ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.38 食べてはいけない脂肪と摂るべき脂肪
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 毎日三度三度の食事では脂肪分は控えめにしましょう。とくに動物性の脂肪、つまり飽和脂肪酸を減らしましょう。あるいは、バターよりもマーガリンをという指導が長年続けられてきました。でも赤身の牛肉よりは和牛の霜降り肉の方が美味しいし、フォアグラと一緒に焼いたバターたっぷりの肉汁したたるステーキは、思い浮かべるだけでも涎が出そうです。

 それもそのはず、アメリカ心臓病学会(AHA)が「全体の脂肪量と飽和脂肪酸を減らそう」という食事ガイドラインを発表したのは1957年のことですから、かれこれ50年も前のことでした。アメリカ人とは食習慣が大きく異なるわが国でも、右へならえでこのような考え方がすっかり定着してまった感があります。

 しかしご本家のアメリカで、脂肪の摂り方について自らが指導している「ナース ヘルス研究」や、「ヘルス プロフェッショナル追跡研究」の成果を基にして新たな提言をされ、つぎつぎとアメリカ政府にそれを取り入れさせるまでの影響力を及ぼした方が、前々回からご紹介している ウォルター C.ウィレット教授です。

 彼の提言を聞く前に、そもそも脂肪とは何か、脂肪酸とは何かを、むかし習った化学(科学と区別するためにバケガクと呼んだアレです)を思い出しながら解説することから始めましょう。

 水に溶けにくくアルコールやエーテルなどの有機溶媒に溶けやすい生体物質のことを、広く脂質と呼んでいます。脂質が水となじまない(疎水性)のは、ガソリンと同じ構造をもつ炭化水素(炭素原子Cと水素原子Hの化合物)の部分があるからで、体内で酸化するとき発生するエネルギーがガソリンと同じように大きいのです。そうだとすると、糖質やたんぱく質と並んで重要なエネルギー源の3大栄養素のなかでは、脂質がよりエネルギー発生量の多い、理想的なエネルギー貯蔵体になっているということが何となく理解できます。

 さて、脂質の中核部分は脂肪酸です。これは数個から数十個のCをもつ炭化水素の一番端しが、カルボキシル基(酸素原子O2つとCとHからなる−COOH)となっている物質です。カルボキシ基はアルコール類のヒドロキシ基(−OH)と脱水縮合をおこしてエステル結合をつくることが多いのですが、3分子の脂肪酸とグリセロールとがエステル結合したものが、トリグリセドTGです。別名「中性脂肪」のことで、血中を流れている脂肪の大半はこれで、皆さんには人間ドック検査でもお馴染みのはずです。

 つぎに、脂肪酸には天然に存在するものと、主として人工的に作られるものと、併せて4種類があります。「飽和脂肪酸」の飽和とは骨格となっているCができるだけ多くのHをもっていることを表していて、それぞれのCは隣同士と単結合しています。つまり、飽和脂肪酸は−CH−CH−のように直線の形をしています。2つ目の「単価不飽和脂肪酸」は、炭素骨格の1ヶ所で−CH=CH−のように不飽和の二重結合によってつながっています。H原子が2つ減ることによって分子の形は直線の鎖から折れ曲がった鎖に変ります。3つ目の「多価不飽和脂肪酸」には2個以上の二重結合があります。単価よりもさらにH原子がさらに少ないので、形は2度折れ曲がったステッキのようになります。また最初の二重結合が、炭素骨格の端からいくつ目にあるかで、「n‐6」系、あるいは「n‐3」系に細分されます。n‐6系の代表はリノール酸ですし、n‐3系のそれはリノレン酸ですが、ともに体内で合成することのできない必須脂肪酸です。名前だけはどこかでお聞きになったことがあるでしょう。

 最後の「トランス(型)脂肪酸」は、植物油を高温加熱したときにも少しはできるのですが、工場で「水素添加」という工程で製造される人工の脂肪酸のことで、その化学的立体構造が天然ものの「シス型」と異なり「トランス型」なのです。マーガリンやショートニング(味付けなしのマーガリン)には大量に含まれています。

 ここで、食事中の脂肪酸をわかりやすく一表にまとめますと次のようになります(ウィレット教授による)。

脂肪酸の種類 主な材料 室温での状態 効果
@ 単価不飽和 オリーブオイル、キャノーラ油* 液体 LDL減少
ピーナッツ油、カシューナッツなど HDL上昇
A 多価不飽和 とうもろこし、大豆、紅花・綿実油、 液体 LDL減少
魚 など HDL上昇
B  飽和 全乳、バター・チーズ、牛肉 固体 LDL、HDL
チョコレート、ココナッツなど ともに上昇
C トランス ほとんどのマーガリン、 固体 LDL上昇
植物ショートニング、よく揚げた あるいは
チップス、ファーストフードなど 半固体
(* キャノーラ油の原料は、カナダ産菜種(セイヨウアブラナ)です)

