ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.5 誰でも知っている「食塩学説」
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 食卓の漬物に醤油、トンカツにソースをかけないまま美味しく食べるようになってもう20年にもなるような気がしています。

 わが家の味噌汁も随分薄口になっているし、煮物も薄味で、総じて食卓に並ぶ家庭料理は塩味控えめの食生活が続いています。すでに意識しないで生活習慣病対策を実践していると言ってよいでしょう。

 いまや高血圧に食塩が悪いのは世間の常識になっています。現に読者のなかにも高血圧だったが、降圧剤に頼らず「非薬物療法」だけで正常血圧を取り戻した経験者もおられ、その中味は減塩食、運動、減量だったはずです。

 もちろん、減塩が効を奏さない「ナトリウム非感受性」高血圧も存在していて話は単純ではありません。「本態性」高血圧と呼ばれているのは、どうして高血圧が発症するのかいまだにそのメカニズムが全て解明されていないからです。因みに、「本態性」、「特発性」、「原発性」というのは、原因がはっきり分かっていないということの、ずるい衒学的な医学用語だということも先刻ご承知のとおりです。

このような常識が定着して、今日では健康問題にとって食塩が翳んでしまった感すらします。それまでに随分と長い時間がかかっていますが、そのために努力を重ねられた先人の功績を無にしてはなりません。

食塩といえば、この人を抜きに語れない(国際的にも塩の先生で通っています)のが、佐々木直亮・弘前大学名誉教授です。先生は大正10(1921)年生まれの東京都出身で、慶応義塾大学卒業と同時に海軍軍医になられた後、母校の講師を経て1954年に弘前大学・助教授、2年後から教授に就任され、定年退職されるまでの約30年間、同大学の衛生学講座を担当されました。

佐々木先生は、弘前大学に着任当時、東北地方には若い年代層から脳血管疾患(脳出血、脳梗塞等です)が多発していて、その原因や対策が不明だったことに着目されて、これに生涯をかけての研究テーマとして取り組まれました。その優れた研究業績と地域における保健活動推進への貢献により、毎日学術奨励賞、保健文化賞(厚生大臣賞)はじめ数々の賞を授与されました。まさに脳卒中・高血圧予防の権威のお一人です。

生命保険会社の血圧研究をいち早く評価された先生は、1981年の保険医学会総会で、ご自身の研究の集大成ともいうべき「日本人の高血圧−疫学の成果と展望‐」と題する特別講演をされ、われわれ会員に大きな感銘を与えてくださいました。

主題の高血圧発症のリスクとしての「食塩(過剰摂取)説」ですが、1950年代までは、循環器病研究で有名な米国のフレミンガム スタディをはじめこれに否定的な学説が主流でした。たとえば1959年の日本医学会総会における生理学者福田篤郎教授の発表を朝日新聞は「高血圧と塩は無関係」と報じたくらいですから。

何しろ、百科事典にも食塩の一日あたり「最低必要量」は15gと堂々と記載されていたそうですし、家畜の牛や馬にも食塩を与えるのは必須のことと考えられていた時代のことです。

いっぽう、先生は東北住民の食生活の調査から一日に30g以上の食塩を摂っている人はかなりいること、この地方の味噌汁1杯にさえ2、3gの塩が入っていることを明らかにされました。

地域の人々の生活に根ざして健康問題を捉える衛生学者の眼から「地球疫学的」立場で、世界各地の人口集団において、加齢にともなう血圧水準と血圧分布と、日常摂取している食塩(場合によってはNa/K比)との関連を見事に証明して、1970年の世界心臓会議(ロンドン)で発表され、ようやく国際的に注目されるようになったのです(その一端を保険医学会の特別講演で拝聴したのをついこの間のことのように思い出します)。

電気冷蔵庫が各家庭に普及し始めたのと期を一にして、保存用、貯蔵用の塩漬け食品が急速に減少したのがちょうどこの頃ではなかったでしょうか。

学問的に厳密な研究成果を発表するためには、血圧値や食塩摂取量の客観的な測定方法はもちろん、信頼性の高い十分な対象件数を得ること等、クリアすべき要件は沢山あり大変なことは言うまでもありません。ここでは冗長になることを避けたいし詳細に語る必要もないので割愛します。

また、先生は、研究テーマを「血圧論」から発展して「食塩文化論」にまで手を染めて、「Civilization is Saltization」というお考えに達しておられます。

 サラリーの語源である塩が貴重品であったこと、食塩を知らない文化もあること(1975年のオリバーらの発表したヤノマモ インディアン)等興味深い研究は留まるところがありません。先年、「食塩と健康」(第一出版)という著書も出しておられます。

「食塩説」発表の当初、「味噌を攻撃してもらっては困ります」と飛び込んで来た味噌製造業者もいまでは、先生のアドバイスを求めてくるようになったと笑っておられますが、まさに「病は世につれ、世は病につれ」を実感せざるを得ません。

 さいごに、1999年に栄養審議会が公表した「第6次改定日本人の栄養所要量」には、「食塩摂取量は高血圧予防の観点から150mg/s/日、15歳以上では10g/日 未満とする。」と記載されており、厚生労働省が音頭をとって推進している21世紀における国民健康づくり運動「健康日本21」の2010年の食塩摂取量の減少目標値も10g未満に設定されています。

 厚生労働省が毎年実施している「国民栄養調査」(2001年)の全国平均の食塩摂取量は、11.5g/日となっていて、4半世紀前の1975年が13.5g/日 だったのですでに15%は減少してきており、目標値に近づきつつあると言えます。冒頭に述べました私の食生活では、キチンとした栄養調査・検査はしていませんが、まず文句なく目標値をクリアしているのではないかと自画自賛しています。さて、皆さんはいかがでしょうか。

                                              (2003年10月3日)

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