ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.76 「メタボリック症候群」(その5)「小太りの長命学」の元祖
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 メタボリック症候群ブームがつづいています。去る3月に発売された大衆薬の漢方内服薬「ナイシトール85」(小林製薬)がヒット商品になっています。肥満症や便秘に対する生薬から抽出した漢方エキスの効果がキャッチフレーズのようです。ネーミングの「85」に意味のあることは先刻ご承知でしょう。この業界では「大衆薬で年間売上高が10億円を超すと大ヒット」だそうですが、厚生労働省が5月にメタボリック症候群の全国調査結果を公表するや売上が急上昇して、約半年で売上高14億5千万円を記録し、最終的には22億円に達する勢いだそうです(9月6日付朝日新聞)。

 内臓脂肪を減らすのに効果の認められた大豆に含まれるたんぱく質、βコングリシニンがサプリメント(栄養補助食品)として製品化されるというニュースもありました(9月9日(夕刊)付日本経済新聞)。お遊びにグーグルで「内臓脂肪」と「サプリメント」を検索してみましたら、何と55.2万件もヒットするという過熱ぶりです。医療現場での治療実態も推して知るべしで、どうやら厚生労働省が大々的にキャンペーンしている医療費抑制政策も、これなら逆効果の恐れなきにしもあらず、です。こんな矢先、お読みになった方もおられましょうが、週刊朝日に、笠本進一記者が「厚生労働省『国民総病人化』の愚」というタイトルで痛烈な批判記事を掲載しています(9月15日号)。メタボリック症候群の診断基準値の引き下げに基づく「健診・保健指導プログラム」は不必要な服薬を助長する制度改革だと決め付け、役人の天下り先確保のためではないかとまで言っています。

 元・社会保険審査会委員として役所勤めも経験させてもらった私は、そこまで勘ぐってはいません。それにしてもいささか騒ぎすぎではと危惧していたところ、少数派ではあるものの医者の中からも、「基準が厳しすぎる」という声が聞かれるようになりました。そのお一人は藤田紘一郎・人間総合科学大学教授です。免疫学・寄生虫学がご専門で、日本人の行きすぎた清潔志向に警鐘をならしていることで有名な方です。9月4日付日本経済新聞のインタビューで、藤田先生はメタボリック症候群の基準緩和を訴えて次のように語っておられます。

 「太りすぎが重大な病気の引き金になることは確かですが、統計的にはやや肥満気味の人の方が、やせた人よりむしろ長寿であることが分かっています。日本人では体格指数(BMI)が24−25くらいの人の寿命が最も良いというデータがあります。米国でも25−29.9の過体重の人々の死亡率が最も低い。つまり少し太り気味の人が最も長生きという結果です。日本の判定基準だと、この最も元気な人々を病人扱いすることになってしまいかねません」。もうひと言、「私はウエスト93センチ。でもたくさん食べないことには元気がでない」

 同じような考えから、「世間で考えられている小太りの状態のほうが長生きなのだから、流行のように扱われているメタボリック・シンドロームの報道に流されて、必要以上に「やせ願望」を強めることのないようにぜひ気をつけていただきたい」と言っておられるのは、精神科医で老人医療が専門の和田秀樹・国際医療福祉大学教授です(「大人のための健康法」角川Oneテーマ21、2006年8月刊)。

 どこかで聞いたことがあるとお気付きでしょうか。そうです。このような発言を心底喜んでいるのが、元祖「小太り長命学」の提唱者を自認している私なのです。20年以上もの昔、私たちが明治生命の保険契約加入者を対象にした大量・長期のコホート研究の成果(1985年)が、ここまで世間にも定着してきたのか、と心強く感じたからです。

 その詳細は割愛して、この研究の考え方をぜひ知ってもらいたいのです。つまり、肥満か、やせかの物差として、DAW(身長別平均体重からの%偏差)、丹治指数((胸囲+腹囲)(身長))、BMI(体重(kg)/身長()の二乗)などいずれの数値を使おうと、体格と死亡率の関係は体格別死亡率曲線が「U字型」曲線を描いていて、カーブの底に当たる「最低死亡率体重」があるという事実です。このことを最低死亡率原則と名付けたのはメトロポリタン生命ですが、これを利用して「明治生命・標準体重表(30−69歳)」も同時に発表しました。この研究以後、観察対象が大規模でかつ長期にわたるコホート研究なら、いずれも私の理論の正しさを証明してくれています。決して我田引水ではないのです。

 生命保険のデータでは、住友生命の丹治指数別死亡率(1991年)、日本生命のBMI別死亡率(1993年)がそうですし、BMI別死亡率を観察した一連の地域住民を対象にした福岡県久山町研究(中山敬三ら1993年、1997年)、福岡大学(江崎廣次ら1998年)、筑波大学(磯博康ら2001年)、群馬大学(鈴木庄亮ら2005年)の諸研究は、いずれも共通してU字型死亡曲線の特徴を示しています。

 ここでは2002年に専門誌(International Journal of Obesity26巻)に発表された津金昌一郎・国立がんセンター予防研究部長を班長とする厚生労働省多目的コホート研究の成果を少し詳しくご紹介しましょう。

 この研究は、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣予防に役立たせることを目的にした本格的なコホート研究です。

 対象者は、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県石川の4地域の住民で、40〜59歳の男女約4万人です。1990年に実施したアンケートの回答を基にして、その後10年間の追跡調査を行ない、肥満指数(BMI)と死亡率の関係を研究したものです。

 アンケート時点での身長と体重からBMIを計算し、7グループに分類して10年間の死亡率を観察していますが、死亡率の算出にあたっては、年齢や喫煙などの生活習慣、さらに病気による体重変化の影響などを統計学的に調整しています。

 その結果、死亡率が最も低かったBMIが23−24.9のグループに比べて、両端の30以上の太りすぎも19未満のやせすぎも、いずれも死亡リスクが約2倍も高く、U字型の関係を示しました。ここまでは予想がついたのですが、「意外にも」と正直に言っておられますが、男性では理想的といわれる「22」が入るグループから、やせの方に向かってリスクは上昇し始めます。逆に高い方は、26.9まではリスクが上がらなかったのです。また体格別の分布(BMIが30以上の割合は男性で2%、女性で3%程度と少ない)から、社会全体で見ると、肥満対策よりもやせ対策が優先されるべき深刻な課題だと結論しておられます(2005年5月29日付け日本経済新聞「なるほど予防学」)。津金先生には意外だったかもしれませんが、私にとっては当たり前の事実であったことは言うまでもありません。

 「小太りの長命学」の元祖と言えども、すでにご紹介したとおり、体内に蓄積された脂肪の分布状況から解明された内臓肥満の研究や脂肪細胞から放出されるアディポサイトカインの基礎研究のことは高く評価しています。もちろん肥満奨励論者であるはずもなく、肥満予防には大賛成です。

 しかし、専門とする病気だけに特化した近視眼的な専門家になると、「木を見て森を見ず」の弊害に陥ってしまう恐れもあります。私も最低死亡率(長寿)イコール健康、というほど短絡思考ではありませんが、オールラウンドに全体像を観察するにはやはり死亡率が優れているという信念は持ち続けておりますので、肥メタボリック症候群問題とも「中庸は徳なり」でほどほどに付き合って行くつもりです。

<参考> 厚生労働省多目的コホート研究については下記をご参照ください。

  http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/03/himan.html

                         (2006年9月20日)


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