ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.79 「メタボリック症候群」(その8)本当に医療費は抑制できますか
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 今日から郵便局で年賀はがきの発売が始まり、今年のカレンダーもあと2枚となりました。例年、その年の新語・流行語大賞が話題になる時期も間近です。メタボリック症候群(シンドローム)、略して「メタボリック」あるいは「メタボ」がその候補になるだろうと勝手な予想をしています。

 折りしも内閣府が今年8月に実施した「体力・スポーツに関する世論調査」の結果が公表されました(10月29日付の新聞各紙)。それによると、運動不足を感じている人は67.6%(前回比+1、4%)、また肥満を感じている人は43.4%(前回比+2.8%)と、いずれもこの項目の調査が始まって以来の最高でした。メタボリック症候群と密接な関連のある、運動不足や肥満に対する関心の高さを表していますので、メタボリック症候群対策を医療費抑制政策の柱にしている厚生労働省も、十分なPR効果があるとほくそ笑んでいることでしょう。

 その一方で、メタボリック症候群に対する批判の声も続いて聞こえてきます。厳しい批判を展開している一人が、以前ご紹介したことのある浜六郎・医薬ビジランスセンター理事長です。同センターが患者(医療消費者)の身になって提供している季刊・情報誌「薬のチェックは命のチェック」の最新号(bQ4、10月20日発行)は、何と「メタボリックシンドロームのまやかし」を特集しているのです。サブタイトルも、「ちょっと太めが元気で長生き、健診義務化で病人づくり、医療費増大」となっています。批判どころか政府の政策に真っ向から反対する論陣を張っています。

 浜理事長の反対論は終始一貫していて、メタボリック症候群は科学的根拠の裏づけなしに築かれた虚構だと決め付けているのです。まず体格と死亡率に関する18もの論文を検討して、「ちょい太が長生き」が非常にしっかりしたデータに基づいていることを指摘しています。なかでも、生命保険加入者情報はデータの宝庫だとして、1985年に私が発表した論文をこの分野での(戦後の)日本における草分け的研究だと評価しているほか、住友生命、日本生命両社の体格研究のことも取り上げています。「小太りの長命学」の元祖を自任している私にとっては大変嬉しいことです。

それに対して、メタボリック症候群の根拠データは、日本人についてはせいぜい数百人程度の横断的な一時点での調査だけで、追跡調査は心筋梗塞の発症を追跡した「未発表」のものがあるだけで、非常にお粗末だと言うのです。長年の伝統をもつ生命保険会社の死亡率研究と、腹部のCT画像診断に端を発した、日の浅いメタボリック症候群の疫学研究とを同列に比較することは酷でしょうが、確かに科学的根拠に欠けていることは認めなければならないでしょう。

いま一つの論点は、メタボリック症候群を提唱する専門家の論文には、どれ一つとしてがんや感染症による死亡などを含めた、「総死亡率」の低下を目標とする予防法に言及したものがないという指摘です。メタボリック症候群の診断基準を作成した専門家たちは、「心筋梗塞など循環器の病気さえ減ればよい」という考え方に立っていて、これはコレステロールの基準値策定の際と同じ発想なのです。心筋梗塞さえ減れば、がんや感染症で死ぬ人が少々増えても平気でいられる人たちということになるし、心筋梗塞という1本の木だけを見て、人のからだ全体、森を見ていないのだと、手厳しく批判しています。

またメタボリック症候群の診断基準の一つ、ウエスト周囲径の決め方についても、基準作成の根拠論文を詳細に検討した結果、コレステロールや中性脂肪が学会基準値より高いことは死亡の危険因子ではなく、むしろ健康因子であるのにリスクファクター数にカウントしたり、データのすり替え疑惑すらあるイカサマだと断じています。このような批判は、病人とは言えない健康な軽度の肥満者(BMIで27くらいまでの)を病人扱いにしてしまう病人づくり政策だと言う点で、週刊朝日の関百合子や笠本進一が同誌上(5月26日号、9月15日号)で指摘した批判と共通しています。

それでは、厚生労働省が期待している医療費抑制の効果は本当にあるのでしょうか。もちろん浜理事長の考えは「ノー」です。すでに6月に成立した医療制度改革関連法によって、1年半後の2008年度から「医療保険者(国保・被用者保険)に対し、40歳以上の被保険者・被扶養者を対象とする、内臓脂肪型肥満に着目した健診及び保健指導の事業実施を義務づける」ことになっています(厚生労働省:平成18年度医療制度改革関連資料)。

健診によってメタボリック症候群患者とその予備軍を見つけ出し、それらの原因になっている「内臓脂肪」を治療するために、まず「生活指導」を行います。しかし生活習慣を改善することが容易でないことは先刻ご承知の通りです。結局は受診を勧められて医療機関へ行くか、行けない人はサプリメントに頼ることになります。医療機関では、手っ取り早く、生活指導よりも「高血圧ガイドライン」、「高脂血症ガイドライン」、「糖尿病ガイドライン」に則って薬剤処方に走ります。行き着くところ、検査や指導料、薬剤費で医療費は高騰しますし、健康な人が余計な病気を抱え込むことになって、さらに医療費は膨張するでしょう。仮にメタボリック症候群の専門家が強調するように心筋梗塞が減少したとしても、その他の疾患による死亡率を下げることができるかどうか疑問です。コレステロールも体重も死亡率との関係は「U字型カーヴ」ですから、逆に死亡率が高くなる可能性すらあるのです。

薬剤をなるべく使わずに食事や生活指導をする良心的な医療機関は、経営困難な状態に陥ります。まさに悪医が良医を駆逐し、悪薬が良薬を駆逐するという典型的な図が描き出されます。

もう一つ別の見方もご紹介しておきましょう。日本福祉大学の二木立教授の見解です。健診でBMI、血圧、脂質、代謝系の検査値で異常が4項目あった人は、異常が0だった人に比べて10年間の医療費が3.2倍高かったという成績と、血糖値の異常の有無によって糖尿病になる確率が6倍高いという調査結果を結び付けて「健診で医療費抑制」の根拠にしているのが厚生労働省ですが、糖尿病発症の自然経過と健診・保健指導の介入による抑制とは全く別次元の問題だと切り捨てています。さらに、仮に対象者が健康が維持されても、一時的な抑制効果のみで、寿命が延びる分だけ「生涯医療費」が別途かかることになり、医療費支出の先送りに過ぎないとも言っています。

またまた、現時点では少数派に属している人たちの考え方をご紹介したかも知れません。私自身の小太りの長命説が、20年以上前には全くの少数意見だったのに、今日では多くの人から支持されていることと考え合わせて、メタボリック症候群についての、これら少数派の主張にも十分耳を傾けていただきたいと思いますが如何でしょうか。

<参考文献>

 トレンドビュー「健診で医療費抑制」への疑問、日経メディカル2006年2月号
pp26〜27

                        (2006年11月1日)


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