ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.52 高血圧治療ガイドラインを読み解く(その2)家庭血圧と早朝高血圧
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 先日医学校の同期会(昭和32年卒)に出かけて来ました。私のクラスメートにはもともと勤務医が多かったので、今も現役として活動中の内科開業医はごく少数派になっています。

 その一人に、患者さんのなかに「早朝高血圧」の方がおられるかどうか尋ねてみました。JHS2004のガイドラインに記載されていることは知っていますが、自分の患者にそんな人はおられません。自宅に家庭用血圧計を持っている人はいても、それほど熱心に測定しているとは思えませんので、実際に早朝高血圧患者がどれだけいるか分らない、というのが彼の正直な答えでした。

 たしかに「ガイドライン」は日常診療に忙殺されている開業医にとって、最新の医学情報を手っ取り早く教えてくれるし、何より権威づけされているので便利です、とも言っていました。

 さて、今回のガイドラインで目玉の一つになっているのが「家庭血圧」です。首都圏でのある調査によると(FAX DATA SERVICE)、電子式血圧計の普及率は、33.2%で、体脂肪体重計の35.4%とほぼ肩を並べています。健康機器メーカーとしては年間12万台もの売れ行きですから、これからも有望市場であることに違いありません。

皆さんも先刻ご存知の白衣高血圧も、家庭内で自己血圧測定ができるようになったおかげで有名になったのです。小心者で病院・診療所で医師の前へ行くと緊張するとか、待合室でのイライラや自分の病気に対する不安から血圧が上昇するのだとする説が有力ですが、意外に高齢者に白衣高血圧が多いとも言われています。

 ガイドラインでは、「医療環境(外来等)で測定した血圧が常に高血圧で、非医療環境下で測定した血圧(家庭血圧)は常に正常である状態」を白衣高血圧としています(未治療者における定義)。また治療中の患者でも、医療機関で測定した血圧の方が家庭のそれよりも高いことがよく認められますが、これを「白衣現象」と呼んでいます。

 そして注目すべきは、ガイドラインでも白衣高血圧が有害か無害かまだ確定していないと言っていることです。ということは降圧剤の積極的な治療対象にはなり得ないはずです。

 これとは逆に診療所血圧は正常で、非医療環境での血圧値が高血圧状態にある「逆白衣高血圧」というのもあります。診療所では遮蔽(マスク)されている高血圧という意味で「仮面高血圧」とも呼ばれています。

 電子医療機器の進歩によって、カフ・オシロメトリック法による精度の優れた自動血圧計も開発されました。原理的には前にお話したコロトコフ音をマイクロフォンでキャッチする血圧計と同じと言えます。音の代わりに血管の拍動と同調して振動するカフ内圧の振幅の変化をキャッチして血圧を決定しています。さらにこれを使って、24時間自由行動下血圧測定(「ABPM」 Ambulatory  Blood Pressure Monitoring)も可能となりました。24時間といっても間接測定ですから連続的ではなく、例えば日中は30分ごとに、また就寝中は60分ごとに測定するのです。また自由行動といっても実際の測定中は安静にして、測定する上腕の位置は心臓と同じ高さでなければなりません。

 ABPMによって、昼間の活動中、夜間睡眠中、早朝など血圧値の日内変動のパターンを捉えることができるようになり、血圧値の情報は一挙に増えることになりました。

 従来睡眠中は血圧値が下降すると信じられていたのですが、実はそれほど単純ではなく、夜間に下降しない例や逆に夜間上昇する例が、降圧剤治療者でしばしば認められるようになりました。被検者にとってはなかなか厄介な検査のはずですが、やはり診断学の進歩であることには間違いありません。

 もちろん、「早朝高血圧」という新たな病態が明らかになったのも家庭血圧計やABPMのおかげです。起床後早朝の血圧が特異的に高い状態をいうのですが、数値としては、朝の家庭血圧が135/85mmHg以上の場合、早朝高血圧と言います。もっとも特異的というからには夜の家庭血圧に比べて朝の方が高いという状況でなければなりません。

 さらにこの早朝高血圧にも2つのタイプがあります。@ 目覚める前後に血圧が急上昇するモーニング・サージ、A 夜間血圧が下がらないまま朝になってなだらかに上昇する持続型、の2つです。以前から分っていた午前の時間帯に頻発する脳血管疾患や虚血性心臓病の発作のことがこの現象で説明できるとも言います。

 前回のガイドライン(JHS2000)のときから、家庭血圧による高血圧を135/80mmHg以上と定めましたが、その根拠となったのは、家庭血圧を用いた世界で唯一の前向き観察研究といわれる「大迫(おおはさま)研究」です。この研究において総死亡率のもっとも低い点から総体危険比が10%上昇する点を高血圧と決めると、その点が137/84mmHgになると示されたことです(東北大学・今井潤教授らのグループによる)。今回のJHS2004でもこの研究結果を尊重して、国際的な基準との共通性をも考慮しながら、135/85mmHg以上を高血圧とし、125/80mmHg未満を正常血圧の基準として採用されています。

 このようにABPMを含めて家庭血圧計の普及に伴い、つぎつぎと新たな事実が明らかになり、いろんなタイプの高血圧が定義されるようになりましたので、専門家ではない一般の人たちは戸惑ってしまいます。

 すでに主治医をお持ちで治療中の方はしばらく置くとして、一度でも高血圧だと医者から指摘されながらいまだ未治療の方々はどのように対処すればよいでしょうか。治療医ではない「白衣を着ない医者」からのヒントは次のとおりです。

1. 白衣高血圧というのは、家庭血圧が正常ということです。したがって、例えば心電図に異常がない、糖尿病ではないなど他に危険因子が見つからない場合には治療の必要はありません。
2. 逆白衣高血圧については、血圧の生理的な日内変動のためと考えられますので、生活習慣の修正に努力するだけでよいでしょう。
3. 早朝高血圧は、降圧剤治療中の人にとっては、薬効の持続性など主治医への情報提供として意義があります。しかし正常血圧や軽症高血圧の人にとっては、眠りの覚めきらない起床直後にわざわざ血圧測定をすることの方がストレスになりますのでお勧めしません。
4. 家庭血圧が135〜139/85〜89mmHgという境界域の人はもちろん放置してよいとは言いませんが、生活習慣の修正期間をガイドラインにある「3か月」などという短期間後ではなく、年単位に続けてからはじめて降圧剤の導入を検討するのでよいと思います。

要するに生活習慣の修正を第一義として、降圧剤の使用についてはあくまで慎重にという考え方です。ここでガイドラインに上げられている生活習慣の修正項目は、前回も少し触れましたが、@ 食塩制限、A 野菜・果物の積極的摂取、B 適正体重の維持、C 運動療法、D アルコールの制限、および E 禁煙の6項目で、いずれも皆さんがよくご存知のものです。

若いときから「予防は治療に勝る」を信条にしていて、いまだ高血圧に悩まされていない「独り言」子の申し上げるヒントですから、何方にもお役に立つかどうかよく吟味いただければ幸いです。

参考文献

 1)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会編集
  「高血圧治療ガイドライン2004」 ライフサイエンス出版 2004年12月

2)道場信孝「高血圧を知る よく生きるための知恵と選択」NHK出版協会2002年2月

                                           (2005年9月21日)

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