ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.78 「メタボリック症候群」(その7)統計数字からマクロに眺めてみます
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 私には食べ物の好き嫌いがまったくありません。10代の食べ盛りに敗戦直後の食糧難に遭遇したので、文字通り生きるか死ぬかの時代に好き嫌いなど言っておれなかったからです。こんな話から始めたのは理由があります。その規模、精度、継続性、いずれをとっても世界に冠たるわが国の「国民栄養調査」は、当時の緊急食料対策の基本的資料を得るために、GHQ(連合軍最高司令部)の指令によりスタートしたのです。以来、何回かの制度改正を経ながら、今日まで60年以上も連綿として継続されています。この調査は当初から食料や栄養の不足状況だけにとどまらず、栄養から生じる国民の健康状態に着目していたことに特色があり、その精神は今も受け継がれているのです。現在では栄養不足どころか過剰摂取の状況にも力点を置いた調査が行われています。とくに生活習慣病の予防対策の基礎資料となっていることは言うまでもありません。中高年男性の半数が「メタボリック症候群の有病者」という厚生労働省の発表も、実は「平成16年国民健康・栄養調査」の結果から割り出した数字です。

 今回はこの国民栄養調査や「人口動態統計」の死因別死亡率など、平生皆さんにはあまり馴染みのない統計数字を追ってみて、マクロ的にメタボリック症候群問題に迫ってみましょう。

 まずエネルギー摂取量の動きから見てまいります。摂取量については、全国1人1日当たりの平均値(以下同じ)です。調査開始年の昭和21(1946)年には、1900Kcalそこそこでしたが、その後順調に摂取量は増加して、昭和20年代後半には2100Kcal台に乗り、ピーク時には2287Kcal(昭和46年)にまで達しますが、その後は凋落の一途をたどり、平成13(2003)年には1920Kcalまでに低下しています。性別や年齢構成を考えていないものの、巷間よく言われる飽食の時代とはいっても、摂取総カロリー数は戦後とほぼ同じレベルになっているのです。

 エネルギー摂取の内訳を、3大栄養素である、たんぱく質、脂質、炭水化物の順に見てみます。

 たんぱく質の総量も、昭和21年の59.2g(うち動物性は10.5gで米飯など植物性のたんぱく質に依存していました)からキレイに増加して、ピークの昭和48年には84.1g(うち動物性は41.9g)に達し、その後は80g前後でしたが、平成7年からは減少に転じ、平成13年現在では71.5gに低下しています。中味の動物性は38.3gと50%を超えています。

 次は脂質の動向です。脂質総量も14.7gから急上昇をつづけ、昭和47年には50gを超えます。ピークは平成7年の59.9gですから、戦後50年で脂質摂取は約4倍にも増えたことになります。しかも動物性(魚介類を除く)脂質と植物性+魚介類の脂質の比も、昭和30年の16%から昭和45年の61%まで上昇してからもつづいて、65%台をキープしています。しかし平成7年以降は脂質総量も動物性脂質もともに低下傾向にあります。

3つ目の炭水化物はどうかというと、当初の386gから一気に400g台に上がったものの、早くも昭和26年の424gをピークに長年凋落をつづけていて、平成13年には270gと戦後よりかえって少ない摂取量となっています。

 細かい数字の羅列はともかく、国民全体の3大栄養素と総摂取カロリーの年次推移から凡その傾向は掴めたことと思います。皆さんご自身の実体験に照らしてみていかがでしょうか。日本人の戦後における食生活の欧風化はよく知られていますが、意外にもカロリー総量も脂質総量も増加を続けているわけではないし、今後も摂取量が大幅に伸びるとは思えないことが判明しています。

