ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.51 高血圧治療ガイドラインを読み解く(その1)
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 「白衣を着ない医者」の私が治療のことをお話しするのにはワケがあります。
 前回、日本人の血圧水準は長期にわたって低下し続けているという疫学研究のお話をしました。その原因については一筋縄ではなくて、単純で明快な説明ができないままだとも言いました。ところが、第一線の地域医療を担当している一般臨床医(ふつうの開業医のことです)が、日常診療で治療対象にしている高血圧患者の方も減少しているのでしょうか。この疑問を解く鍵が「高血圧治療ガイドライン2004」にあります。

もともと1990年に当時の厚生省/日本医師会が作成した「高血圧診療のてびき」がありましたが、専門学会である日本高血圧学会(JHS)が、10年後の2000年に新たに「高血圧治療ガイドライン」(略称「JHS2000」)を作成しました。さらにこれを現職の錚々たる大学教授17名で構成される「ガイドライン作成委員会」(委員長・猿田享男慶応義塾大学内科教授)を立ち上げて、文字通り学会の総力を挙げて、日本における現時点での標準的な治療指針として4年ぶりに改訂したのが専門学会である日本高血圧学会(JHS)が、10年後の2000年に新たに「高血圧治療ガイドライン」(略称「JHS2000」)を作成しました。さらにこれを現職の錚々たる大学教授17名で構成される「ガイドライン作成委員会」(委員長・猿田享男慶応義塾大学内科教授)を立ち上げて、文字通り学会の総力を挙げて、日本における現時点での標準的な治療指針として4年ぶりに改訂したのが「高血圧治療ガイドライン2004」(「JHS2004」)です。

猿田委員長は、このガイドライン作成にあたっての留意点として次の4点を上げています  (序文)。
  @      日本人特有の心血管病にも重点をおくこと
  A      日本人に適した非薬物療法および降圧療法を考慮すること
  B      血圧の日内変動を十分に考慮し、家庭血圧の応用にも配慮して治療すること
  C      治療が長期にわたることから医療経済にも配慮したこと

 そのために日本人を対象にした高血圧関連論文をできるだけ参考にしたと言います。たしかに「JHS2004」の巻末に掲載されている参考学術論文は、実に509編にも及んでいるのです。

 日常診療の質や客観性の向上のために、「科学的根拠に基づく医療EBM」が重要なことは言うまでもありません。その実践のためにガイドラインが必要なのですから、委員長のお考えには医療側も患者側も諸手を挙げて賛成であることに違いないのですが、実際には高血圧学会の藤田敏郎理事長も率直に述べているように、もっとも大事な降圧剤の治療効果についての「大規模臨床試験」はわが国ではいまだ少なく、主として欧米で実施された試験結果に頼らざるを得ないことが大きな弱点となっていることをはじめに指摘しておきます。

 それでは「JHS2004」の特徴や改訂ポイントを概観することにしましょう。と言っても全部でA4版131ページからなる専門的原著を僅かな字数で要約することに無理があるのですが、原著の各章ごとに「まとめ」が記載されていますので、それを参照しながらお話をすすめることにします。

 まずJHS2004では、血圧値の分類について、血圧値そのものが連続性分布を示すことから、高血圧の定義は「人為的」なものであることを認めたうえで、ガイドラインの改訂のたびに定義と分類が異なるようでは臨床現場に無用の混乱を招く恐れがあるとして、JHS2000の定義と分類を変更することなくそのまま踏襲しています(次表ご参照)。


成人における血圧の分類
分類 収縮期血圧 拡張期血圧
至適血圧 120 かつ 80
正常血圧 130 かつ 85
正常高値血圧 130139 または 8589
軽症高血圧 140159 または 9099
中等症高血圧 160179 または 100109
重症高血圧 180 または 110
収縮期高血圧 140 かつ 90


 また高血圧患者の予後評価のためのリスクの層別化についても、血圧以外の危険因子(喫煙、高コレステロール血症などの脂質代謝異常、肥満、尿中微量アルブミン、高齢、若年発症の心血管病の家族歴など)、高血圧性臓器障害や心血管病の有無を評価したうえで、次の3群に層別化しているのは前回とほぼ同様です。


