ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.54 高血圧治療ガイドラインを読み解く(その4)「薬で下げるな!」は本当ですか?
Google検索にキーワードを入力すると関連するページを見ることができます。
Google
WWW を検索 ドクター塚本ページを検索
 
 日本人の薬好きは有名です。たしかに私たちは薬が生命の危機に際して威力を発揮することを度々体験しています。肺炎や結核に抗生物質、T型糖尿病にはインスリン、末期がんの疼痛にはモルヒネ等々、大変よく効く薬は枚挙にいとまがなく、一般人にとっても常識になっています。古くから医者は「薬師(くすし)」と呼ばれ多くの生命を救ってきましたし、薬なしに医療が成り立たないことは言うまでもありません。

 いっぽう抗生物質に対する耐性菌とか、ステロイド剤の副作用、悪徳漢方薬など、「薬害」の話題も後を絶ちません。まさに毒にも薬にもなるのですから、患者の立場からは、必要な時にだけ、本当に有効な薬を安全に使って欲しいと願わずにはおれません。

残念ながらわが国には、薬好きに付け込んで、有効性がはっきりしないまま画期的な新薬を装って高い薬を無駄に処方している例も少なくありません。それどころか、健康な人を病人扱いして薬を使わせている人も世間には大勢いるのです。

 このような風潮に真っ向から反対して、医学校卒業(1969年)後、薬害のない医療、良い薬の普及という「当たり前」の医療に一貫して取り組んできた医者がいます。浜六郎先生その人です。彼はもともと病院勤務の内科医でしたが、1997年に病院を辞めて「医薬ビジランスセンター」を設立し、製薬企業からの資金援助を一切受けないで、薬の良悪を見極めるための医薬品情報の普及に専念してこられました。2000年4月には大阪府から特定非営利活動法人(NPO)に認証され、今では白衣を着ない医者となった彼が理事長として活躍中です。

 このNPOの主な活動は、一般市民向け「薬のチェックは命のチェック」誌(季刊)−実は私も定期購読者のひとりです−と、医師薬剤師向け「TIP」誌(月刊)の編集発行、「オーストラリア治療ガイドライン」の翻訳発行、2年に一度の広く市民を対象にした「医薬ビジランスセミナー」の開催などです。

 さて先月(2005年9月)出版されたばかりの浜理事長の新著、「高血圧は薬で下げるな!」(角川Oneテーマ21、角川書店)には、「薬で下げる危険」の証拠データがいくつもあげられています。この本から日本人を対象にした次の2つの研究をご紹介してみましょう。


 1)JATE研究

 日本では、プラシーボを対照とした大規模ランダム化比較試験が極めて少ないことは前にもお話しました。しかしこの研究は、1992年から当時の厚生省保健局が準備し、その後循環器病研究振興財団が中心になって、70歳以上の高齢の高血圧者を対象にした本格的な長期臨床試験です。しかも製薬会社の主導ではなく、研究者中心の画期的な調査だったのですが、大変残念なことに1998年には中断されてしまったのです。

 その原因はいかにも日本的なのですが、「プラシーボ使用を患者に説明できない」という臨床現場の医師が多かったこと、一部マスコミが「上が160〜180もある高血圧患者にプラシーボを使うのは、非倫理的だ」とする批判記事を書いたことが影響したのだとも言います。

 研究としては未完に終わっているのですが、興味深い結果が公表されました。

 重篤な合併症のない70〜85歳の高血圧者(上が160〜180、下が90〜100の)、男女329人を無作為に2群に分けて、一方の群に150/90未満になるようカルシウム拮抗剤(「JHS2004」でも推奨されている降圧剤です)を使用しました。もう一方の群にはプラシーボを使用して、両群の経過が比較観察されました。いずれの群にも減塩、節酒、軽い運動、肥満者には減量などの指導が実施されました。

 結果はというと、両群の間で、死亡率にも心臓病や脳卒中など合併症の発症率にも、有意差は認められませんでした。さらに驚くべきことに、がんの発生率や循環器以外の病気全体の発症率は、降圧剤使用群の方が高かったというのです。

