ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.71 前立腺肥大症と前立腺がん −その違いと関係−
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 あっという間に2006年の前半分が終わりました。梅雨の最中ですがお元気にお過ごしのことでしょう。小生も元気ですと言いたいところ、実はこの半年は持病の腰痛とアキレス腱滑液包炎が悪化して散々な目に会っています。痛みについてもいろいろ勉強してみましたが、小生の実体験と一緒にその成果を皆さんにご披露するまでには至っておりません。

 それはさておき、自分自身が不安なものですから、10回ほど続けてきた前立腺の病気 ― と言っても肥大症とがんの2つだけですが ― のお話も今回でお仕舞いにいたします。

 先日痛い足を引きずりながら年1回の「人間ドック」を受診してきました。結果説明の医師から、一番尋ねたい足腰の痛みについては、検査した限りそれと関連する異常所見はないので、主治医を替えて別の整形外科を受診された方がよろしいでしょうと、見事にかわされてしまいました。それでも、たびたびお話したPSAも検査項目に入っていて、3.1とここ十年来基準値内に収まっていましたので(No.67)、正直言ってやれやれという気持ちでした。PSAがすぐれものであると同時に、その限界のことも知っているので、完全に安心したわけではありませんが、「手遅れ」になっては大変だという一抹の不安感からちょっとした解放感を味わったことになります。やはりがんに対する心理的な恐怖は拭い去れないので、つくづくと人間とは弱い存在だと実感させられました。

 その一方で、前立腺の病気の自覚症状である、下部尿路症状(閉塞症状と膀胱刺激症状のことですが)はというと、私の場合心持ち尿線の細さが一層すすんだように感じる以外は変化なしですから、国際前立腺症状スコアIPSSの点数は10点前後で変っていません(No.62)。

なお、「尿の勢いが弱いことがありましたか」という質問は、英語のweak urinary streamの翻訳ですが、「30歳ころ」と比較して答えるならばつねに「あり」となってしまって(5点)、弱くなってゆく過程や程度を無視した質問のために少し分り難くいように思います。

 ここで前立腺肥大症と前立腺がんとの違いを整理しておきましょう。いずれも腫瘍ではありますが、まず良性と悪性という大きな違いがあります。発生部位からみると、肥大症が内腺から、がんが外腺から発生するのが普通です。部位からみて癌の場合、その初期ではほとんど無症状ですが、次第に内側に増殖してきて初めて前立腺特有の症状が出てくるのです。これに対して肥大症の方は、尿管や膀胱に隣接した場所から発生するので、自覚症状の出現がより早いということになります。しかし症状が出てからは、下部尿路の自覚症状だけで両者を区別することは難しいのです。もちろんがんが進行して前立腺の被膜を越える(被膜外浸潤)と、血尿や痛みが出てきますし、さらに前立腺がんに特徴的な骨への転移を起こすようになると、肥大症との鑑別は一気に簡単になります。

 自覚症状がほとんど同じような段階での鑑別診断には、@前立腺の直腸診(いわゆる直腸の指検査)、A経直腸的超音波断層検査(エコー検査)、それにBPSA検査の3つの手段(3種の神器とも言われています。)を使うのが普通です。

泌尿器科専門医が直腸診を行うと明らかになるのですが、がんの場合には前立腺の一部あるいは全体が非常に硬く触れます。垣添先生の表現では、ぎゅっと握った握りこぶしの親指の付け根が持つ弾力性のある硬さで、前立腺全体が大きく触れるのが肥大症で、握りこぶしの骨の部分の硬さに相当するのががんだと説明しておられます。ただし数は少ないのですが、内腺に発生したがん、大きさの小さいがん、硬くないがんなどでは、この直腸診による触診だけでは不完全です。

経直腸式のエコー検査では、がんがあると超音波エコーの断面図に黒く見える「低エコー部位」が見えます。とくに外腺に左右非対称な低エコー部位があるとがんの疑い濃厚です。がんが被膜外へ浸潤しているとその部位の被膜エコー像が連続性を失って、断裂像が見られるようになります。それでもエコー検査によるがん診断の感度は直腸診より若干いい程度で、余り高いとは言えないのです。

何と言っても感度の高いのはPSAです。もちろんPSAにも泣き所があって、特異度が低く、グレーゾーン(4.1〜10.0)では肥大症とがんの区別がつきませんし、基準値以下でもがんの場合がありますので、集団検診向きではないということは前回もお話しました。

以上3つの検査はいずれも被検者に対する侵襲が小さくて受診者には好都合ですが、決定的な鑑別診断をするためには、前立腺生検(バイオプシー)、つまり前立腺の組織検査を行うしかありません。当然入院の必要がありますし、麻酔下で行うとはいえ、16G(太さ1.5ミリ)の針で刺して、8〜10箇所もの組織を採取して、顕微鏡検査による病理学診断をして確定診断をします。その結果がんと診断されると、その悪性度はグリーソン・スコアで分類することは前にもご説明しました(No.68

これらの検査によって前立腺肥大症か前立腺がんかの鑑別ができることは分かったとして、それでは肥大症からがんは発生しやすいのではないかという疑問についてはどうでしょうか。これまでの研究からは、肥大症とがんとは別の病気であって、肥大症があるから前立腺がんになり易いという証拠は見出されておりません。しかし、前立腺がんの場合には、ほぼ100%前立腺肥大症を伴っていることが明らかになっています。しばしば経験されるのは、前立腺肥大症の治療として前立腺を手術的に摘出した際の病理検査でがんが発見されることです。両者ともに男性ホルモンが関係していることは確かなのですが、その作用機序が異なっているとしか言いようがありません。

ということで、私の場合全く安心というわけにはまいりませんが、当分の間自分の下部尿路症状を注意深く見守って行くしかないでしょう。

一方、今のところ IPSS を使っても自覚症状の点数が低く(7点以下)、しかもがん検診を受けずにいる方にとっては、今後いつ何時、前立腺がんという告知を受けるかも知れないし、場合によってはすでに「手遅れ」だと言われないかという不安感が付きまとうのではないでしょうか。

もやもやと不安がっているよりはと、早目にすすんで3種の神器、なかでもPSA検査を受けて、場合によっては前立腺生検まで受けようとする「早期発見、早期治療」を尊重する考え方が大勢になっています。しかし、手術をしても待機観察をしでも「生存率」に差が出なかったという研究成績や、手術に伴って高率に発生するさまざまな合併症(尿失禁(おむつ使用、排尿障害、性機能障害などの)などを考慮して、3種の神器の検査を受けるのは「症状が出てからでも遅くない」とする少数派の考え方があることもご紹介しておきます(木元康介、浜六郎)。どちらの考え方に立つかは、ご自身のことですからご本人の自己決定権に委ねるほかありません。

次回からは新たなテーマでお届けいたします。鬱陶しい梅雨空の下、ご自愛のほどお祈り申し上げます。

                          (2006年7月5日)

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