ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.39 ベータカロテンのがん予防効果
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 皆さんは活性酸素(フリーラジカルとも言います)が、がんや心臓病の発症に関係していたり、老化の原因となっているという話を毎日のテレビや新聞でしょっちゅうご覧になっていることでしょう。そしてこれを消去する働きのある「抗酸化物質」(抗酸化剤)のことも随分有名になっています。今では3大栄養素につづき、ビタミン、ミネラル、食物繊維と並ぶ第7の栄養素とまでもてはやされています。折からの健康志向に乗って、サプリメント(栄養補助食品)市場は、百花繚乱して沸騰しているとまで言われてます。

 しかし、これまでご紹介していきたウォルター C.ウィレット教授によると、1990年以前には、主として生化学者の興味の対象に過ぎない電子供与物質だったのです。彼は抗酸化物質を紛争を待ち構えている海兵隊になぞらえています。つまり、すべての細胞と組織に戦略的に展開して、気前よく、ほとんど押し付けるように電子を譲り渡して、フリーラジカルを中性化してしまう働きを持っています。実際に私たちが摂る食物のなかには、恐らく何百という抗酸化物質が存在しています。これらの化学物質に向けられている強い関心からすると、これからも新規に抗酸化物質がリストに加えられるとしても驚くに値しません。ビタミンC、ビタミンE、ベータカロテンにつづき、グルタチオン、補助酵素Q10(通称コーキュウテンと呼ばれ、その生産が需要に追い付かないほどの花形商品になっているそうです)、リポ酸、フラボノイド、フェノール、ポリフェノール、植物性エストロゲンなどなど、盛んに研究されて商品化されているのが現状です。

 今回は、抗酸化物質のなかでも古株にあたるベータカロテンをめぐる疫学研究を取り上げてみましょう。「カロテン」てなんだろうという方にも、「カロチン」なら、ああアレかと思い出される向きもあろうかと思います。実はカロテンもカロチンも同じ物質なのですが、後者はドイツ語読みなので昔人間にはお馴染みと言うわけです。

 緑黄色野菜をたくさん食べている人には、がんの死亡リスクが低いということは、日本でもよく知られています。国立がんセンターの平山雄・疫学部長(当時)らによって行われた大規模なコホート研究の結果有名になったのです。これは食事とがん発症の関係を追及してがん予防に役立たせようとした草分け的研究だったと言われています。この「計画調査」(平山先生はコホート研究のことをこう呼んでおられました)は、1965年に開始され、6県の40歳以上の住民約26万5千人を対象にして、自記式生活習慣調査票によって、緑黄色野菜の摂取頻度を、「毎日」、「ときどき」、「まれ」、「食べない」の4段階の選択肢で質問しています。その後17年間の追跡調査を行って、胃がん、肺がん、前立腺がんなどの死亡率が低いという結果が発表されたのは1980年代のことでした。この緑黄色野菜に多く含まれているのがベータカロテンです。

 また、がん死亡率が3倍も差のある国内5地域で調査した坪野吉孝教授らの「地域相関研究」でも、緑黄色野菜の摂取頻度が高く、血漿中のベターカロテン濃度が高い地域ほど胃がんの死亡率が低いという、平山らの研究結果と同じような傾向が見つかりました(1999年)。国際的にも、それ以前からベータカロテンによるがん、なかでも肺がんの発症を抑える予防作用を示唆する研究が発表されていたので、前世紀末には、ベータカロテンのがん予防効果に対する期待は大きく膨らんでいました。

 そこで、サプリメントとして実際にベータカロテンを投与してみて、予防効果があるのかどうかを検証しようとする機運が高まります。まさにエビデンスを求めて(例のEBMです)、大規模な集団を対象にした無作為化比較試験RCTがほぼ同時期に世界中で4つ行われました。

 最初に報告されたのは、食道がんと胃がんが世界的に高いことで知られる、中国の河南省の農村地域の一般住民(40〜69歳の約3万人)を対象にした研究でした。調査方法の詳細は割愛しますが、ベータカロテン(15mg)を含む栄養素を投与された集団では、他の集団に比して全がんの死亡率が13%低下、とくに胃がんの死亡率は21%も減少したというドラマッチクな結果でした。この研究によって、サプリメントの投与によってがん死亡率が低下する、つまりベータカロテンの予防効果が、ヒトを対象にしてはじめて実証的に確認されたのです。まさに期待どおりの成果だったと言えましょう(1993年)。