 これ以上臨床試験を続けていたら、研究者や製薬会社の期待を裏切って降圧剤の副作用の危険がより明瞭になることを恐れて試験を中止したのではと、勘ぐる向きも出たほどです。


 2)NIPPON研究

 これは上島弘嗣・滋賀医科大学教授らが行った調査です。1980年に国民栄養調査の対象となった、30歳以上の男女約1万人を14年間追跡調査したものです。国民栄養調査の時点で降圧剤使用についての聞き取り調査をしているので、降圧剤の有無別の経過観察が可能になります。またこの調査の特徴として、死亡率の観察だけではなしに、他人の助けを借りずに身の回りのことができるかどうかという、「自立者」の割合も調査されています。

 調査結果は、スタート時点における最大血圧値別に、降圧剤使用の有無別に、14年後の自立度(自立者の割合)をみると、血圧値が高くなるにつれて自立度は下がって行くのは予想通りでした。しかし、何と降圧剤使用者の方が自立度は低くなっていました。もう少し詳しくみると、例えば、降圧剤なしの最大血圧160〜170の人の方が、降圧剤を使って140から159、さらに120から139になっている人よりも自立度が高いという結果です。最小血圧別ではもっと顕著に降圧剤使用者群の自立度が低かったのです。実は、上島教授のオリジナルの報告書にこのとおり書かれていたのではなく、浜理事長が原資料にある対象者全体の数字から、降圧剤非服用者の数字を引き算して再計算した結果の新発見だったので、彼も驚いたと率直に言っています。

 また年齢別に見ても、同じように降圧剤使用者の方が自立度は低いという結果になりました。

 この研究が降圧剤そのものの比較臨床試験でないことはもとより、聞き取り調査ですから、降圧剤の種類も特定されていません。しかし1980年当時、主流の降圧剤(実は現在もそうです)であったカルシウム拮抗剤が多く使用されていたと考えてもよいでしょう。

 降圧剤は単に数値合わせで服用するのであってはなりません。高齢社会をいかに自立しながら長寿をまっとうするかが大切なはずです。もともと高齢者にとって全身に栄養を行き渡らせるために、血圧はある程度高めになることの方が自然なのです。それを無理に薬で下げることで、細胞の隅々にまで栄養が供給できないと、自立度が低下につながると説明されます。浜理事長が経験している、囲碁の先が読めなくなったとか、オペラ歌手の声の張りがなくなったという降圧剤服用の症例は、まさに血圧を下げたがために脳の酸素不足、栄養不足で働きが鈍ったからだと考えられます。

長期にこうした状態が続くと、脳の機能が衰えて、認知障害(痴呆)の増加になりかねないという心配もあります。

 以上2つの研究は、例外的、特異的なものではなく、その他にも磯博康・筑波大学教授(当時、現・大阪大学教授)らによる茨城県の死亡率の調査でも同様の結果が出ていて、降圧剤を使用して血圧を下げると、がん死亡率や総死亡率が増加することが明らかになっています。

 いずれにせよ、良かれと思って介入、つまり積極的な降圧剤治療をしたことが逆に命を縮めることになるとは皮肉な結果です。要するにこれは過干渉であり、おせっかいの焼きすぎということになります。浜理事長の結論は、自然に任せておいた方が反って自立したまま長生きできるということです。しかも日本のデータだけでなく、外国のデータ(ここでは省略しましたが)でも同じ結果が出ているとは興味深いと言ってよいでしょう。

 まだまだ少数派ではありますが、安易な降圧剤の服用に警報を鳴らしている浜理事長の主張には傾聴に値するものがあります。

それにしても、高血圧治療ガイドライン(JHS2004)作成委員会の専門家の先生方が、このようなデータを無視なさるのは何故でしょうか、疑問が残ったままです。

 次回は、いち早くこの問題を取り上げられた近藤誠先生のお考えをご披露することにしましょう。

                                           (2005年10月19日)

ドクター塚本への連絡はここをクリックください。