ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.58 高血圧治療ガイドラインを読み解く(その8)「高齢者高血圧」の治療
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 今年も残りあと僅かとなりました。2005年は高齢・少子化が一段と進んで、遂にわが国が人口減少社会に転じる節目の年になりますので、「生めよ殖やせよ」の戦前に育った私たち年代にとって、「愛」より「哀」を感じた年になったかも知れません。

 さて、高血圧治療ガイドラインを解説してきたこのシリーズもお仕舞いは、「高齢者高血圧」を取り上げます。このテーマは、「JHS2004」でも若年・壮年者と同様に扱うことは妥当ではないとして、きちんと一章を設けています(第8章)。まず何歳をもって高齢者と言うかですが、ガイドラインでは生理機能の変化や合併症の頻度などを考慮して、高齢者は65歳以上の前期高齢、75歳以上の後期高齢、さらに85歳以上の超高齢に3分類しています。全般に高齢者に対しては、治療対象血圧にしても降圧の目標値にしても高めに設定するとか、時間をかけて慎重にとか、何となく歯切れのよくないのが印象的です。

 それもそのはず、もともとヒトは血管とともに老いるので、高齢になって血圧が高くなるのは自然の摂理であり、病気というよりは老化現象そのものだからです。フィンランドの疫学研究ですが、80歳を超えると最高血圧が180mmHg以上の群で生存率がもっとも良好だったという成績もあり、血圧が下がるということは、死に先立つ「老人性の活力喪失」の一つの兆候であるとこの研究の著者が結論しているくらいです。逆に言えば血圧が高いのは元気の証拠ということになります(近藤誠)。

また欧米でさえ高齢者を対象にした降圧剤の大規模臨床試験は少ない上、逆に治療を行った群の方が死亡率が高いという結果も出ているからです。さすがにガイドラインでも、85歳以上の超高齢者では高血圧は死亡のリスクにならず、治療効果についても死亡率を抑制していない(効果はない)、と率直に認めています。

 ここで、高齢者高血圧の特徴をみておきましょう。

@ 血圧が変動しやすい。(血圧の日内変動が顕著で、白衣高血圧はもとより夜間非降圧型や早朝高血圧が多い)
A 収縮期血圧のみが高くて、拡張期血圧はむしろ低下傾向にある。(このような高血圧を「収縮期高血圧」と呼んでいます)その結果、脈圧の開大(収縮期と拡張期の血圧の差が大きくなる)が著しくなる。
B いろいろな合併症を有していることが多い。
C クスリの副作用が起こりやすい。

 いかがですか、思い当たる節があるのではないでしょうか。このため高齢者高血圧の治療は、患者は言うまでもありませんが、臨床医にとっても一筋縄ではなく簡単ではないのです。

その一方、厚生労働省の患者調査(3年ごとのサンプリング調査で、最近のものは2002年10月に実施されています)によると、65歳以上の高齢者の高血圧による1日の推計受診者数は、男159.1万人、女286.7万人と、それぞれ全疾患中の17.8%、21.3%を占め第1位となっています。したがって高齢者高血圧の患者は開業医のドル箱的な存在となっているのですが、治療にあたっては十把一絡げに数をこなすのではなく、個々の患者に見合った慎重な配慮を要望しておきましょう。

このシリーズのはじめから繰り返していますが、乏しいエビデンスにもかかわらず、JHS2004ガイドラインの基本姿勢は、降圧剤治療に大変積極的です。しかしさすがにそれも、「80歳前半まで」としています。そこで、年齢別に降圧目標値を整理しますと次のとおりです。

若・中年(64歳以下): 130/85mmHg未満
前期高齢(65〜74歳): 140/90mmHg未満
後期高齢(75〜84歳)
   軽症(140〜159/90〜99mmHg): 140/90mmHg未満
   中等症・重症(160/100mmHg以上): 140/90mmHg未満を最終降圧目標とするが、150/90mmHg未満を暫定的降圧目標とする慎重な降圧が必要である
超高齢(85歳以上): 降圧剤治療の対象としない。

降圧剤の使い方についても次のとおり丁寧に記載しています。「高齢者高血圧では臓器血流障害、自動調節能力障害が存在するため、降圧のスピードには特に配慮が必要で、降圧は緩徐に行い、一般的に初期量は最小常用量の2分の1から開始し、めまい、立ちくらみなど脳虚血性兆候や狭心症状の有無に注意しつつ、4週間間隔以上で増量し、3〜6ヶ月以上をかけて降圧目標値に達するようにする。」

積極的治療をすすめるといっても、高齢者高血圧に対してはゆっくり時間をかけて徐々に血圧を下げることを基本にしています。高血圧患者全員が、ガイドラインのように慎重な降圧剤治療を受けておられるなら言うことはありません。すでに降圧剤治療を体験された方々はいかがだったでしょうか。

 一方このガイドライン批判の急先鋒である医薬ビジランスセンター・浜六郎理事長(すでにシリーズ(その4)でご紹介済み)は、わが国で行われたNIPPON研究やJATE研究を根拠にして、70歳超の高齢者では、降圧剤の副作用を考えると180/100mmHgまでは降圧剤は不要だと言い切っています。私のように150/90mmHg以上を高血圧と教育された者にとっては非常に大胆な、ちょっと乱暴な提言のようにさえ思われます。患者ご本人にとっては、降圧剤は飲むべきか飲まざるべきかまさにそれが問題ですし、すでに主治医から降圧剤は一生死ぬまで飲み続けるよう指導されている方々は困ってしまいます。

 私自身は高血圧者ではありません。そのせいか前回(その7)でも「非薬物療法」の勧めをご紹介しました。いま降圧剤を服用している高齢者は、まず、自分で家庭血圧計を使って血圧測定をしながら、降圧剤を徐々に減らしていくのが安全です。急に服用を止めると急激な血圧上昇が起こる危険があります。時間をかけて血圧を測定しながらクスリを減らし、血圧が上がる生活習慣の改善に努め、やがて完全に降圧剤の服用をなくすことが大切というわけです。

 服用してきた期間にもよりますが、大体数ヶ月をかけるつもりで、長く使っている場合はそれだけ長く半年以上にわたって、ゆっくりとやめるのが大事です。高齢者は始めるのも徐々にでしたが、離脱にも時間をかける必要があります。クスリの減らし方は服用量、回数から始まり、多剤服用の場合が多いので種類の減らし方も重要で、親身に相談にのっていただける主治医でなくてはなりません。

 しかし、長年の主治医に簡単に相談し難いというケースもありますが、嘘も方便で、高齢者ですから「神様のお告げ」があったのでという話法を使うことすらあると聞いたことがあります。

 いずれにせよ、誰しもクスリは使わないにこしたことはないと思っていますし、医者任せの薬頼みから離脱することを願っているはずです。自分のからだは自分に聞けという考え方に徹し、毎日の体調、自覚症状をしっかりキャッチして、無理や我慢をしない日常生活がお勧めということになります。どんな病気についても同じですが、患者の自己決定権の重要性はいくら強調してもし過ぎることはないでしょう。

 師走寒波のために列島中が冷蔵庫状態という年の瀬です。高血圧予防のためにも何より暖かくして良いお年をお迎えください。

                                           (2005年12月21日)

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