対する免疫を持っていないので、ひとたび流行が始まると、世界的なアウトブレイクを起こすことになるというのです。ワクチンは流行が始まるまで準備しようがありませんので、登場したのがタミフルです。

 タミフルは、トゲNの立体構造が解明されて以来(1983年)研究が開始され、Nノイラミニダーゼ阻害薬として米国カリフォルニアのバイオ・ベンチャー企業ギリアド・サイエンシズGSで開発されました。つまりNの働きが止められて、細胞内でいくら増殖しても外へ広がってゆけないのです。しかしその効果たるや、「発病2日以内の内服」で、罹病期間を23.3時間、高熱期間も27.4時間短縮するというきわめて限定的なものでした。況して新型に有効かどうかは証明しようがないはずです。

 それでもWHOは、ワクチン初め決定的な予防手段がないからでしょうが、予防処置の1つとしてタミフルを「ベストの薬」と評価して「国家備蓄」を各国に推奨しているのです。まさに藁をも掴む程度の対策ではないでしょうか。でもまだまだ世界中、「タミフル不足」が続いているのが現況です(4月12日付毎日新聞)。

 なおラムズフェルド元国防長官が前述のGS社の会長であったことも明らかになり、鳥インフルエンザ騒ぎで大儲けをしたというきな臭い情報もあります。ここから先は政治的な憶測の域を出ませんし、ひとり言子の手には負えませんので、興味のある向きには「タミフル、ラムズフェルド」のキーワードで検索なさることをお勧めします。

     (2007年4月25日)


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