ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.60 国際的に通用する「血圧研究」
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 前回につづいて、血圧医者だった私の海外での研究発表の体験を綴ってみましょう。紛れもなく老人になったせいでしょうか、余り恥ずかしい思いもせずに昔の自慢話ができるようになったのかも知れません。

それはロンドンとワシントンでの学会のことです。ともに生命保険協会の死亡率調査委員会、通称MA委員会で収集したデータを検討した結果を纏めたものを発表したので、私個人の業績でないことは言うまでもないのですが、若気の至りとでも申しましょうか、生命保険大国になりつつあったわが国から世界へ発信できる貴重な研究成果だと信じての発表でした。

生命保険人なら誰しもご存知のはずですが、戦前の有名な「商工省経験生命表」について、その死因分析をなさったのは、われわれ保険医学の大先輩、高田他家雄先生でした。先生のことはいつか詳しくご紹介することにして、結論だけ申しますと、商工省経験生命表の脳溢血死亡率は、当時の国民あるいは簡易保険のそれと差がないことをまず明らかにしたうえで、その原因は、保険診査(当時は全件有診査契約でしたが)に血圧計が導入される以前の大正年間の資料が大半であったがために、血圧測定という有効な選択手段抜きの被保険者集団の死亡率だったことを指摘されます。そして、昭和に入ってすでに広く血圧計が使用されているので、今後将来は必ず脳溢血の死亡率が肺結核の死亡率同様に著しく減少するであろうという大胆な予言をされたのでした。この論文が発表されたのは昭和9年のことでした。

 戦後初めての生命保険会社20社の経験生命表、いわゆる全会社表作成の際の死因分析を行ったMA委員会では、同時期の年齢構成を揃えた国民の死因別死亡率と対比した死亡指数を使って、選択効果の観点から死因を次の3グループに分類することができました(昭和42年)。

@ 有診査、無診査ともに死亡指数の低い死因:結核、自殺、胃・十二指腸潰瘍の3死因は、狭い意味の医学的選択だけでなく、国民全体とは、職業、社会・経済階層の異なる集団であることの影響を受けているグループ。
A 有診査、無診査ともに、死亡指数の高い死因:悪性新生物、心臓麻痺、肝硬変、不慮の事故の4死因は、いずれも医学的選択の困難なグループ。
B 有診査と無診査の死亡指数の開きの大きい死因:中枢神経系の血管損傷、腎炎・ネフローゼ、心臓の疾患、肺炎・気管支炎の4死因は、明らかに診査効果の目立つグループ。

 さらに、それぞれの死因が全体の選択効果(100−対国民死亡指数)にどれだけ貢献しているかを表す「選択効果への死因別寄与度」という指標を提案して計算すると、有診査では、中枢神経系の血管損傷が圧倒的に大きいことを証明したのでした。つまり高田の予言が見事に的中していることを明らかにすることができました。それにしても何事であろうと、的確な現状認識から将来を見通して「予言」ができる人こそ尊敬すべき大人物であると何時も思っています。

戦後急成長を遂げたわが国の生命保険会社の経営にとって重要な、死亡差益造出に欠かせない選択手段としての血圧測定の意義を、いくら強調してもし過ぎることはないといってもよいでしょう。

 このような分析結果を論文にまとめ、1970(昭和45)年10月にロンドンで行われた第10回国際生命保険医学会議の席上、「日本のおける死因と危険選択について」と題するパンフレットにして配布したうえ、第一日目の最後に追加発言の形ではありましたが、口演発表することができました。私の海外での学会発表のデビューとなったのです。

 もう一つは、アメリカ建国200年祭 American Revolution Bicentennial の年に当る1976(昭和51)年の10月、首都ワシントンで開催されたアメリカ生保医長協会 ALIMDA(現在のアメリカ生命保険学会 AAIMの前身です。)の総会での発表です。

 前回と同様、生命保険協会・MA委員会の会社間共同調査の資料ですが、今回は標準体ではなくて、高血圧標準下体保険の死亡率調査の検討結果を纏めたものです。

 それほど目新しい研究とも言えませんが、長年、お手本にしてきたアメリカ生命保険業界での「体格・血圧研究」と比べても、日本での血圧研究が遜色のない水準まで追いついていることをアメリカの会員の皆さんに知ってもらいたいという気持ちが強かったと思います。

発表した「日本における高血圧と危険選択」と題する論文で強調した要点はつぎのとおりでした。

@ アメリカ人と異なり、日本人の死因構造が脳血管優位型であること、その発症のリスク・ファクターとして高血圧がトップに位置していること、したがって保険診査のおける血圧測定が危険選択にとってきわめて有効であること。
A  以前から拡張期血圧のみをリスク・ファクターとして重視してきた(一般に「上の血圧が高くても下の血圧は低いので大丈夫」という)考え方が誤りだったということ、つまり「収縮期血圧優位説」を提唱したこと。実は、フラミンガム・スタディの W カネルらも同様の主張をして日が浅かったので、彼らの説を全面的に裏付けることになったのです。
B 高血圧との複合欠陥の死亡率への影響を明らかにして、欠陥によっては複合しているからといって、付加評点をプラスすることは実際的ではない(その代表は肥満ですが)こと。

   

 いずれにせよ、国際的にみて高血圧欠陥を対象にした死亡率のコホート研究として、量的に最大規模の調査であるという強みを存分に発揮しての分析結果だっただけに、説得力のある発表になったと今も自負しています。きちんと、この学会の会報 Transactionsに、日本人としては最初の論文が掲載されています。    

   (Tr.Ass.Life Ins.Med.Dir.Am.,Vol.LX,1976)

 私の英語力をご存知の方なら、まあお前の英語がよく通じたものだと呆れる方もおられましょうが、やはり自己顕示欲が強いうえに若さと情熱のなせる業だったのでしょう。とにかくやり遂せて満場の拍手を浴びたことは間違いありません(思い出というのは、常に自分に好都合のことしか覚えていないものです)。

 そのおかげでしょうか、一時期アメリカ保険医学会のジャーナルの編集委員にも選ばれましたので、僅かながら日本保険医学会の国際化に貢献できたことを誇りにしております。また現在も、この学会の退職名誉会員 Emeritus Member に名を連ねております。

 白衣を着ない医者である私が、同時に血圧医者でもあったことが少しはご理解いただけたでしょうか。

 次回からは血圧のお話をしばらくお休みして、次のテーマに移ることにします。 

                                           (2006年1月18日)

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