ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.29 「百歳長寿者」を考える(その2)
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 100歳老人のことを、英語では「センテナリアン」と言います。100年間、つまりセンチュリー(1世紀)を生き抜いてきた人たちです。しかし、100歳老人と言う言葉は、寝たきりでぼけの恍惚老人を連想させる響きがあるとして、「百歳長寿者」、縮めて「百寿者」という用語を提唱されたのは、1970年代から沖縄県で長寿研究を続けてこられた鈴木 信・琉球大名誉教授です(「百歳の科学」 新潮社、1985年刊)。日本では古くから、99歳を「白寿」といってお祝いする風習があります。百から一をとって白寿だとする理屈なら、白寿のもとは「百寿」のはずなのに、百寿という語は辞書にも掲載されてないと、前著の改定版「データでみる百歳の科学」(大修館書店 2000年刊)の冒頭で述べておられます。ちなみに、彼はこれらの研究で「西日本文化賞」を受賞されています。

 さらに余談ですが、前回ご紹介した「百歳バンザイ!」を読んで、作家の重松清は、この方々に対して「百歳=とんでもないご長寿」という認識をあらため、確実にぼくたちの日常的な隣人になりつつあるのだと、書評に書いています(週刊朝日 10月22日号)。彼が「百寿者」と言う言葉は使わずに、「三桁エイジ」と呼んでいるのは新鮮な表現だと感じ入っています。

 もともと、1973年に全国的規模で百寿者を訪問して長寿研究をスタートさせたのは、東京都立老人総合研究所(略して「都老研」)の松崎俊久・疫学部長(当時、のちの琉球大教授)らのグループでした。百寿者研究のパイオニアとも言える松崎先生も、当初は、100歳老人を調査して直ちに長寿の秘訣を見つけようとしても、あまり意味のないことだと言っておられました。何故かというと、すべて調査というのは、研究対象と比較できる対照集団が必要なのに、100歳老人と対照できる集団はすでに死に絶えて存在していないのだからというのです。そのうえ、かなり不確かな高齢者の記憶に頼る調査自体にも問題があります。たとえば、100歳老人のほとんどが米食中心で腹八分目の人だったからといっても、これが長寿の原因とは言えないのです。彼らと同世代に生まれながら、先に死んでいった99.99%以上の人も、やはり時代的制約のなかで同様の食生活をしていたからです。

 しかし彼は、琉球大学へ転じてからもこのテーマを追い続けて、共同研究の結果、沖縄の長寿の要因を次のように要約しておられます(「沖縄発 爽やか長寿の秘訣」学苑社 1993年刊)。

 第1に、独特の食文化−肉の多食です。日本人は殺生を嫌う仏教の影響で、明治維新までの約千年の間、肉を常食にすることはなかったのです。いっぽう沖縄では、仏教の影響を受けず、儒教的な感覚から、祖先が喜んだものを死んだ日に捧げるのは当然のこととして、14世紀半ばから中国から導入された豚を、葬式の当日屠殺して参加者全員に振舞う習慣が定着していました。(いまも、沖縄のスーパーでは豚肉の缶詰が山積みで、ほとんどがデンマークからの輸入だそうです)

 第2の要因は、塩分摂取が際立って少ないことです。これは沖縄に漬物が存在しなかったことが原因です。一年を通じて温暖な気候が新鮮な野菜を供給してくれるので、貯蔵食としての漬物は必要なかったのです。

 第3として、老人の冬季労働が上げられています。沖縄の農村では、1月、2月こそ、さとうきびの刈入れのためもっとも重労働しなくてはならない時期に当たっています。亜熱帯地域で冬でも20度近い気温があり、夏でも32度を上回らないという温暖な気候に恵まれている沖縄の老人は、一年中身体を動かしているのです。

 鈴木名誉教授も、沖縄の長寿の要因として、第1に食文化を上げておられます。しかも調理法に一つのコツがあることを強調されています。足テビチ(豚足料理)でも伝統的な調理法によって調理された場合には、肉塊の中の悪玉コレステロールは除かれて、必要要素であるいわゆる赤肉とエラスチンやゼラチンが残るのみです。また、食事の内容だけではなく、リラックスした食事の摂り方なども理想的で、広い意味の食文化が長寿をもたらしたと考えるべきだとしています。

 また、百寿者に直接質問した調査結果から、「百寿者のライフスタイルは多様で、気楽に堂々と生きる百寿者と、気を遣いながら小さく生きる百寿者とがあって、その人の持つ性格と置かれた環境によって、長寿の秘訣に対する考え方は個人個人まちまちと考えられる」というのが、鈴木先生の結論でした。

 すでにご紹介したとおり、百寿者がもっとも多く居住しているのは東京都です。都老研・痴呆介入研究グループの権藤恭之研究員らは、23区内に住民登録された1206人(2000〜01年)の百寿者のうち、335人に対して郵送調査を実施し(参加率27.8%)、うち183人に対して訪問調査を行っています(「東京都百寿者研究から」:「看護」 2003年4月号)。これまでの沖縄県の長寿研究にはなかった、新たな長寿の条件についての知見が得られたでしょうか、ご紹介しましょう。

 研究の前提として、近年長寿に寄与する遺伝子の研究が盛んに行われるようになっているものの、たかだか戦後の50数年間に百寿者が爆発的に増加した現況をみると、遺伝的要因よりは環境的、とくに社会的環境の変化がもっとも大きな長寿要因であることに疑いはないとしています。

 社会的要因の一つとして最終学歴を取り上げていますが、百寿者では男女ともにそれぞれ各年代の進学率と比較したところ、高等教育進学者の割合が顕著に高いことが分かりました。

 百寿者には何らかの病気を持っている者が6割近くいますが、既往歴では糖尿病が7人(2.1%)と非常に少なく、糖尿病のないことが長寿の要因として重要なことが示唆されました。

 白内障と骨折の既往歴は、いずれも4割近くの百寿者で報告され、服薬状況については約5割が何らかの薬を服用(循環器系の薬剤が多い)していることが分かりました。

 また、骨折の既往歴がある百寿者は、ない者と比較してADLや認知機能の得点が有意に低く、骨折がきっかけで寝たきりや痴呆にいたる症例が一般高齢者と同様に生じていること、栄養状態に関しては、血清アルブミン値が3.6と低いことも明らかになりました。

 5つの次元から評価する性格検査を用いて、百寿者の性格を65〜85歳の高齢者と比較してみると、男性では「神経症傾向」が高く、女性では「外向性」と「誠実性」とが高く、また男女ともに「調和性」の低いことが示されました。このような性格特性から、男性では身体に気を遣い健康に注意して病院にかかることが多いこと、女性では日常の生活ストレスを発散させるような対人交流やいろんな場面で成功につながることが多いこと、さらに男女とも調和性の低い、いわゆるマイペース型の方が長寿にとって重要であることも示唆されたのです。

 権藤研究員は、「身体機能が自立している」、「認知機能が保たれている」の2つの基準を満たすことをもって、「サクセスフルエイジング」が達成されていると定義し、その割合を求めると、現状では訪問調査を行った百寿者のうち14.7%(男性41.3%、女性5.8%)であり、男性が女性より大きく優位に立っているという結果でした。さらにフォローアップをしてみると、機能は低下し続けるのではなくて、介入によって維持、改善が可能であった症例も体験されたことから、今後、適切な介入を行うことによってサクセスフルエイジング達成率を向上させることが課題であると結論づけています。

 さて、皆さんのうち何人の方が百寿者として、サクセスフルエイジングを享受されることでしょうか。まったくの夢物語ではないと思うのですが。

                                           (2004年10月20日)

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