ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.72 「メタボリック症候群」(その1)
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 梅雨明け前から猛暑のニュースが相次ぎ、各地で梅雨末期の豪雨被害が続発しているので、例年にもましてからっとした本格的な真夏の到来が待たれます。海水浴やプール遊びのシーズンが来るとどうしても水着の出番です。この時期になるとお若い女性は言うに及ばず、高齢者の我々でもわが身のプロポーションが気になること必定です。スリムな八頭身の人なら言うことなしですが、お腹ぽっこりか出っ尻では肩身の狭い思いをするはずです。

 最近「メタボリック症候群」という医学用語が巷に氾濫していることにはとっくにお気付きでしょう。とくに去る5月8日、厚生労働省から「平成16年国民健康・栄養調査」の結果から推定したメタボリック症候群の有病者数とその予備群とみなされる人数が公表されました。それによると、成人で有病者1300万人、予備群1400万人の計2700万人、40〜74歳では、それぞれ940万人、1020万人の計1960万人に達しており、男性では2人に1人、女性でも5人に1人に上るというのです。「中高年の男性半数が『危険』」と言う大見出しで5月9日付け朝日新聞は報道しています。追っかけて、この事態を深刻に受け止めた厚生労働省は、メタボリック症候群の考え方を2008年からの「基本検診」の検査項目に導入する決定をしたと報じられました(7月11日付け日経新聞)。

 それでは、メタボリック症候群とはどのような病態を言うのでしょうか。

 少し細かい話にはなりますが、生活習慣病関連の8学会(日本動脈硬化学会、日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本肥満学会、日本循環器学会、日本腎臓病学会、日本血栓止血学会、日本内科学会)が、合同で診断基準検討委員会(委員長・松沢佑次住友病院長)を構成して検討を重ねて、昨年4月に発表したその診断基準は次のとおりです。(これからも何度か出てきますので、その都度ご参照ください)

メタボリック症候群の診断基準(2005)
内臓脂肪(腹腔内脂肪)蓄積
ウエスト周囲径(腹囲)*
(内臓脂肪面積 男女とも≧100cm2に相当)
男性≧85cm
女性≧90cm
上記に加え以下のうちの2項目以上
高トリグリセライド(TG)血症
 かつ/または
HDLコレステロール(HDL-C)血症
150mg/dl

40mg/dl (男女とも)
収縮期血圧
 かつ/または
拡張期血圧
130mmHg

85mmHg
空腹時血糖 ≧110mg/dl

 ウエスト径は立位、軽呼気時、臍レベルで測定。臍が下方に偏位している場合は肋骨下縁と前上腸骨棘の中点の高さで測定。

* 

* 高TG血症、低HDL−C血症、高血圧、糖尿病に対する薬物治療を受けている場合は、それぞれの項目に含める。

 要するに、腹囲が「男性85センチ以上」、「女性90センチ以上」あって、かつ、3項目(@高脂血症A高血圧B高血糖)のうち、2つ以上に該当する人が有病者、1つに該当する人が予備群と判定されます。

 どうやら肥満に関連した病気のことだとはお感じになられたでしょう。肥満と言えば、「皮下脂肪厚 skinfold thickness による肥満評価」の研究が、私の保険医学会へのデビュー論文(1966年)でしたので、すでに40年にも及ぶ大変長いお付き合いになります。その後「明治生命体重表」作成(1985年)の頃までは、肥満は過剰な摂取エネルギーが中性脂肪の形で体内に蓄積された状態だということを十分理解していても、その体内での分布状況までの知見はほとんどありませんでした。

もちろん早くから、男性に多いお腹ぽっこりのビヤ樽型の肥満(上半身肥満とか「リンゴ型肥満」とも呼ばれています)がある一方で、女性に多いお尻や太ももなどに異常沈着している下半身肥満(「洋ナシ型肥満」です)のあること、そして高脂血症、高血圧、糖尿病、ひいては虚血性心疾患や脳血管疾患が発症し易いのは、リンゴ型肥満の方だということも分かっていました。

 1987〜88年にかけて、大阪大学第二内科(当時)の松沢先生をリーダーとする一門の研究者たち(徳永勝人、藤岡滋典ら)が、肥満者のCT検査を用いて腹部における横断面の脂肪組織の面積を測定することによって、体脂肪分布の研究に大きな風穴を開けたのでした。彼らは、従来皮下脂肪のことしか分からなかったのに対して、CTによる脂肪分布の検討から、上半身肥満とは腹腔内に蓄積した「内蔵肥満」であることを明らかにしたうえで、これを「内臓肥満症候群」と呼ぶことを提唱します。さらに単なる過度な脂肪蓄積だけの「肥満」状態と区別した、一つの病態としての「肥満症」を定義して国際肥満学会に向かって発信して行きます。国際的にみて肥満の頻度が低く、程度も軽い日本人を対象にして、当時すでに世界一を誇る高い普及率だったCT装置をふんだんに使った彼らの研究は、まさに経済の高度成長期にあったわが国でこそ出来えたことと言ってもよいでしょう。

 ちょうどその頃、肥満、高脂血症、高血圧、糖尿病の4つを組み合わせた合併症が成人病を起こし易いことを指摘して、これらをカプラン Kaplan NM は「死の四重奏」(1989年)と、またレェヴン Reaven GM は「症候群X」(1988年)と呼んだのでした。国立長寿医療研究センターの下方浩史・疫学研究部長は、1989年9月にワシントンDCで行われた体脂肪分布についてのワークショップの席上、リンゴ型肥満のことを「ロングベルト症候群」と命名しようという半ば冗談ともつかない提案があったと回顧しておられます(「体脂肪分布―腹部型肥満の基礎と臨床―」杏林書院 1993年刊)。

 この流れに沿って、1998年にWHOは心臓血管疾患の危険因子としての疾患概念を整理し、4つの病態をそれぞれ定量的に区分して、「メタボリック症候群」という名称で新たな診断基準を発表します。つづいてアメリカ政府のコレステロール教育プログラムNCEP(2001年)、国際糖尿病連盟IDF(2005年)、日本の8学会共同委員会(2005年)が、次々にそれぞれの「メタボリック症候群」診断基準を作成し公表したのです。

 日本の診断基準検討委員長だった松沢先生は、大阪大学の講師・教授時代から「内臓肥満」に一貫して取り組まれ、現在も日本肥満学会の理事長も務めておられますが、長年にわたる肥満の臨床研究の功績によって、このほど2006年の国際肥満学会IASOのWillendorf賞を日本人として始めて受賞されることになっています。同窓の後輩というご縁もあって、私は「大阪学派」と呼んでもよい彼らの研究業績に対する栄誉を大いに賞賛したい気持ちです。同時に、日本から発信された新たな概念、メタボリック症候群が正しい理解のもと、フルに活用されてわが国の成人病予防に大きな役割を担ってくれることを祈らざるを得ません。実はいろいろな問題含みの診断基準だからですが、その詳細は次回にいたします。

                        (2006年7月19日)


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