ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.89 タミフル疑惑を読み解く(2)
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 この冬(06〜07年)のインフルエンザの流行はもともと始まりが遅かったのですが、幸い峠を越えて終息に向かっているようです。とくに東京都では、年初から第11週目にピークが来て、その翌週からは患者数が減りはじめ、第13週(3/25〜4/1)には激減しています(東京都健康安全センター)。

ところが、インフルエンザの治療薬・タミフルを巡る動きはめまぐるしく、疑惑の方は一向に収まりそうにありません。患者はもちろんのこと、医療現場にも大きな混乱を来たしているのです。インフルエンザの経過中に発症する「インフルエンザ脳症」と「薬害タミフル脳症」とをキチンと区別し、科学的にタミフルと異常行動の因果関係を明らかにしてほしいと誰しも願わずにはおれません。

タミフル問題が一躍世間の注目を浴びるようになったのは、3月13日発売の週刊朝日3月23日号に掲載された「スクープ!タミフル異常死と『疑惑のカネ』」(ジャーナリスト・鳥集(とりだまり)徹ら)でした。それ以前には安倍首相、柳沢大臣らの主張する「科学的に証明されていない」の根拠になっていたのは、「インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究」という研究班報告(班長・横田俊平・横浜市立大教授)です。詳細は割愛しますが、05〜06年の流行時にインフルエンザと確定診断された患者を対象にしてアンケート調査を行い、2548人の患者(保護者)からの回答を分析して、@90%もの患者がタミフルを処方されていた(「タミフル消費大国」)、A異常言動の頻度は10.9%で従来の報告より高い発現頻度であった、Bタミフル使用の有無を比較すると、未使用者10.6%に対して、使用者は11.9%で、統計学的な有意差なしという報告でした。横田班長は、取材に応じてきっぱりと「報告書を『因果関係なし』とする根拠に使ってもらって問題はありません」と言っていたのです(浜理事長の反論は前回をご参照)。

週刊朝日取材班が、横田・調査研究班のメンバーがタミフルを販売している中外製薬から資金を得ていないかどうかを調べたところ、横田教授のほか有力メンバーの一人森島恒雄・岡山大教授にも「奨学寄附金」が渡っていたことが判明したのです。資金をもらったから研究結果が歪められることはないと言うのは建前論ですし、産学協同が推進されている今日、企業からの寄付金を咎められたのでは大学はどうやって資金を集めるのですか、と正直に語って開き直る研究者もいます。しかし資金提供会社の製品を中立公正に裁くことができるだろうかという不信感は拭いきれません。

 さらに、研究班の06年度予算1027万円(3月30日現在)のうち、厚生労働省から支給される研究費は400万円しかないので、不足分の627万円は班員の一人、統計数理研究所・藤田利治教授(疫学担当)と横田班長が、医薬食品局安全対策課と相談して、中外製薬から同研究所への寄付金の中から流用した(調査票の印刷・発送経費に充当)ことも判明しました。役所側からは反対意見はなく黙認したというのです。30日に記者会見した同局・中沢一隆総務課長は、「流用した点には問題があり、対応が十分でなかった」と謝罪しています。また、すでに23日に柳沢大臣が研究班メンバーを見直しすることを国会答弁していましたが、横田、森島、藤田の3教授には「社会的な関心が高く、李下に冠を正さずだ。心苦しいが、やめてもらうことにした」と説明しました。

 当然のことですが、記者会見に出席した横田、藤田両教授は、「厚生労働省が研究の必要性を認めながら、費用を調達できなかったことが原因で、研究班を辞めなければいけない理由はない」と話し、同省の対応を厳しく批判しました。
 一方、服用後に異常行動を取り、死亡するなどした子どもをもつ親らでつくられた「薬害タミフル脳症被害者の会」の代表・軒端晴彦氏(岐阜県下呂市在住)は、「国民の健康を守る立場にあるはずの厚生労働省のボロが次から次にでてくる。呆れたとしか言いようがない」と怒りをあらわにしたのです(以上は3月31日付毎日新聞・玉木達也記者ら 「m3.com」)。
 国民みんなが要望している科学的で公平であるべき研究調査の費用までが、タミフル販売会社そのものから出ていたとはまさに「異常事態」ですし、患者と研究班の双方からの厳しい批判に曝された厚生労働省の失態としか言いようがありません。

 国会でも当然のことながら、野党の医系議員から政府の責任を追及する質問が出ています。そのなかには中外製薬からの資金問題だけでなく、厚生労働省OB(医薬局の安全対策課長や審査管理課長などの役職を歴任)がこの会社に天下っているのではないかとの質問もありましたが、個人情報なので答えられないというそっけない回答でした(週刊朝日4月6日号)。
 どうみても薬事行政の責任は免れないと思います。週刊ポスト4月6日号でも、取材に応じた富家孝医師(同時に医療ジャーナリストでもあります)は次のように語っています。「結局はメーカーや医師の方ばかり見て、患者や国民に目を向けようとしなかった厚労省の責任と言わざるをえません。特にキャリア官僚などは国民を欺くことなど何とも思っておらず、その傲慢さが後に悲劇を招く結果となるのです」また、「省内にはドクター(医系技官)と事務官がおり、今回のケースは全てドクターの世界の話で、われわれ事務サイドは口を出すことができなかった」と責任転嫁している厚生労働省幹部もいると言います。

 行政側だけを責めるのは片手落ちだと言われかねません。わが国の研究者サイドの長年にわたる製薬会社とのもたれ合いの体質も大いに反省しなければならないでしょう。
 米国では、医薬品の臨床試験や承認をめぐって、研究責任者や評価委員会のメンバーが当該製薬会社の株を持っていたり、研究資金やコンサルタント料を得たりしている「利益相反」が問題になり、議会やマスコミで追及される事件がいくつも起こっています(前出、鳥集ら)。たしかに国際的な医学雑誌では、著者が論文末尾に必ずといってよいほど、研究資金支援や財務関係を開示しているのが当たり前のことになっています。残念ながら日本の研究論文ではまだまだこのことが徹底していないのが実情です。

 タミフル報道を追っかけていると、3月28日の「m3.com」に「9歳女児が異常行動、インフルエンザ無関係、タミフル服用の影響濃厚」という毎日新聞提供の記事(都立八王子病院小児神経科久保田雅也医長の報告)がありました。要するにインフルエンザではなく、タミフルのために異常行動が起きた疑いが濃厚な症例で、タミフル服用後の異常行動でインフルエンザウイルス不在との検査結果が出たのは初めてなので、重要性が高いという大阪赤十字病院救急部長(小児科)のコメントも添えられていました。
 これで、決着したかと思ったのも束の間、4月4日には厚生労働省から、3月23日から4月2日までの間に、タミフルを服用しなかったインフルエンザ患者で、飛び降りなどの異常行動が計11件(うち10人が10歳代男、1人が10歳未満女児)もあったことが公表されました(共同通信4月5日付)。
 ますます混乱させられますが、まだまだタミフル疑惑の根は深かくこれだけではないのです。

 まずは3教授を辞任させた研究班をどう立て直すか、首のすげ替えではすみません。これからが厚生労働省の正念場で、しっかりした研究計画に基づいた調査を一日も早く実施して欲しいものです。その際、感染性疫病から始まった「疫学」の真価が今こそ十分に発揮できるよう期待して止みません。

  (2007年4月11日)


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