ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.3 はんらんする健康情報の読み方
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 いま健康情報は、まさにはんらんしています。しかし、皆さんが短絡的にそれらを鵜呑みにしておられるとは思えません。数年前に某テレビ局のお昼の番組で、ココアが健康によいと放映されるや、スーパーの食品売り場の棚からココアが消えてしまったという有名なお話しがありました。たしかにココア(チョコレート)にはカテキンなどのポリフェノールが豊富に含まれていて、コレステロールの酸化を予防する働き(抗酸化作用)のあることがわかっています。しかし、その後ココアの消費量が急増したとは思えませんので、健康志向が高いとはいうものの、一方で知的なレベルも高いはずで、ちゃんとどこかに冷めた目で判断しているに違いありません。

 では、毎日、テレビ・新聞などに洪水のように流される健康情報を専門家はどのように読んでいるのでしょうか。活躍中の若手がん疫学者、坪野吉孝・東北大学助教授が「食べ物とがん予防」(文春新書)のなかで披露している健康情報評価の思考プロセスをご紹介しましょう。

易学ではない、「疫学」という学問はようやくお馴染みになりつつありますが、日本疫学会・第一回学術総会開催は1991年のことでまだまだ若い学会(私も創設発起人会メンバーでした)なのです。実は坪野先生も立派な白衣を着ない医師です。嬉しいことに、ザ・セイホの時代に明治生命も資金・会場提供、講師派遣をして協力をした泊り込みの「疫学セミナー」で私の講義を聴いたことを覚えていてくださっていました。

 先生は次のフローチャートで健康情報の信頼性を評価するよう勧めています。

ステップ1
具体的な研究にもとづいているか。
はい○ いいえ
(例:体験談や少人数のビフォア・アフター実験)
ステップ2
研究対象はヒトか。
はい○ いいえ
(例:動物実験、細胞レベルの実験)
ステップ3
論文発表か、学会発表か。
論文発表○ 学会発表
(研究者はつねに先人の研究にはないノイエス、サムシング・ニューを追い続けていて発表したがりますので、科学的な根拠に乏しいものも多いので要注意です。)
ステップ4
定評ある医学専門雑誌に掲載された論文か。
はい○ いいえ
(例:残念ですが、保険医学雑誌もそうです。)
ステップ5
研究デザインは「無作為割付臨床試験」(RCT)や前向きコホート研究か。
はい○  いいえ
(例:後ろ向きコホート研究、症例対象研究、症例報告、実証的研究に基づかない権威者の意見)
ステップ6
複数の研究で支持されているか。
はい○ いいえ
→判断保留


 以上の6ステップを順次吟味してすべて○がついた情報は、受け入れて信頼しても大丈夫なもの、ただし将来結果が覆る可能性もあることを頭に入れておくというのですから、さすがに専門家の評価は厳しいことにお気づきでしょう。

「ステップ5」の研究デザインについて補足説明しますと、研究結果の信頼性がもっとも高いのはRCTで次いで高いのは前向きコホート研究で、例にあげた順序で信頼性は下がっていきます。一方、信頼性の高い研究ほど莫大な費用と人手、調査期間も長期にわたりますので、研究の信頼性と実施のしやすさとは相反することになります。ここで、私たちの生命保険被保険者集団の死亡率、入院率の研究などは、立派な前向きコホート研究であることを強調しておきます。もう一つ、わが国ではステップ5をクリアする研究が少なく疫学後進国と言われてきたことはいかにも残念でなりません。

 さて、ココアどころか日本人に縁の深い緑茶と胃がんの関係を研究した坪野先生の結果を実例によって説明してみましょう。

 動物実験の結果から緑茶に含まれるカテキンにがんの抑制効果があるとされてきたので、計画された研究で結果が注目されました。

 宮城県内の40歳以上の男女、約2万6300人を対象に9年間追跡調査(前向きコホートです)し、一日に飲む緑茶の量で1杯未満から5杯以上の4グループに分けて胃がんの発生率を比較したが、グループ間の差がなかったというもの (米国のもっとも権威ある‘NEJM’という医学雑誌に発表)。

 緑茶ががん予防に有効という「定説」に異を唱える結果ですが、「評価フローチャート」のステップ6以外はすべてクリアしていますので、信頼性は高いと言えますが、先生は慎重でこの研究ひとつで(ステップ6)結論が出るわけがないと論文上でコメントしています。

このほか、ベータ・カロチン、ヴィタミンEも「評価フローチャート」の1〜5ステップをクリアしているRCTの大規模調査では、意外にもその有効性が否定されました。イチョウ葉エキスも同様に有効ではありませんでした。

 このように、厳密な評価に耐えうる信頼性の高い健康情報がいっぱいではないので、がっかりさせたかも知れません。

 しかし、アンチョクでしかも信頼性の高い健康法があるくらいなら苦労はしないよ、とニヤニヤしておられる向きもあろうかと思います。日本人が簡単にココア党にならなくてよかったと思うのは私だけではないはずです。

 最後に、坪野先生が発信しているがん疫学の最新情報のHPをご紹介しておきますので、さらに詳しく勉強したい向きはぜひリンクしてみてください。
 http://www.metamedica.com./

                                               (2003年8月23日)

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