 どうやら、液体状の脂肪の方がよい脂肪だと言ってもよさそうです。

 脂肪と脂肪酸のことをここまで理解したうえで、ウィレット教授の大規模なコホート研究で得られた結果を結論だけご披露しましょう。

 まず摂取した脂肪の総量と、心臓発作や心臓病とが関連することは証明できませんでした。彼によると、これはよい脂肪による恩恵と悪い脂肪による害とが帳尻が合って相殺したのだと言います。一方飽和脂肪酸に比べて不飽和脂肪酸を多く摂った群からは、心臓病発症は起き難かったのです。彼の計算では、総カロリーの5%分の飽和脂肪酸を不飽和脂肪酸に置き換えることにより、心臓発作や心臓病死亡のリスクを約40%も下げることがわかったそうです。対照的に飽和脂肪酸を穀類などの炭水化物に置き換えても大きな差は認められませんでした。

 トランス脂肪酸の方はというと、これをもっとも多く摂る(毎日の食事のうち約3%)女性(「ナース ヘルス研究」の)は、もっとも少なく摂る(同じく約1%強)女性に比べて、14年間の追跡調査で50%以上も心臓病になりやすかったのです。対照的に、トランス脂肪酸の摂取がもっとも低くてしかも多価不飽和脂肪酸の摂取量がもっとも多い女性は、この逆の女性よりも70%も心臓病になり難いという結果が得られました。

 栄養学者の指導によって、前世紀の後半からアメリカ人の食生活パターンがバターからマーガリンへと自然に変わっていったと言います。しかし、この切り替えによってアメリカ人の心臓発作や心臓死が減少したという証拠はないのです。飽和脂肪酸の少ないマーガリンの方が好結果を生むと思ったのでしょうが、マーガリンには大量のトランス脂肪酸が含まれていたことを見落としていたことになり、当て外れに終わりました。人々はやっぱり、また、騙されたとか、担がれたとか感じたに違いありません。

 ウィレット教授らの研究成果を到底無視することはできず、アメリカ厚生省は新しい食事ガイドラインで不飽和脂肪酸の重要性を明記するようになったし、アメリカ食品医薬品局は、1999年には総脂肪量と飽和脂肪酸量に加えて、トランス脂肪酸量も食品表示すべきだと決定しました。今日では、アメリカの消費者はウィレット教授らのおかげでやっと自分が買った食品中に何かが入っているかを知ることができるようになり、トランス脂肪酸の食品を避けることができるようになりました。「Transfat free」(トランス脂肪酸なし)のマーガリンがスーパーの店頭に並ぶようになったとも言われています。

 すでにヨーロッパでは1995年までにトランス脂肪酸の入ったマーガリンは製造禁止になっているそうです。それでもまだ安心はできません。クラッカーやクッキーなどの焼き菓子、レトルト食品のなかにはまだまだ大量のトランス脂肪酸が使われているのです。

 しかしわが国ではいまだに、堂々と「水素一部添加」と明示されたマーガリンそのものが市場に出回っています。ぜひ一度関心をもって、ご自分の買われたマーガリンの外箱に小さい字で記載されている栄養成分表示をご覧ください。

 わが家の朝食では、トーストにつけていたマーガリンを去年からバターに戻しています。何よりもお味がぐっと優れていて美味しいうえに、欧米人に比較するとバターの総量は知れたものと直感しているからです。また窓際に放置して光や空気に曝しても少しも変化せず、ネズミが食べることもゴキブリが寄り付こうともしない代物とわかったのでは、使う気がしなくなります。

 もちろんウィレット教授はアメリカ人ですから、バターに戻すのではなく、まずオリーブオイルへの切り替えを勧めています。オリーブオイルこそ、百寿者だったMr.コレステロールのニックネームを持つ、アンセル キースの推奨した地中海料理では欠かせないものだったはずです。

 そのウィレット教授も、直接彼の講義を聴いた坪野先生によると、「栄養と健康をめぐる研究は爆発的な勢いで発展しているので、いま定説と考えられている知識の多くは、5年以内に書きかえられてしまうだろう」と言われたそうですから、常にアタマを柔軟にしておかないとまた騙されたと腹をたてることになりかねないでしょう。

 今回のお話は、主としてウィレット教授の著書 「太らない、病気にならない、おいしいダイエット」(光文社 2003年刊 翻訳者の前田和久氏は、内臓肥満で有名な大阪大学・第2内科出身の医師で、ウィレット教授の教室に留学され直接彼から指導受けた方です)の「食べてはいけない脂肪と摂るべき脂肪」の章から要約してお伝えしました。

                                           (2005年2月16日)

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