ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.74 「メタボリック症候群」(その3)診断基準のウェスト周囲径
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 「太りすぎはからだによくない」は、今の日本人なら誰でも知っている当たり前のお話です。しかし、「太りすぎ」、「肥満」を体内の脂肪組織の過剰な蓄積であると定義するにしても、どこからが肥満なのか分かっているようで実はそれほど簡単ではないのです。「明治生命・標準体重表」(1985年)のような身長と体重だけで肥満を判定しようとするのは、とっくに時代遅れになっています。体重はもちろん脂肪の絶対量ではなくて、体内における脂肪分布の違い、なかでも内臓脂肪量に重要な意味があることが明らかになったのでした。

肥満(厳密には単純肥満)と「肥満症」を区別しようとしたり、「隠れ肥満」という病態があると言うようになったのは、繰返し話しているように私が勝手に名付けている「大阪学派」の立派な功績です。

 では内臓脂肪はどのように測定するのでしょうか。腹部CTの画像診断によって腹部を輪切りにした横断面から、脂肪の面積(体積や重量でないことにご注意ください)を測定します。専門的な所は割愛しますが、部位は、臍部(腰椎L4を中心)を含む3〜5スライスを、呼吸は胸部レ線検査と逆で「呼気時の息止め」で撮影する、と肥満学会が検査条件をきちんと決めています。皮下脂肪は呼吸によっても面積に差が出ないのですが、内臓脂肪の方は肺に空気が充満している吸気時には横隔膜が押下げられて縦軸方向の距離が短縮されるので、横断面の面積が拡大する可能性があるからです。

当初は測定したい部分の辺縁をトレースするだけで面積が計測できるプラニメーター(その後デジタル型になります)を使用していましたが、手動による操作に時間がかかる上、客観性や汎用性に欠けるという検査の限界がありました。現在ではCT画像をスキャナーで取り込み、コンピューター上で計測できる「Fat Scan」とか、「fatPointer」というソフトが開発・導入され、客観的かつ迅速に計測できるようになっています。

肥満学会は、この内臓脂肪面積100cu以上をもって男女共通して「内臓脂肪型肥満」と判定するとしています。その根拠は、内臓脂肪面積と心筋梗塞、脳梗塞など心臓血管疾患のリスクファクター数との関係を検討して、その面積が100cu以上になると、リスクファクター数が男女ともに一段と増加することをもって基準値にしたのです。心臓血管疾患の発症数が増えたというのではなく、その危険因子だけが増えたということに注目しましょう。割り切って言うなら、間接的な基準設定方法だということになります。

また医師ではなく情報工学の専門家である東海大学医学部・大櫛陽一教授は、自説である、日本人にとってキチンとした根拠のない「高コレステロール血症の基準値220mgdl以上」をリスクファクターの1つに採用していることについても批判しています(5月22日付 読売新聞、週刊朝日5月26日号)。

先刻お分かりのように、お腹がぽっこり出てきたとか、ベルトの穴が大きくなったのを気にする人は大勢おられますが、そうは言っても自分の内臓脂肪計測のためすぐに病院でCT検査を受けるという方はざらにはおられません。時間的にもまた健保適用ではないので経費面でも二の足を踏むことになります。

 いま、一般家庭に普及している体脂肪計と同じ原理を応用した、「腹部インピーダンス法」計器の開発を、研究者と健康機器メーカーとが共同して鋭意進行中ですので、いずれ近いうちにお目見えすることでしょう。

それまでは、面倒な検査よりも凡そのところが推定されれば良しとする考えから、時間的、経済的にも簡便で客観的な「臍部ウェスト周囲径(腹囲)」が内臓脂肪検査の代替・簡易検査としてメタボリック症候群の診断基準に登場してきたのです。

これがまた疑問を呼ぶことになり、批判の声も上がることにもなります。

 復習しますと、日本8学会の基準では、男性85cm以上、女性90cm以上と、女性の方が大きいことが特徴です。

男女共通して、内臓肥満のカットオフ値に採用した内臓脂肪面積100cu以上というのですら、根拠薄弱とする説がまかり通っているのですが、それはさておき、この内臓脂肪面積に相当するウェスト周囲径は、男女で異なり、それぞれ85cmg以上、90cm以上としています。肥満学会は、男女それぞれ559人、198人の内臓脂肪面積とウェスト周囲径の相関分布図を作成(相関係数は、r=0.676(男性)、r=0.646(女性)でしたが、これが高いか低いかについても議論がありましょう)して、男女それぞれの内臓脂肪面積100cuに相当するのが、84.4cm、92.5cmなので、ラウンド数値にして85cm、90cmとしたのです。欧米では、BMI(体重kgを身長mの二乗で割った値)が30に相当する腹部周囲径を採用したので、日本基準の方が医学的根拠に優れていると肥満学会は自賛しています。

 東京逓信病院・宮崎滋内科部長は、これについて次のような解説をしておられます。「女性では内臓脂肪面積100cuになる時には、皮下脂肪蓄積も男性よりも多いので、女性の方が腹部周囲径は大きくなる。心臓血管疾患の発症頻度が男性よりも低いことを考慮すると、(女性の方が大きい)日本の診断基準は妥当でないかと思われる」。

 ご参考までに、メタボリック症候群の診断基準の国際比較を腹部肥満だけに限って表示しますと、次のとおりです(宮崎部長による)。

 WHO(1998)

    ウェスト・ヒップ比0、90以上、
またはBMI 30以上

 米国コレステロール教育プログラムNCEP(2001)

    腹部周囲径 102cm以上(男性)88cm以上(女性)

 国際糖尿病連盟IDF(2005)

    臍部ウェスト周囲径 94cm以上(男性)80cm以上(女性)

 日本8学会(2005)

    臍部ウェスト周囲径 85cm以上(男性)90cm以上(女性)

なお「臍部」ウェスト周囲径とわざわざ断っているのは、女性の洋服のウェストサイズとは違うことを強調したいからです。つまり洋服のウェストとは異なり、胴の一番くびれたところではなく、お臍の高さで胴回りを測定するのです。肥満学会では、呼吸は軽い呼気の終期で、腹壁の緊張を取り、腹囲の前と後ろは水平位に、非伸縮性の布メジャーを使用し、空腹時に計測するなど、細かく測定時の注意点も記載しています。また過剰な脂肪蓄積で腹部が膨隆して垂れ下がり、臍が正常位にない場合は、臍より高い場所を解剖学的な骨の位置から厳密に指定しています。

ここまでの説明でも、メタボリック症候群というと何となく厳めしい「病気」のように感じて、その「診断基準」に振り回されてはならないことがおわかりでしょう。むしろメタボリック症候群即病気ではなく、薬を飲めば治るのでもなければ、直ちに発症する病態でもありません。太りすぎにも内臓肥満とそうでないのがあることに関心を持ち続け、自覚症状がないだけに内臓肥満を知るための一つの目安と考えればよいと思います。日常生活のなかで、お金をかけずに自分で簡単にできる体重測定といっしょに、臍の高さでの胴回りも測っておくことのお勧めなのです。誰しも生活習慣病の予防が大事なことはよく知っているのですから。

<参考文献>

宮崎 滋:日本医事新報、No.4257 2005年11月26日号)

                         (2006年8月16日)


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