ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.48 血圧の仕組み、あれこれ
Google検索にキーワードを入力すると関連するページを見ることができます。
Google
WWW を検索 ドクター塚本ページを検索
 
 前回は、100年前に発見された「コロトコフ音」のおかげで血圧測定が日常的に家庭でも行われるほど広く普及したことをお話しました。白衣を着ない医者である私は、長年、生命保険会社で診査医、査定医として、また医事調査研究に従事したことを通じて、血圧とは因縁浅からぬ仲になって、いわゆる「血圧医者」の体験をしてきました。しばらくは血圧とお付き合いいただくことにしましょう。 

 狭義の血圧は、動脈内を流れる動脈血の圧力のことです。血圧というのは、水道の蛇口にゴム・ホースをつないで庭に水を撒くことを考えていただくと理解が早いと思います。蛇口のコックを大きく捻ると水流は強くなりますが、ホースを長く延ばしたり、あるいは高い位置に持ち上げると、それだけ水の勢いは下がります。そのときホースの先端を指で押さえつけますと、勢いは増して水を遠くまで飛ばすことができます。つまり蛇口のコックは心臓のポンプ力(心拍出量)に譬えられますし、またホースの先は末梢の血管抵抗と同じと考えればよいのです。

 つまり血圧値は、心臓から動脈へ送り出される血液量と末梢血管抵抗(動脈の収縮とほぼ同じ)の積(血圧=心拍出量×末梢血管抵抗)として計算されます。したがって、末梢血管抵抗(ホースをつまむ力)の増大、心拍出量(水道の蛇口を開く)の増大、あるいは両方とも増大することによって、血圧上昇が生じるわけです。

 ここまでは血圧についてのどのテキストにも書いてあるまさに常識です。しかし何故血圧が上昇して高血圧になるのか、そのメカニズムは簡単ではありません。現在では使用されている降圧剤の種類が大変多くて、しかもそれら多剤の組合せとなるとそれぞれの服用量、回数など複雑な処方とならざるを得ません。皆さんのなかにもすでに経験済みのことかも知れません。 つまり原因がキチンと特定できないので、もっともらしく「本態性」高血圧と名づけたり、複雑に絡み合っている血圧調節の諸要因(自律神経系の交感神経や、血管内作動物質のカテコールアミン、レニン・アンジオテンシン系などが有名です)についての「モザイク学説」が何十年も幅を利かしているままだといってもよいでしょう。短絡的に申すなら、降圧剤の新薬が次々と開発されて市場に出回るということそれ自体、本当の原因治療ではなく対症療法に過ぎないということは十分知っておいてよいことでしょう。

 もちろん「ひとり言」子には、このメカニズムの学説を詳細に解説するだけの専門性を持ち合わせていないことも正直に告白して先にすすむことにします。

 さて健康な成人では、心臓の1回あたりの拍出量が約70ミリリットル(cc)、心拍数は1分間に70回ですから、1分間に心臓から送り出される血液量はほぼ5リットルと言うことになります。大動脈を経由して全身へ送られる血液の分配はおおよそですが、その割合が、脳へ15%、冠動脈を経て心筋へは5%、腎臓へ20%、肝臓へ20%、そして筋肉や皮膚へ20%となっています。やはり生命活動にとって重要な臓器には、その重量に比べてずっとたくさんの血液供給が行われています。

 なかでも、脳のことを同じ哺乳動物のキリンを例に見てみましょう。何といってもキリンの特徴はその長い首です。成獣のオスでは、その長さは2〜2.5メートル(地上からの全体の高さは4.5〜5.5メートル)もあります。それでも頚椎はヒトと同じ個数の7個から構成されていて哺乳類の例外ではありません。キリンの場合首が長いことは他の動物が届かない高いところの木の葉を食べることができますし、天敵の監視や発見にも役に立って便利です。

 しかしその代わり、この長い首のためにいろいろな身体適応が必要になります。その代表が実は血圧なのです。長い首の先にある脳まで血液を送り込むためには、当然高い血圧が必要です。首の位置で測定しますと(といってもキリンの首に血圧カフを巻いてコロトコフ音を聴診することはできませんので、頚動脈内の血圧を直接測定するしかないことは言うまでもありませんが)、200〜300mmHgもあり、優にヒトの2倍以上も高いのです。

 一方これだけ血圧が高いと、心臓より下にある脚は高い血圧のためにかなりの負担を強いられるので、普通なら脚がむくんでしまうはずです。そこでキリンの脚の皮膚は厚くてごつくなっていて、しかもぴったり体を覆っているので、脚はむくまないですみます。

