ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.27 「寿命」より大切な「健康寿命」を考える
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 敬老の日(今年は20日)が、建国記念日、体育の日とともに新たに国民の祝日に制定されたのは、1966(昭和41)年のことですから、かれこれ40年近くにもなります。

 毎年敬老の日が近づくと、厚生労働省から「全国高齢者名簿」、いわゆる「長寿番付」が公表されます。昨年は、100歳以上の「長寿者」が初めて2万人を突破した節目の年でした。高齢化が加速的に進行しているので、今年はどんな数字になるだろうかと発表を待っていたら、14日の夕刊で、案の定さらに2477人も増えて、今年は過去最多の23038人になったことを知りました。

 わが国は、「長寿国 死ぬのがヘタな 人ばかり」(「遺言川柳」、大阪府・藤沢勝氏)というほどの世界一の老人大国なのですが、お元気な人も大勢いると同時に、痴呆や寝たきりなど要介護の高齢者がますます増加しているのが現実です。

 これから何年間、健康な状態で生きていけるのかという、生存の質に着目した「健康寿命」という言葉がようやく浸透してきました。その仕掛け人の一人が、辻一郎・東北大学大学院教授です。あと何年生きられるかという「平均寿命・余命」にあやかった言葉で、「健康寿命」を延ばすということは、人生の終末期まで身の回りのことは自分でできることを意味していると説明されています。

 たしかにスパゲッティ症候群などと言われるような、管だらけでベッドに固定されているような生存は、延命ではあっても人間としての尊厳も何もあったものではありません。しかし、平均寿命の計算上は、このような人もちゃんと生存数としてカウントされているのです。私たちはただ生存しているだけという人生があと何年続くかではなく、生きがいをもって健康に暮らせる期間があとどれくらいあるか、を知りたいと思っているはずです。つまり、生存の「量」が世界一というだけを喜ぶのではなく、心身ともに自立していて健康に生きているという「質」を問題にしてこそ、「長寿は喜ぶに値するもの」になるというのが辻教授の考えです(詳細は「健康寿命」麦秋社、1998年6月刊 「のばそう健康寿命」岩波書店 2004年2月刊をご参照)。

 さてそれでは、健康寿命・余命はどのようにして計算するのでしょうか。これがまた一筋縄ではいかないのです。

 まず、何をもって健康な生存とするかという問題ですがこれが簡単ではありません。

 いろいろな定義が提唱されていて、@不健康と自覚しない生存期間、A労働・家事・社会参加に支障ない生存期間、B移動に支障のない生存期間、C基本的にADL(日常生活活動)に支障のない生存期間、D知的・認知機能に障害のない生存期間、E長期ケア施設に入所しない生存期間、などがあります。実際にはADLに支障のない生存期間を測定することが多いようです。

 ADLというのは、食事を摂ったり、着替えたり、排泄や入浴、身だしなみなど、生きていくうえで最も基本となる身辺処理のことを言います。したがって、「健康寿命」というのはいわゆる俗称であって、研究者の間では「活動的平均余命」と呼ぶのが普通です。(○○歳ちょうどの人のその後の生存年数の期待値が平均余命で、0歳時のそれが平均寿命だということは先刻ご承知です)

 辻らは、実際に仙台市において、無作為に選んだ3704人の65歳以上の高齢者に協力いただいて、1988年と1991年の2回にわたって調査を実施します。具体的には調査員が対象者宅を訪問して、食事、更衣、排泄、入浴の4種類のADLについて、「自分でできる(自立)」か「人の助けが必要、自分ではできない(要介護)」かを選ばせるという大変な作業です(回答が得られなかったり不備のあった人を除いた3441人が研究対象)。そして、第1回と第2回の調査の期間(3年間)中に起こった、身体機能の推移を基に、次の4つの移行確率を年齢別に算出します。
(1) 1回目調査でADL自立レベルだった者が2回目調査時ではADL要介護レベルになる率(障害の発生率)
(2) 1回目調査でのADL自立者における死亡率
(3) 1回目調査でADL要介護レベルだった者が、2回目調査時ではADL自立レベルに回復する率(障害からの回復率)
(4) 1回目調査でのADL要介護者における死亡率

 これら4つの移行確率を基にして生命表を作成すると、ADLが自立している生存年数が計算できるのです(専門的すぎるので、計算法の詳細は省略します)が、これが「活動的平均余命」です。辻らのこの調査は、日本における3年間のコホート調査による障害の発生率および回復率を加味した活動的平均余命の研究第1号として、評価されています。