         高血圧患者のリスクの層別化

軽症高血圧
140159/9099mmHg

中等症高血圧
160179/100109mmHg

重症高血圧
(≧180/110mmHg

危険因子あり

低リスク

中等リスク

高リスク

糖尿病以外の1〜2個の危険因子あり

中等リスク

中等リスク

高リスク

糖尿病、臓器障害、心血管病、3個以上の危険因子のいずれかがある

高リスク

高リスク

高リスク



 では改訂された主なポイントを次の4点に絞って解説します。

1)  治療目標はより厳重な血圧降下

 上表に掲げた高リスク群は直ちに降圧剤治療に入ることは当然ですが、このような患者は絶対数が少なくなっていますので、もっと大勢おられるはずのより軽症の方々への治療計画をより厳重にしたのです。

 初診時に正常高値血圧(1301398589mmHg)でも糖尿病や腎疾患がある場合には適応となる降圧剤の投与が推奨されます。
 生活習慣の修正を指導して観察する期間(降圧剤を投与せずに)が、いずれも短縮されました。
@  低リスク群:3か月後に140/90mmHg以上なら降圧剤の投与を開始する(←6か月後)
A  中等度リスク群:1か月後に140/90mmHg以上なら降圧剤の投与を開始する(←3か月後)

2)  24時間にわたる降圧の重要性を強調

 外来では発見が難しい「逆白衣高血圧(仮面高血圧)」と「早朝高血圧」は、脳心血管イベントを発症させるリスクが高いことが明らかになり、24時間にわたる降圧の重要性が強調されました。そのために長時間作用薬や、朝と就寝前の分割服用、アルファー遮断薬、交感神経抑制剤の使用が推奨されています。

3)  生活習慣修正の重要性を強調

 生活習慣の修正項目のうち、食塩制限が6g/日未満(←7/日以下)と制限がより強化されました。また修正項目として野菜・果物の積極的摂取を追加、適正体重の算出方法の変更など、生活習慣の重要性が強調されました。

4) 降圧剤の選択と併用療法

 合併症がない場合の第一次薬として処方する「主要降圧剤」を、Ca拮抗薬、アンジオテンシンU受容体拮抗薬(ARB)、ACE阻害剤、利尿薬、ベータ遮断薬、アルファー遮断薬の6剤とし、患者の病態にもっとも適した薬剤を選択することは変更しなかったが、より厳重な降圧を達成するために、Ca拮抗薬、レニン・アンジオテンシン系抑制薬(ARB、ACE阻害剤)などを中心とする併用療法が推奨されました。また利尿薬を含まない2剤の併用で降圧が不十分な場合には、利尿薬を追加することが明記されました。

 もうお分かり頂けたと思いますが、日本人全体としては血圧水準の低下傾向がつづいている現在、高血圧治療の必要な対象患者数を何とか現状維持させようと、専門学会が努力して作成したガイドラインが「JHS2004」ではないかと勘ぐられても仕方がない節もあるのです。

一方他人事ではなく、すでに高血圧と診断されて、かかりつけ医をお持ちで長年にわたり降圧剤の治療を経験なさっている方にとって、大変感心の高いガイドラインではないかとも思います。まずはご自分の血圧分類やリスクの程度がどれに属しているかをお確かめください。

しかし下手な解説で誤解を招いては申し訳ないことになります。幸いこのHPをご覧頂いている方々は、ネット検索によって全文は無理でも、容易に「高血圧治療ガイドライン2004」の概要を読むことが可能です。またご自分が処方されている降圧剤の中味についての知識も得られるはずです。これまでの良好な医師・患者関係を維持しながら、「賢い患者」になるためにも、ぜひネット検索してご一読されることをお勧めします。

参考文献

  日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会編集
  「高血圧治療ガイドライン2004」 ライフサイエンス出版 2004年12月


   週刊医学界新聞 第2611号 2004年11月29日

                                           (2005年9月7日)

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