ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.59 太った高血圧とやせた高血圧
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 明けましておめでとうございます。

 月2回のペースで連載中の「白衣を着ない医者のひとり言」も、おかげで3度目の正月を迎えました。今年も明和会ホームページ編集委員のお世話になりながら続けてまいりますので、よろしくお願いいたします。

 さて、お届けする今年最初の話題は、正月のことでもあり、血圧医者でもあった私自身の「血圧研究」にまつわる思い出をご披露することにいたしましょう。

 私は、昭和35年に社医として当時の明治生命に入社し、診査医、査定医の経験を積んでから、医事調査研究の仕事をやらせていただきました。私の社歴のなかではこの仕事をした期間がもっとも長くなりました。今でも当時の仲間と「明医調の会」を作ってときどきお目にかかっています。

 私の医事調査課時代 ― それは生保事業の高度成長期でもありました ― には、新契約時の危険選択に際して、いかに付保範囲を拡大するかが最大のテーマだったように思います。もちろん高血圧者の死亡率危険が高いことはよく分っていましたので、生命保険に加入することをお断りしなければならない、いわゆる再診・謝絶理由のトップは高血圧でした。そこで、これまでの危険評価の結果を反省すると同時に、付保範囲拡大に資する基礎調査の必要性を感じて、高血圧再診・謝絶体の予後調査に着手したのです。お手本にしたのは、戦前に生命保険会社協会が実施した会社間共同研究の「弱体保険資料調査報告書(昭和8年)」でした。このような欠陥別に死亡率を追跡する研究のことを「欠陥研究」Impairment Studyと呼んでいますが、私は保険医学の神髄はこれだと今でも信じています。今日では、コホート・スタディという名で一般に知られるようになった方法論です。

 調査対象は、昭和35、36年度に明治生命が高血圧を理由に再診・謝絶と決定した約1万人です。死亡率を算出するためには、これらの方々の生死を確認しなければなりません。当時は契約申込書に「本籍」欄がありましたので、会社から本籍地の市町村役所あてに戸籍抄本を請求したのです。該当者が見当たらなかったり、転籍先不明の場合には申込時の現住所・市町村役所に住民票抄本の送付を依頼しました。こうして生死が確認されたのは、総数9629件で、何と生死判明率は95.6%にも達しました。うち死亡件数は1100件でした。

 観察期間は、全件、診査後満5ヵ年間でした。また死亡者の死因については契約調査会社に依頼して、調査員による遺族からの聞き取り調査を行ったのです。

 恐らく、現在では申込書の本籍欄もなくなりましたし、あったとしても、保険会社がご本人の許可なく戸籍抄本、住民票抄本などを請求したら断られるに決まっています。わが国固有の本籍制度を利用したこのような生死の確認方法は全くの昔語りになってしまいました。

 調査結果は予想どおり、収縮期血圧も拡張期血圧も血圧の上昇とともに死亡率が右上がりに上昇することが確認されました。しかし、高血圧を理由に再診・謝絶された申込者全体では、標準体死亡率に対する死亡指数SMRは209で、標準体の約2倍高い死亡率にとどまっていたのでした。当時、標準下体(現在の条件体)販売に消極的だった明治生命にとって、その経営姿勢を積極的に転換させる反省材料になったことは言うまでもありません。

 血圧値以外の諸要因が死亡率に及ぼす影響も検討できたのですが、私にとってもっとも興味深かったことは、同じ血圧値の人でも肥満している人の方がやせた人よりも死亡率が良好だったという、意外な結果でした。

このときの肥満かやせかの判定は、保険会社で常用していた丹治指数(これは胸囲と腹囲の和から身長を引き算した値 cm=(胸囲+腹囲)−(身長)のことで、値がマイナスからプラスへ移るにつれて体格は横幅の小さいやせから大きい肥満になります)を使って、−16以下から+26以上までの6群に分類しています。

もともと肥満は高血圧発症の危険要因であると信じられていました。そこで当時、高血圧に肥満が合併していると、死亡率は高血圧単独の場合よりも死亡率は高いと思い込んで、より厳しい危険評価(数字査定法での付加評点)をするのが普通でしたから、最初は何か間違いをしたのではないかと思ったくらいです。これを昭和44年の保険医学会で発表しましたが、その後大型コンピュータを使った多変量解析の手法も導入して体格要因の検討を行って、間違いではないどころか、発症している高血圧者にとって肥満は死亡率を悪化させる要因ではないこと証明しました。幸い今日でも私のこの学説は覆らず、大方の研究者から支持されています。これを昭和47年の保険医学会と、その年札幌で開催された公衆衛生学会総会とで発表しました。

札幌の学会では新聞記者からの取材を受けて翌日の朝日新聞はかなり大きく取り上げてくれました。いわゆる常識のウソ的な研究結果は新聞記事になるということです。私の研究が新聞に掲載された初めての体験でした。

これに力を得て請求の手続きをしたのですが、高血圧の死亡率に影響する要因の一連の研究論文が学位審査をパスして医学博士の学位も取得することができました。さらに明治生命での経験を基にして、生命保険協会・死亡率調査委員会(通称MA委員会)の医務側幹事の一員として、戦後始めてで最後の「高度欠陥体死亡率調査」の調査に、計画の立案から完成まで働かせてもらいました。結構大きな予算を使った膨大な調査でしたが、若さと情熱があったからこそ出来たのだと感慨一入です。

話を元に戻しますと、血圧値というのは上腕にカフを巻いて測定する「間接測定」だということは、以前ご説明しました(No.47)。ですから上腕の筋肉が普通人より発達していたり、皮下脂肪が多く付いている、つまり腕周の大きい人ではカフの内圧を余計に上げないとコロトコフ音はキャッチできないはずで、見かけ上血圧は高くなります。したがって、カフの幅を通常の13cmよりも広くしたもの(相撲取りなど)とか、幼児用の幅の狭いものもあります。また、腕周による血圧値の補正表を用いて修正して評価することなども行われていました。したがって私の研究結果は、腕周を補正しないままの見かけ上の血圧値を基にしているので、肥満そのものの影響だけを純粋に観察したのではないという批判を受けても仕方がないのです。それでも高血圧の発症要因としての肥満と、出来上がった高血圧の死亡率に影響を与える肥満とが別のものかどうか、今もって未解決な問題だと思っております。

最近では、血圧値と腕周の関係を論じる研究はほとんど見かけなくなりました。それ以上に血圧値の日内変動幅の方がよほど大きく、より興味を引くテーマになっているのでしょうか、このような論文が幅を利かせているようです。

お正月のほろ酔い気分のせいか、老化のせいか、昔の自慢話をしてしまったようです。ご寛容のほどお願いします。

<参考文献>

塚本 宏ほか:高血圧再診・謝絶体の予後調査について ― とくに血圧値以外の諸要因の
        検討 ―  保険医学雑誌 Vol.67、168〜184、1969 

                                           (2006年1月4日)

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