 この調査の結果のほんの一部をご紹介しましょう。65歳、75歳、85歳という代表的な年齢について、活動的平均余命と障害期間(括弧内)を比較するために表示しました(いずれも年数)。両者を足したものが平均余命です。もちろん、15年以上古いデータですから、その実数は現時点よりかなり小さな数字になっていますが。

65歳 75歳 85歳
14.7 (1.4) 7.9 (1.1) 3.3 (1.4)
17.7 (2.7) 9.8 (2.7) 4.1 (1.9)

 65歳でみると、男性では16、1年の平均余命のうち14、7年がADL自立の健康な期間ですから、余命全体のうち91、3%の期間は健康ということになります。一方女性の方は、20、4年の平均余命のうち17、7年ですから86,8%で、余命のうち健康に暮らせる期間の割合は女性の方が少ないのです。当然ですが、年をとるほど残された余命に占める健康な期間の割合は減少し、障害の期間の割合が増加していることが分かります。

 また、障害を抱えて生きる期間は女性の方が長くなっています。老後の介護問題は、高齢者人口に占める女性割合を考慮すると、多くの場合、女性問題に他ならないし、その社会的影響も無視できないのです。高齢女性における健康増進と障害予防の重要性は、今後もますます大きくなることがご理解いただけたと思います。

 これまでみてきたように、言葉としての健康寿命は普及していても、キチンと活動的平均余命の計算をすることは容易なことではありません。しかし、衛生統計の先進国であるわが国では、年齢別の障害有病率と生命表とから、間接的に活動的平均余命を算定することも可能です(専門的にはサリバン法という手法です)。藤田保健衛生大学・橋本修二教授らは、厚生労働省の発表している国民生活基礎調査(在宅の健康状態)、患者調査(入院・外来患者)、社会福祉施設調査(特別養護老人ホームの入居者)の3つの統計資料を合計して、要介護者の頻度を年齢別に計算したうえで、生命表と組み合わせることによって、都道府県別の健康寿命を研究して発表されています。

 WHOも2000年から毎年、「世界保健報告」のなかで、加盟各国の「健康寿命」を公表しています。もちろん日本のそれは世界一ですから結構なことには違いないのですが、私にはいかなる計算方法で算出したものか、不勉強のせいもあっていまだに得心がいかないままでおります。

 日本人の寿命はまだまだ延長するという楽観的な予測が一般的で、かく申す私も寿命伸展説を信奉している一人なのですが、障害を抱えながらの長寿ではなく、今回ご紹介した健康寿命のさらなる延長こそ、私たちが大いに期待しているものであるはずです。

 現在厚生労働省が政策として展開している健康づくり運動「健康日本21」は、いわゆる生活習慣病の予防を目的にしており、それがとりもなおさず、健康寿命の伸展に直結していることは言うまでもありません。

 しかし、いったん生活習慣病に罹患してしまいますと、その病気のコントロールはある程度可能でしょうが、その後終生、病気と付き合っていかねばなりません。高齢者では、すでにこれらの病気を指摘され、ご本人もよく知っていてすでに薬漬けの状態にありながらも、ADLはしっかりしていて自立している方も大勢おられるはずです。

 辻教授は、これら要介護予備軍に対する「介護予防事業」の重要性を強調しておられます。まさに「疾病予防対策」との2本柱の政策が進展するようになって初めて、期待する健康寿命が確保できるのだろうと思います。

 まだ発足後日が浅いのですが、介護保険制度が定着していきますと、市町村における要介護度測定や介護記録に基づいた個人情報の蓄積もすすみ、要介護者の発生率、回復率、介護度の進展率などの算出が可能になって、いずれ近い将来、すでに計算済みで公表されている「市町村別平均寿命」に加えて、活動的平均余命、いわゆる「健康寿命」の算定も、全国の市町村レベルでできるようになるだろうと予測している行政マンもおられます(瀬上清貴・厚生労働省大臣官房参事官:厚生の指標 46巻4号 1999年)。

 そうなると、これからの高齢者が、老後はどの自治体に居を定めるかについて、より科学的な選択枝の根拠データが1つ増える可能性が出てくること請け合いです。

 皆さんはどうお考えになるでしょうか。

                                           (2004年9月15日)

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