 次に行われたフィンランド南西部の地域住民のうち、50〜69歳の男性喫煙者約3万人を対象に、肺がんをターゲットにして行われた研究の結果は意外なものでした。この研究では、ともに抗酸化作用のあるビタミンE(50mg)とベータカロテン(20mg)のサプリメントを、両方投与、いずれか1つを投与、プラセボ(偽薬)投与の4群に無作為割付をして追跡した結果、ビタミンE投与群では、投与しない群と比較して、肺がん罹患率に差はなかったのです(無効)。一方、ベータカロテン投与群の方はというと、肺がん罹患率が非投与群よりも逆に18%も高かったのです。まったく予想を裏切る意外な結果で、世界の研究者に大きな衝撃を与えました(1994年)。発表当初はご存知のハーヴァード学派でさえ、実際には有効なのだが、「尋常でない偶然の振る舞い」のせいで、たまたま正反対の結果になってしまったのではないかと論評したくらいですから、彼らの期待がいかに大きかったかが分かるでしょう。

 このあと、1996年の初め、米国国立がん研究所は3つのRCTの結果を公表しましたが、第1の研究では喫煙者とアスベスト作業者を対象にして、ベータカロテン(30mg)+レチノールを投与した群と非投与群とを追跡調査して、4年間の時点で中間解析を行ったところ、投与群で肺がん罹患率が非投与群より28%も上昇していて、全死因死亡率でも17%の上昇を認めました。そのためこの研究では、ベータカロテンの投与を予定より早めに中止することに決定したのでした。第2の研究でも、ベータカロテンにがんの予防効果がないことが明らかになったので、第3の研究はこの結果をにらんで中断の止む無きに至ります。

 要するに、がんに対するベータカロテンの予防効果を期待して行った方法論の、しっかりした4つの疫学研究のうち、中国の農村住民を対象にしたものを例外として、いずれも予防効果がなかったか、かえって喫煙者では肺がん罹患率を高くしたという予想外の結果に終わったのでした。

 ではこのような研究結果をどのように解釈すべきでしょうか。もちろん今日でも解釈をめぐる論争はつづいていて、簡単に決着はつかないままです。

 ここでは坪野教授の見解の一部をご紹介しますと、次のような解釈をしておられます(「栄養疫学」 南江堂 2001年4月)。

 @ ベータカロテンの投与量が多すぎたために、かえって有害になった。

 A 喫煙という酸化ストレスのかかった状況ではベータカロテンは抗酸化に働かず、かえって酸化を促進する作用が生じた。

 B 中国の農村住民に比べて栄養状態の良好なフィンランドや米国の集団では、食事から摂取されるベータカロテンだけで十分であり、サプリメントとして投与しても効果は出ない。

 C がんの予防効果があるのは、緑黄色野菜に含まれるベータカロテン以外の物質であって、ベータカロテン自体には予防効果はない。

 もともと植物は、葉、実、根などに何百という色素を持っています。植物色素のなかの代表的なグループの1つがカロチノイドと呼ばれていて、現在約150種ものカロチノイド色素が知られています。ベータカロテンはにんじんやさつまいもに含まれているオレンジ色、リコペンはトマトの赤色やスイカのピンク色の色素です。そのほかにもよく研究されているカロチノイドに、アルファカロテン、ルテインやジーキサンチン(この2つは網膜にあります)、ベータキサンチンがあげられますが、カロチノイド全体からみるとごく一部です。これらのカロチノイドは食物として摂取されたのち、肝臓でビタミンAに変換されて利用されたり(プロビタミンA)、強力で使いやすい抗酸化物質としても利用されています。

 しかし数多くのカロチノイドの個々の働きやいろいろ組み合わせての作用は、まだまだ研究途上にあって充分解明されてはいません。したがって、抗酸化物質を摂る際には、ベータカロテンのように単一のカロチノイドだけを摂るのではなく、果物や野菜をそのままの形で摂る必要があるというのが実際的なのです。

 ウイレット教授は、このことを次のような比喩を使って説明しています。「ベータカロテンやビタミンAの錠剤を服用することは、バイオリンがソロで奏でるモーツァルトの交響曲を聴くようなものであって、何かを得ることはできますが、壮麗な全体の効果は得られません。ただひとつの抗酸化剤を大量に摂りすぎることことによる不均衡は、ひとつのパートが、壊れた鼓膜をつんざくような音を出す楽器で奏でられたオーケストラのようなだものだといえます」

 いかがでしょう。緑黄色野菜を推奨する研究に端を発してあれだけ期待されたたベータカロテンも、その本質はまだまだ解明されたとは言いがたいのです。現今大もてのサプリメント(栄養補助食品)も、その将来を見極めることの難しさが少しでもご理解いただけたでしょうか。

 中国の古典医学書「黄帝内経太素」のなかに、「五穀、五畜、五果、五菜、これを用いて、飢えを充たすときは食といい、それを以って病を療するときは薬という」と記されているそうです(新居裕久による)。これが食も薬も源は同じという、中国古来の「薬食同源」の思想です。どうやら単品のサプリメントを、しかも高額なものを追い求めることより、日常の食生活では数多くの種類の自然の恵み食品をバランスよく摂取するのがよさそうだとは、お感じになりませんか。

                                           (2005年3月2日)

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