ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.81 「メタボリック症候群」(その10) うたら健康法のススメ
Google検索にキーワードを入力すると関連するページを見ることができます。
Google
WWW を検索 ドクター塚本ページを検索
 
 「ひとり言」子の予想とおり、年間大賞(イナバウアー、品格)には選ばれなかったものの、メタボリックシンドロームが見事に今年の「流行語大賞」のベストテン入りを果たしました。この発表が掲載された12月2日の読売新聞は、メタボリック症候群指導の音頭取りを務める厚生労働省の二人の副大臣(ともに55歳で腹囲100cm超の武見敬三、石田祝稔両氏)が、役所のHP(「メタボ退治HP」http://www.mhlw.go.jp/)に自らの「ダイエット日記」を毎週公開することを報じています。まさに率先垂範の姿勢はお見事と率直に敬意を表します(お二人の健闘ぶりをぜひフォローしてください)。

メタボリック症候群が流行語になるほどまで普及したので、男性をターゲットにした新たなダイエットブームも到来しています。このシリーズでも何度か指摘しましたように、些か行き過ぎているのでは、と心配している一人です。どこかに禍々しい「脅しの医学」や、管理社会の怖さも潜んで入るような気がするからです。海外のファッションショーで痩せすぎのモデルの出場禁止とか、肉付きのよいふくよかな肉体美を肯定しススメようとする動き(10月27日付日経新聞・夕刊)が出てきたことも理解できます。

 メタボリック症候群が動脈硬化を進展させる有力な要因であることを否定するする人はいません。文字通り常識化したと言えます。しかしメタボリック症候群の人全員が、動脈硬化を基盤として発症する心筋梗塞、脳卒中などに罹るように言うのは、喫煙者が皆肺がんになるというのと同じで、似非科学の脅しです。動脈硬化は加齢とともに進行して誰しも逃れることはできません。また人間は誰でも100%死亡します。ただし、何時死ぬか、死亡原因が何かを、個々人が特定することは至難の技だとしか言いようがないのです。

私流に言うなら、メタボリック症候群は心筋梗塞・脳卒中発症の有力な「リスク・ファクター」の1つにすぎないと言うのが正解です。ここでは、リスクというのは、(死亡の)発生確率=死亡率のことであり、リスク・ファクターは、発生確率に影響を与える測定可能な要因のことだと割り切って話をすすめますと、動脈硬化性疾患で死亡するということと、その疾患のリスクが高いということは同じではありません。

EBM(エビデンスに基づく医学)のことは以前にも書きましたが、国民の死亡率統計は立派なエビデンスです。本当は死亡の前に起こる病気の発症率の方を知りたいのですが、残念ながら発症率のエビデンスは調査が難しく、まして年次推移を追うことはもっと困難です。そこで、心筋梗塞、脳卒中の死亡率が近年着実に減少している(「ひとり言bV8」、もっと詳細に知りたい方は厚生労働省HP(http://www.mhlw.go.jp/)の「心疾患−脳血管疾患死亡統計の概況 人口動態統計特殊報告」をご参照ください)ことから類推して、その発症率も少なくとも大幅な増加をしているとは考えられません。

いま70〜79歳・男性を例にとると、急性心筋梗塞死亡率(一年間に急性心筋梗塞が原因で死亡した人の率です)は、この30年間ほぼ順調に低下して、2004年ではすでに人口10万人当り200を切っています。つまり70歳代男性千人のうち、その年のうちに急性心筋梗塞で亡くなる人は2人いるかいないかなのです。その他の心筋梗塞のそれは、千人対1人しかいません。脳梗塞でも1年間死亡率は対千3人未満まで下がっています。この数字を見て心筋梗塞や脳卒中発作などは大したことはないと少し安心されたかも知れません。メタボリック症候群が怖いといっても高々この数倍のレベルだということを理解してほしいのです。

