ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.88 タミフル疑惑を読み解く(1)
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 3月に寒の戻りがあったものの今年は記録的な暖冬でした。幸い私は感冒にもインフルエンザにも罹らずに春を迎えました。たしかに今季のインフルエンザ流行は、例年より約1か月も遅い1月中旬から始まり、これから患者数のピークが来るだろうと予想されます(国立感染症研究所感染症情報センター)。

 一方で、インフルエンザ治療薬のタミフル(リン酸オセルタミビル)内服と異常行動による事故死との因果関係を巡る報道が、2月末から連日、新聞、テレビなどマスコミを賑わしているのはご存知のとおりです。3月21日未明、異例の緊急記者会見を行って、厚生労働省・黒川達夫審議官が、タミフルと異常行動との因果関係は否定的だとしながらも、「10歳代へのタミフル使用中止」に踏み切って、輸入・販売元である中外製薬に対し、緊急安全性情報を出すように指示したことを発表しました。さらに3月22日になって、同省・辻哲夫事務次官が記者会見の席で、転落事故の「分析が不十分」で不手際があったことを認めて、これまで一貫して因果関係を否定してきた役所の見解を、事実上白紙撤回しました。厚生労働省の方針転換は明らかです。

 この問題と長年にわたって取り組んできたNPO医薬ビジランス(監視)センター・浜六郎理事長が、「厚生労働省がやっと重い腰を上げた」と言うのも当然のことです。彼はすでに10年以上前から、まだまだ少数派ながら「薬剤疫学」の立場からインフルエンザ治療と格闘してきたからです。
http://www.npojip.org

まず、タミフル前史とも言うべき「インフルエンザ脳症」から始めましょう。
 (http://www2.incl.ne.jp/~horikosi/No92.html)

すでに1980年に、米国では4つの疫学調査の結果、ライ症候群(ウイルス性の急性熱性疾患につづいて起こる小児の脳症で、反復性嘔吐、興奮、嗜眠から昏睡を特徴とする)の発症にアスピリン系解熱剤の関与が判明し、1982年に米国保健省長官の警告につづいて、米国小児科学会が「水痘やインフルエンザの疑われる小児に対して、ふつうの場合アスピリンを処方すべきでない」との勧告文を学会誌に発表し、保健省も84年にはアスピリンの服用を禁止するキャンペーンすら行っています。

 わが国での対策は遅れています。当初1982年に開始した調査の結果、アスピリンの関連性は立証できなかったと公表するにとどまっていましたが、当時としては常識破りの「解熱剤は基本的に不要」とする浜らの警告(98年11月)の後、98年末に至り、厚生省はようやく「サリチル酸製剤を15歳未満の小児が服用することを認めない」旨の通知を行いました。

 アスピリンが駄目ならほかに強力な薬剤はいくらでもあるさという、医療者の考え方や高熱で苦しむ幼児を抱えて、速やかな治療効果を期待する患者側の心理的な風潮に押される形で、非ステロイド抗炎症薬がどんどん使用されるようになりました。その代表が、メフェナム酸(商品名・ポンタール)とジクロフェナク(同・ボルタレン)です。

 浜らの要請で発足したとも言える「インフルエンザ脳炎・脳症研究班」(班長・森島恒雄・岡山大教授)の報告で、非ステロイド抗炎症薬は脳症発症の危険度が高いことが判明し、厚生労働省も2001年5月、ようやくインフルエンザに対してこれら薬剤を原則使用禁忌とすると通知し、さらに03年1月医療従事者に再度の注意喚起をしています。

 このようにしていったんは脳症の発症が抑え込まれたかに見えたのですが、今度はインフルエンザ・ウイルスの迅速診断キットが開発・普及するに伴い(バイオテクノロジーの進歩です)、A型にはアマンタジン、A型B型いずれにも有効なタミフルが「インフルエンザ特効薬」のように一律に処方されてから使用量が急激に増加します。2001年2月に発売と同時に保健適用となったタミフルは、一躍、輸入・発売元の中外製薬のドル箱薬となり、年間800万人に投薬され、世界中の使用量の7割を占めたとも言われるまでに急成長を遂げたのでした。いつも思うのですが、診断学と進歩に治療学が追いつかないまま、という構図がインフルエンザの場合にも当てはまります。

 2005年11月になって、日本小児感染症学会(津市)で、浜理事長がタミフル服用後の異常行動による2件の死亡例(17歳男子が素足で家を飛び出してトラックに轢かれ、14歳男子は自宅マンションからの転落死でした)の症例報告を行って、にわかに世間の注目を浴びることになりました(2005年11月19日 読売新聞)。

 しかしインフルエンザ脳症かタミフルの副作用か、その区別は困難だとして厚生労働省は動きません。森島研究班長も「副作用への恐怖が先走ってはいけない。乳幼児のインフルエンザは症状が重くなるため、タミフルは使うべきだ」として役所の見解を補強していました。

 それでも「インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究班」(班長・横田俊平・横浜市立大教授)を発足させたのですが、2006年10月に「子どものタミフル服用と異常言動に関連性は認められなかった」と結論する報告書を出しています。これが柳沢大臣の国会答弁(3月5日)における因果関係なしの根拠となっています。浜理事長はこの横田報告書から、タミフル服用後の時間帯に着目した再分析の結果、初回服用後6時間以内の異常言動の頻度が有意に高いことを明らかにしています。いずれにせよ相次ぐ事故の続発が厚生労働省の方針転換につながったことは明瞭です。

 では、タミフルは本当にインフルエンザ治療に必要な薬なのでしょうか、また特効薬の名に値するのでしょうか。まず中外製薬のタミフル・添付文書には、「本剤の使用にあたっては、本剤の必要性を慎重に検討すること」と警告欄に記載されており、またパンフレットには、「一般にインフルエンザ・ウイルス感染症は自然治癒する疾患であり、患者によっては感染しても軽度の臨床症状ですみ、抗ウイルス薬の投与が必要でない場合が考えられる」と解説されています。しかも、服用しても最大で1日症状が治まるのが早まる程度です。非ステロイド抗炎症薬を解熱剤として使用すると、その効果もなくなる程度の弱い効果でしかありません。さらに、発症後24時間以内に使用しないと効果なしというに至っては、特効薬どころではありません。ましてやタミフルが新型インフルエンザの予防に有効だとする根拠もないのです。

 この程度の薬がどうして大量に使われたのでしょうか。もともと薬好きで「脳症」に対する不必要な恐怖心を持つ患者サイドから要請を受けると、それでなくとも小児科不足で多忙を極める臨床現場では、薬剤疫学についての理解不足(m3.comメールを読む限り、浜理事長がどういう人物かを知る人は極めて少ないのです)の上、丁寧な説明をするだけの時間的余裕もなく、つい断り切れず安易にタミフル投薬をしてしまうというのが実態でしょう。今回の厚生労働省からの指導で緊急安全性情報が配布された直後の、3月21日午後5時から翌日の午後9時までに実施された、日経メディカル・オンラインの医師会員へのアンケート調査によると、従来通り処方するという医師は13、5%なのに対して、85、9%もが処方を控えると回答しています(調査対象282人)。

 「薬害タミフル脳症」(浜理事長)の発生がわが国だけに突出していて、米国でも欧州でも極めて稀だということは決して褒められたことではないはずです。これを契機に減少に転じることを心から願って止みません。

  (2007年3月28日)


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