ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.80 「メタボリック症候群」(その9)健康のための健康づくり
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 大阪大学名誉教授、住友病院長の松沢祐次さん(65)が、この秋の紫綬褒章を受章されました。オーストラリアで開催された今年の国際肥満学会でのウィレンドルフ賞につづいてのお目出度です。CT画像によって内臓脂肪の存在を明らかにし、脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインの発見により、世界の肥満研究をリードしたことが評価されたことは言うまでもありません。メタボリック症候群の診断基準のまとめ役だったことは、すでに「その1」でもご紹介したとおりです。共同通信の取材に応じて松沢先生は、1980年代にはなかなか科学として取り上げてもらえなかったことから、文学でも純文学、大衆文学があるように、自分の研究は「大衆医学」だ、と回顧しています。また診断基準の1つとして打ち出した「ウエストサイズ男性85センチ、女性90センチ」はびっくりするようなスピードで広まった、とも言っています。

 わが明治安田生命も、新種LAダブル「7ガード」のテレビCMにメタボリック症候群を使っているくらいですから、まさに人気絶頂の感がします。

 たしかに専門的な医学用語にしては普及度抜群です。ちょっと旧聞に属すかもしれませんが、朝日新聞の調査をご紹介します(7月8日付)。
9千人が登録しているアスパラクラブ会員のうち、インターネットによる2831人からの回答の結果は次のとおりです

「メタボリック症候群が気になりますか?」 はい 53%  いいえ 47%
「はい」の人
その理由 (上位5位まで、以下同じ)@運動不足 A日常ストレス
B腹囲が危険域 C机仕事が多い D健康診断の結果
その対策 @食生活を注意 A規則正しい生活 B定期的な運動 
C健康診断や人間ドック D医師の診察
「いいえ」の人
その理由 @健康診断の結果 A気にする年ではない B健康に自信 
Cがんなどのほうがこわい D気にすると身体に悪い

 健康に対する関心も高く、言葉の意味をちゃんと理解して回答しています。その証拠に、気になる人はその理由としては「運動不足」を、その対策には「食生活を注意」を、それぞれ圧倒的に多い断トツの一位にあげているのです。

 と同時に、次のようにかなり批判的にみている人もいます。

 ● 名称から受けるイメージがきつい。気にはなるがあまり神経質になりたくない。病は気から(兵庫、56歳女性)
     内臓脂肪蓄積の悪影響については前から言われていたのに、カタカナ語で煽っているようだ(石川、43歳女性)
     腹囲85センチ以上などの数字が独り歩きするのがこわい(東京、53歳男性)

 また気にならない派のなかには、「一時的な流行だと思う。来年には別の言葉が流行する(神奈川、25歳男性)」という冷めた意見もあったようです。

 ここでもう一人、生活習慣病予防に対するメタボリック症候群「政策」に批判的な専門家のご意見をお聞きすることにしましょう。前・岩手医科大学第二内科教授の平盛勝彦先生です(日本循環器病予防学会誌 41巻86〜91、2006年)。

 まず先生は、生活習慣病という命名からして間違っていると指摘することから始めます。病名の付け方からいうと、生活習慣病とは生活習慣が原因で起きる病気と言うことになっていますが、生活習慣病とされている病気のいずれをとっても生活習慣が「原因」で起きる病気ではないと言い切っています。正しくは、1996年に厚生省公衆衛生審議会が定義したように、「生活習慣が、その発症・進行に関与する疾患群」のことです。だから先生は、これを「生活習慣関与病」と記すと提言しています。そう言えばアメリカでは、Life-style related disease(ライフスタイル関連病)と名付けているのです。

 そして、何が何でもとにもかくにも健康でありたい、だから生活習慣を改めるというのは、本末転倒も甚だしいというのです。健康日本21と健康増進法第二条(国民の責務)を引用しながら、「健康日本21と健康増進法によれば、豊満、酒豪、美食、熱血漢、冒険、不満、不安、争い、怒り、嫉妬、羨望、孤独、忍耐、緊張、努力、熱中、興奮などは全て不健康であり、法律違反である。これでは、健康のためには真の人生を諦めるしかないということになる」。「今日のわが国に溢れている健康への幻想、科学への妄信、医療への過信が、固定観念になって生活習慣関与病などの不健康は有りうべからざるものと思い込んでいる」

健康とは法律で強制されるものではなく、「からだの各部分に具合の悪いところがなく、気力が充実している状態」(新明解国語辞典)のはずです。健康のために喜怒哀楽の全てを避けるということになると、からだの各部分に具合の悪いところが無いにしても、気力の充実した状態が得られるわけもありません。ファン・ゴッホ(享年37歳、以下同じ)、宮沢賢治(37歳)、モーツァルト(35歳)、正岡子規(34歳)、シューベルト(31歳)たちを例に上げて、「これらの人物も、からだの健康と長生きをこそ生き甲斐として目指すべきであったとするなら、愚の骨頂であり、笑い話にもならない」とする批判には説得力があるように思います。つまり、「健康と生き甲斐」とはイコールではないのです。

 さらに言葉をつづけて、メタボリック症候群対策の目玉にしている「健診と保健指導の義務化」についても、実効性あるものとは考えられないとしています。その理由としては、厚生労働省・科研費特別研究「最新の科学的知見に基づいた保健事業に係る調査研究」(主任研究者・福井次矢聖路加国際病院長)によると、健診の主要な健診項目の大半が有効性に疑問があること、数多くの健診、保健指導を実施する事業体は、官と周辺団体の巨大利権が含まれているシステムであること、を指摘しています。

 現在アカデミックベンチャー企業である「モリーオ」株式会社の代表を務めておられる平盛先生は、本当に市民から慕われる臨床医を目指して、疫学予防医学の専門化とも緊密な共同作業による新たな「心臓病検診システム」を提唱されています。ここではその詳細を説明するだけの余裕もありませんが、今後の発展を大いに期待しています。

 このところメタボリック症候群に対する少数派の意見ばかり見つけてきて、それを尊重する姿勢が目立つかも知れません。では一体「ひとり言」子自身の考えはどうなんですか、と聞かれそうです。それに、メタボリック症候群に対して一人一人の個人はどう付き合って行けばよいのか分からないので、少しはノウハウのことを教えて欲しいという声も聞かれます。その辺は、次回以降のお楽しみということにいたしましょう。

                       (2006年11月15日)


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