ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.64 前立腺がんを統計で眺める
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 言うまでもなく、がんはわが国の死亡原因のトップです。すでに昭和56(1981)年に脳血管疾患(脳卒中)を抜いて第1位に躍り出て以来、がん死亡は年々増加の一途をたどっています。しかも、2位、3位の心疾患、脳血管疾患を大きく引き離しています(2、3位を併せても届かないほどです)。男女計で年間30万人(全死因の30%)以上の人ががんで死亡しています。

 その主要因を、疫学者はわが国の人口構成の高齢化、高齢者人口の増加にあるとみています。つまり、がん以外の死亡原因が次々に克服された(その代表は結核、肺炎などの感染症や脳卒中です)ので、加齢と直結しているがんの相対的位置が大きくなったからです。がんに対する診断技術の進歩、向上は目覚しく、がんの見落とし率が低下したこともがんの増加に影響しています。一方で新たながん治療法の開発、進歩にもかかわらず、がん死亡総数が減少しないのは人口の高齢化によるからです。平たく言うと、昔は若いときに死に至る病気に罹っていたのが、死なずに済んで生き残って年寄りになり、がんで死ぬというパターンになったからに他なりません。

 たしかにがん死亡率の年次推移をみると、粗死亡率(年齢構成を考慮しない)は一貫して年次とともに上昇していますが、年齢別にみると、男性の75歳以上と女性の80歳以上の高齢層を除いては、いずれの年齢でもがん死亡率は横ばいないしは低下傾向にあります。ですから、各年次の人口構成を標準化(「1985年・モデル日本人口」によって)した、「年齢調整死亡率」(以前は訂正死亡率と呼んでいました)でみると、男性では1960年ごろから横ばいないしわずかな上昇傾向、女性では明らかな低下傾向を示しています。つまり各年次の人口の年齢構成を揃えて比較すると、わが国のがん死亡率は昭和30年代からそれほど増えてはいないということにもなります。

 このように年齢調整死亡率を使って死亡状況を見るというのが疫学者の得意とするところです。粗死亡率との違いが理解できると疫学も面白くなること請け合いです。

 さてこのようながん全体の動向の中で、問題の前立腺がん(男性にしかありません)がどのような位置にあるのかというのが今回のテーマです。

 まず公表されている最新の死亡統計から、主要部位別にみて、男性のがん死亡数の多いもの順に一覧表にしたのが次の表です(厚生労働省「平成15年人口動態統計」、厚生統計協会、平成17年刊)。

順位 死因 死亡数 全がんに対する割合(%)

年齢調整死亡率
  (対10万)

1960年との
比較
全がん 186,912 100.0 201.7 1.07
肺がん 41,634 22.3 44.2 3.25
胃がん 32,142 17.2 34.5 0.35
肝臓がん 23,376 12.5 25.5 1.31
大腸がん 21,026 11.2 22.8 2.40
膵臓がん 11,280  6.0 12.3 3.00
食道がん 9,397 5.0 10.3 2.32
前立腺がん 8,418  4.5 8.5 3.86
胆嚢がん 7,270 3.9 7.6  3.63

 ご覧のとおり、前立腺がんによって、2003年の1年間に約8400人が亡くなっていますが、がん全体の4.5%に過ぎません。大相撲で言えば、横綱、三役クラスではないのです。年齢調整死亡率で1960年当時と比較しますと、4倍近く死亡率が増加していますので、他のがんを圧倒する成長株の筆頭と言ってよいでしょう。

 大島明(大阪府立成人病センター・調査部長)を代表とする、がん疫学の専門家からなる厚生労働省の研究班の研究成果「がん・統計白書2004」(篠原出版新社、平成16年刊)によると、2020年における前立腺がん死亡は次のとおり予測されています。

 死亡数21062人、全がんに対する割合6.9%、年齢調整死亡率13.3(対10万)と、伸び率は断トツの1位で、2003年には7位だった順位は、食道がん、膵臓がんを抜き去り第5位に躍進しています。

 一方がん罹患率(1年間に新たに発生するがん発生率)の方は、世界に冠たるわが国の死亡統計(人口動態統計)ほど正確には把握できていません。こちらは一定の地域の全住民を対象にした「がん登録制度」がなければできません。先鞭をつけたのは大阪府立成人病センターで、現在では人口2450万人をカバーする12地区でがん登録事業が行われ、それらの協同研究によって、1998年における全国のがん罹患率が推計されています。

 それによると、男性の全がんの罹患数、290343人のうち、前立腺がんは15814人で、胃がん、肺がん、大腸がん、肝臓がんについで第5位でした。年齢調整罹患率も同じ5位です。死亡率7位と罹患率5位で順位が逆転しているのにお気付きでしょうが、前立腺がんがおとなしいがんで、死亡するまでの時間が長い、つまり予後良好ながんであることを物語っています。また主要ながんの中で前立腺がんの平均死亡年齢がもっとも高く、78.6歳(全がんでは71.0歳)となっていることとも符合しています。

 罹患率の将来予測では、2020年において、前立腺がんのそれは、肺がん、大腸がんに次ぐ第3位にまで上昇するのです。

 いかがでしょうか。推計とは言えがん疫学者による研究班の出した結論だけに、前立腺がん侮るべからずということがお分かりでしょう。

 つぎに、前立腺がん死亡率の国際比較も上記「白書」で行っていますのでご紹介しましょう。WHO加盟の30カ国について、1993〜97年における前立腺がんの年齢調整死亡率(標準人口は瀬木・ドールの世界人口)を計算していますが、上位5カ国、下位5カ国、それに中間の3カ国(カッコ内は人口10万人対の年齢調整死亡率)は、それぞれ次のとおりです。

上位 1.ノールウエー(23.9)2.スェーデン(21.7)3.スイス(20.1)4.デンマーク(19.9) 5.アイスランド(19.8)
下位 30.ホンコン(3.6) 29.日本(4.8) 28.シンガポール(5.4)
27.ブルガリア(8、8) 26.ギリシャ(9、3)
中間 16.英国(16.7) 17.ドイツ(16.7) 18.アメリカ(16.2)

 国別にみて最低と最高で、6.6倍もの大きい開きがあります。国内では急増中と申しましたが、世界的な視野で見ますと、日本は間違いなく最低国の一つと言うわけです。面白いと思うのは私だけではないはずです。また死亡率が高いのは北欧諸国、低いのは東南アジア、中間に欧米先進国が位置しているという傾向が読み取れないこともありませんが、いかがでしょうか。

 国際比較から、前立腺がん発症のリスク・ファクターを解き明かす手がかりも掴めそうですが、それについては次回のお楽しみといたしましょう。

<参考文献>

1 厚生労働省編:「平成15年人口動態統計・上巻」(厚生統計協会 平成17年)

2 大島明、他:「がん・統計白書 ― 罹患/死亡/予後 ― 2004」
  (篠原出版新社 平成16年)
 

                                           (2006年3月15日)

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