 また水を飲むときは前脚を大きく広げて、頭を地上すれすれまで下げる不格好な姿勢にならざるを得ません。ヒトが逆立ちして水を飲むのを想像していただくと分りますが、このとき頭にどっと血液が押し寄せてきます。これを防ぐためにキリンの首の静脈系には多数の弁があって、急激な血流の変化に対処できるようになっています。その上後頭部にはワンダーネットと呼ばれる毛細血管網があって、脳への血流が常に一定するような仕組みになっています。それでも長時間頭を下げていることはできないので、眠るときもほとんど起立したままです。

 というわけで、高血圧のキリンに降圧剤を処方するという話は冗談にもなりません(山倉慎二 「内科医からみた動物たち」講談社 2002年)。

 血圧が運動はもちろん精神的な興奮によって常に変動していることはよく知られていますが、このことが血圧問題をいっそう難しくしているとも言えます。先刻ご存知の「白衣高血圧」にしろ、最近では「早朝高血圧」、「逆白衣高血圧」、あるいは「仮面高血圧」などと言われる問題も、家庭で簡単に血圧が測定できるようになったおかげです。新たな病態というよりは、以前からあったはずの血圧変動に別の光が当たって明らかになっただけで、事新しく病名をつけるまでもないような気もします。むしろ医療関係者や製薬業界が、新たな患者掘り起こしに血道を上げているのではないかと勘繰られても仕方がないとも言えそうです。追って高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン2004」をキチンと吟味するときに、これらの病名についても論じてみようと思います。

 しかし人類の進化の長い歴史から眺めると、外敵から襲われたときのような危機的状況に際して迅速な行動に転じるためには、瞬時に血圧を高めて重要な臓器や手足の筋肉へ必要量の血液を供給することが求められるはずです。人類はこのように血圧変動が容易にできたからこそあらゆる危機を乗り越えて生き延びてきたとも言えないことはありません。

 キリンを例に出さなくとも、ヒトの脳でも脳内の血流がむやみに動揺しては困るので、血圧がある範囲内で変動しても脳の血流量を一定に保つような「血液循環の自動調節能」という仕組みがよく出来ていています。そのせいで、血圧が大きく下がると気が遠くなったり、場合によっては失神することがありますが、普通は平均血圧(収縮期と拡張期の平均値)が50ミリか60ミリくらいまで落ちても脳内の血流量は一定していて、何ら症状が出ないことが分っています。これまた人体がりっぱな適応をしている何よりの証拠ではないでしょうか。

 ただし高齢者ではこのような調節系が障害されて、起立性低血圧がおきやすいと言われ、急に立ち上がったときのふらつきや失神のために転倒して骨折や頭部外傷の原因になることもあります。なかには降圧剤療法による副作用として起きることもあるので要注意です。

 最後に日常生活では動脈よりよほど馴染み深い静脈のこともちょっと触れておきます。動脈は眼底検査以外ではまず肉眼では見ることができないのですが、静脈は血液検査の採血や、静脈注射、点滴などではふだん肘静脈を使いますので大変お世話になっています。注射器のシリンダーを引かないと血液は入ってきませんので、静脈圧がそれほど高いとは考えられませんが、末梢の血液を心臓へ戻すパイプの静脈の血圧はどうなっているのでしょうか。

 原理的には動脈とは反対方向で、末梢から心臓へ近づくにつれて静脈圧は下がってゆき、心臓へ入る直前でもっとも低くなり(中心静脈圧と言います)、2〜4mmHgくらいです。心臓の収縮期に右心房の内圧はさらに下がっていますので吸引されて心臓に還流するのです。

 静脈には逆流を防ぐ弁があることは前にも話しましたが、心臓よりも高い位置にある上半身の血液は、重力の影響で大きな圧をかけなくとも下がってゆきます。一方下肢の場合には、重力に抗して血液を上へ押し上げなくてはなりません。その際のポンプ力は主として骨格筋が使われます。筋肉線維は収縮するときに横幅が広くなり、並んで走行している静脈を圧迫することにより圧をかけます。脚の筋肉のことを骨格筋ポンプとか第二のポンプとか呼ぶのはこのためです。とくに高齢になってからは、脚を鍛えろと指導されたり下肢の「筋トレ」が勧められる一つの理由がここにあります。

                                           (2005年7月20日)

ドクター塚本への連絡はここをクリックください。