 さて国民栄養調査は、栄養摂取と同時に国民の身体状況も調査しています。近年の動向をご披露しますと、平成9(1997)年から平成13(2003)年まで、血圧の平均値(最高、最低とも)は、どの年齢層においてもほぼ横ばいないし低下傾向を示しています。また総コレステロールの平均値もこの期間中はほぼ横ばいです。総コレステロール値240mm/dl以上の割合もほぼ同レベルですが、参考までに、平成13年では、男女別に20〜29歳、40〜49歳、60〜69歳の割合はそれぞれ、男で2.5%、16.3%、11.7%、女では3.3%、10.9%、24.8%ですし、全年齢での割合は男女それぞれ11.5%、16.9%となっています。

 肥満の状況はどうでしょうか。BMIが25以上の割合を年齢別に昭和55(1980)年からみますと、男ではいずれの年齢でも着実に増加していて、肥満の増加傾向は明らかです。平成15(2003)年の20歳代から70歳代以上まで10歳きざみの7年齢階級で、その割合は14.8%、32.7%、34.4%、30.9%、30.7%、20.9%となっています。肥満増加にも拘わらず、むしろ血圧値、コレステロール値が安定していることにご注目ください。

 一方女は、50歳以上では漸増しているものの、20〜49歳までは何と漸減傾向にあり、男とは明らかに違った傾向です。

 このように見ますと、健康に対する関心の高さを反映してか、栄養の摂り方についても血圧やコレステロールのコントロールについても、国民全体として十分な配慮がなされています。反面、栄養摂取が頭打ちになってから久しいのにもかかわらず、男の肥満についてはその割合が増加の一途をたどっているのは、国民全体が運動不足の状態にあるとしか考えられません。機械化の進展、肉体労働の減少、自動車の普及のほか、便利さの追求に伴い、ますます身体を動かす機会が減っていることの端的な表れでしょう。

 では、肥満が動脈硬化疾患発症の大きなリスクファクターのはずですが、国民全体の死亡率の推移はどうでしょうか。戦後一貫して日本人の寿命延長が続いています。年齢別の死亡率が低下を続けていることにほかなりません。ここでは動脈硬化疾患の代表である脳血管疾患と虚血性心疾患だけにしぼり、また割り切って男を中心に人口動態統計からその死亡動向を眺めてみましょう。

まず脳血管疾患ですが、1951年に結核に替って死因第一位に躍り出た後も増加をつづけ、死亡数18万人をピーク(1973年)に減少を始め、1981年からは悪性新生物にトップの座を明け渡します。高齢化の進んだ現在(2003年)でも約13万人の死亡数を数えますが、男の年齢調整死亡率で見ますと、人口10万対、62.5でピーク時のほぼ6分の1に低下しています。一時増加傾向を見せた脳梗塞だけを見ても、現在35.1とピーク時(1970年)のほぼ3分の1になっています。

 一方の虚血性心疾患の方ですが、死亡総数は人口の高齢化とともに増えていて、現在16万人弱です。しかし年齢調整死亡率の方は着実に低下傾向にあって、男のそれは人口10万対、50.3となっていて、ピーク時と比べると12%もの減少となっているのです。虚血性心疾患が減少しているなんて信じられないと思う人も少なくないでしょう。

 このような2大疾患の死亡率の減少は、発症直後の急性期における医療現場の努力だけで説明しきれるものではありません。本当にメタボリック症候群が動脈硬化性疾患発症の「非常に大きな」リスクファクターだとするなら、減少どころかもっと増加していても良いはずです。健康問題に並外れた関心の高さを誇る国民です。今大騒ぎしているメタボリック症候群にももう少し冷静な態度で接したらいかがでしょうか。

<参考文献>

 健康・栄養情報研究会編「戦後昭和の栄養動向 ― 国民栄養調査40年を
 ふりかえる ―」 第一出版(株)1998年8月

 健康・栄養情報研究会編「国民健康・栄養調査報告」 第一出版(株)
 2006年2月

 厚生労働省「平成16年人口動態統計・上巻」厚生統計協会 2006年

                      (2006年10月18日)


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