ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.33 EBM(証拠に基づく医療)をご存じですか(その4)
― エビデンスとは何か ―
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 EBMのEはエビデンス evidence のことで、直訳して「根拠」とか少し丁寧に「科学的根拠」と翻訳して使っています。もちろんエビデンスは、EBMを理解して使いこなすのにもっとも重要なキーワードなのです。

 前々回(その2)でも触れましたが、実際の臨床現場で医師が目の前の患者に、何らかの「根拠」、「拠りどころ」なしに診療を行っているとは考えられません。福井次矢先生の著書から要約しますと、従来の科学的根拠とEBMでいうそれとの違いは次のようになります。

 医学には、人間の身体のしくみや生きていくうえでの現象をとらえる『生理学』、病気の成り立ちを調べる『病理学』、薬物が生体内に入ってどんな働きをするかをみる『薬理学』などの分野があります。これまではこれらの分野のなかから、@いつでもあらゆる場面であてはまること(普遍性)、Aかかわっている人以外の人にもあてはまること(客観性)、B揺るがない事実であること(理論性)を見つけ出し、そこから導かれる結論を科学的根拠(「理論的根拠」ともいいます)といっていました。

 しかしEBMでいうエビデンス「科学的根拠」は、これまでの医学が使っていた理論的根拠とは少し違っています。つまり、理論的な根拠のあるなしにかかわらず、「実際に患者に使ってみて効果があった」という事実が、EBMでいうところの科学的根拠です。したがって、「なぜ効いたのか」とか、「その治療によって生体内にどのようなことがおこったのか」ということは二の次で、「本当にこの治療法が患者に効いたのか」を確かめることを重要視します。まさに観念論ではなく、プラグマティズムの世界だといえましょう。そこで、実際の臨床現場での現実を重視するという意味で、エビデンスに「実証」という訳語をあてている学者もいるくらいです(能登 洋「EBMの正しい理解と実践Q&A」 羊土社 2003年3月刊)。

 ところが、皆さんもお気づきのとおり、本当に有効だったか否かを確かめるのは容易なことではありません。患者がたまたま回復期にあったがために、いい結果が出たにすぎないかも知れず、効果があるように患者も医師も錯覚しているだけだったかも知れません。また治療を受けたという先入観から、思い込みによって症状が好転したのかも知れません。そこで、「効果がある」ということの信憑性を確かめるためには、統計学や疫学の出番になるというわけですが、ここでは詳細な計算処理のことは割愛いたします。

 EBMでは、ふつうエビデンスの信頼性を、その高さの順に次の5段階のレベルに分類しています。

 T 無作為化比較試験(RCT)とそのメタ分析

 U コホート(追跡)研究

 V 症例―対照(後向き)研究

 W 症例報告(横断研究)

 X 専門医の意見

 どうもいきなり難しい専門用語が出てきて戸惑われたことでしょうが、上位のレベルにある研究から導き出されたエビデンスほど、「ホンモノ」ということです。もう少しご辛抱いただいてお読みください。

 もちろん、臨床現場での問題点のカテゴリーによっては、もっともバイアスが少なくて公平に比較ができ、もっとも信頼性の高いレベルTのRCTやメタ分析の文献がつねに必要というのではなく、カテゴリーに応じて最適な研究デザインのものを選択すればよいのです。

 例えば、治療に関してはRCTがベストですが、ない場合には次に最適な臨床研究をエビデンスとして使うことになりますし、予後については、初期から十分な追跡期間のあるコホート研究でよいでしょうし、診断の場合には、罹患の疑いの高い患者を対照とした横断研究でも最適という具合です。

 さてここで、EBMといえば Randomized Controlled Trial(RCT) といわれるくらい有名になった、無作為化比較試験のことからご説明しておきましょう。

 RCTは 「Aという治療法が甲という病気に有効である」かどうかを検証するのにもっとも有効な方法なのですが、重要なことが2つあります。

ポイント1 比較する相手となるコントロール群(対照群ともいいます)をキチンと設けること
ポイント2 実験群とコントロール群の背景因子(性別、年齢、合併症など種々の条件)を揃えること

の2つです。

 すでに見てきたように、少数例の「体験談」や、「使った、治った、効いた」という、いわゆる「三た論法」に信頼がおけないのは、コントロールをキチンと設定していないからです。

 第1のポイントがクリアできて、コントロール群を設けたとしても、次に実験群とコントロール群の背景因子が揃っていないと信頼性の不確かな研究になります。偶然の力を借りて両群の背景因子を揃える仕掛けが必要で、それがランダム化なのです。「無作為化」とほん訳されるのがふつうですが、「無作為」=「何の作為も働かせない」、あるいは、=「適当、気分次第」というようなニュアンスに誤解されかねないので、原語とおり「ランダム化」のまま使ったり、くじ引きと同じ方法で実験群とコントロール群に割り付けるところから、「くじ引き比較試験」とほん約している人(近藤誠・慶応大放射線科講師)もいますが、この方が分かり易いかも知れません。

 さらに厳密な比較を行うために、ブラインド化(盲検化とほん約されることが多い)も重要です。これは要するに、あるRCTにかかわっている人が、だれが(実験群かコントロール群か)どちらの治療法に割り付けられているかを知らないままの状態を維持することです。RCTにかかわるのは、ふつう患者と担当医ですが、このいずれに対してもブラインドに保たれている場合に、二重ブラインド化(二重盲検化)といい、結果を評価する人も治療医ではなく別の人の場合には、患者、担当医、評価者の三重ブラインド化(三重盲検化)ということになります。

 なぜ、ブラインド化が必要かといいますと、患者や担当医が割り付けられた治療法の内容を知ってしまうと、どうしても心理的な効果(プラセボ効果といいます)が働いて、客観的な判断を鈍らせてしまうのです。とくに、痛みの程度のような主観的な要素の混入する指標を用いていると、プラセボ効果のために真の結果がゆがめられてしまう危険性が高まるからです。

 原理的には、ぜひこのようなRCTという研究方法が広まってほしいと願わずにはおれないはずです。しかしなかなか大変なことだということはすぐに感じ取っていただけたと思います。これまた、「ひとり言」子と同門で長年指導をいただいている富永祐民先生が、愛知県がんセンター総長時代に、どうも日本でこのような臨床研究が広まらないのは、患者側がよく効きそうな有効な薬剤が開発されたという噂を聞きつけると、まず、自分から使って欲しいと担当医に無理強いするケースが多く、医師側にもそれに屈して患者の希望をのんでしまうわが国独特の風土が根強いのが原因のようですと、慨嘆されていたのを記憶しています。

 一日も早く、本当に客観的なエビデンスが得られるような医師・患者関係の土壌が作れないものかという気持ちで一杯です。

 次回は、残りの専門用語の解説をしたあと、EBMのまとめとしてその限界や未来像を考えることにしましょう。

                                           (2004年12月15日)

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