さてメタボリック症候群はおろか「健康の代名詞みたいな人」でも脳卒中は起こります。国民的ヒーロー、「ミスター」の愛称で親しまれる長嶋茂雄・元監督がアテネ五輪本番の直前、04年3月(68歳時)に脳梗塞に倒れたことはまだ記憶に新たなところです。代表選手選考のためプロ野球キャンプ地を駆け回ったことが、心身ともに激務だったことは明らかでした。国際的な免疫学者・多田富雄先生が脳梗塞発病まで毎年の定期健診で異常なしだったこともご紹介済みです(「ひとり言bU3」)。お二人の著名人に共通しているのは、明らかに過労とご自分の健康に対する過信だったのではないでしょうか。この事例からも分かるとおり、現在の統計疫学では判明していない、言い換えれば測定困難な重要なリスク・ファクターが厳然と存在していることに注目していただきたいのです。疫学者の端くれを自任している私だからこそ、疫学の限界もきちんと知って申し上げているつもりです。

先月19日夜、メタボリック症候群を取り上げたNHKスペシャルのテーマが、何と「分かっちゃいるけどやせられない〜内臓肥満と闘う〜」でした。このシリーズに関心をお持ちの方の中にはご覧になった方もおられたことでしょう。取材に応じてカメラ撮りに協力なさった人たちの涙ぐましいまでのご努力には本当に頭が下がりました。でも足を引きずりながら登場された真面目人間のサラリーマン氏は明らかに運動のやり過ぎで、見ていて痛々しいくらいでした。お酒のお付き合いを止めた単身赴任の営業担当者の営業成績は大丈夫なのだろうかと、要らざる心配までしてしまいました。テレビ番組ゆえの誇張があったのでしょうが、行き過ぎは歴然としています。「健康のための健康づくり」そのものの、半強制的な役所主導のお仕着せ型健康法を見たように思いました。「愛国心」を法律で縛ろうするような風潮とどこかで通底しているように思えてなりません。

要するに、メタボリック症候群は現代人の「運動不足と栄養過多」症候群です。私自身は年に2回の健診を受けて、今のところメタボリック症候群の診断基準に照らしても該当者つまり患者ではありません。日常生活は次のとおりで、人様にお勧めするようなことは何もしておりません。

運動の大事さは百も承知ですが、子供の頃からの運動嫌いのうえ、数年前から腰痛と左足アキレス腱痛が持病化していますので、激しい運動はもとより長距離の歩行もままなりません。幸い左足首の背屈運動が困難ですから自転車はオーケーですので、市内のサイクリングコースで楽しんだり、買い物にはもっぱら自転車を使っています。自分の書斎や寝室だけに掃除機をかける際には、意識して歩幅を大きくしたり体を捻る動作を増やしています(いわゆる「ながら運動」)。これほど運動しない人間がどれだけ生き延びられるものか自分で実験している気持ちです。
2  栄養については先の戦争のおかげ?で、食べ物についての好き嫌いが全くありません。3食ほぼ決まった時間に家内の手料理で食べます。肉、魚、卵、牛乳などタンパク質を満遍なく、出されたものは残らず平らげています。野菜、果物は意識して多めに摂り、塩分は薄味に慣れました。お酒は毎日嗜みますが量は自然とかなり減り(日本酒で一合未満です)ました。一口で言えば特定の食品だけに固執しない、偏らない食事でしょうか。
3  体重については62kgで、定年前よりはすこし減りましたがほぼ一定しています。いわゆる「ダイエット」はしておりませんが、寝室に体重計を置いて起床時と就寝時には必ず計量しています。食べすぎた日はキチンと数字が教えてくれますので翌日調整することにしています。

「ほどほど」に中庸の徳を信じて、何事にも無理は禁物をモットーにした「ぐうたら健康法」のススメというのが私の結論です。

                       (2006年12月6日)


ドクター塚本への連絡はここをクリックください。