ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.24 「予防は治療に勝る」、されど難し
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 「白衣を着ない医者」である私が、自称「予防医学者」であることはこのHPのコラムを始めたときの自己紹介でも申しました。もちろん、私は「予防は治療に勝る Prevension is better than cure.」と言う格言こそ永遠の真理だと確信しています。だからと言って予防医学を専門にする医者はまだまだ少数派ですし、世間からもあまり尊敬されている風はありません。むしろ、がんでも循環器疾患でも治療を専門にしている臨床医の方が社会的な地位も高かったり、高収入の方が多いし、患者さんからも頼りにされています。医学校を卒業してすぐ、予防医学を志す医者は少ない反面、治療医学の専門家である老大家が、晩年になってから予防の重要性を説いたり、予防のための社会活動を熱心になさっている方は大勢おられます。その逆の、最初は予防医学からスタートして、お歳を召されてから臨床の現場に携わるという方はまずありません。

 もちろん、十分な訓練と臨床経験を経て専門性の高い技術の習得なしには、本当に尊敬され頼りにされる治療の専門家にはなれません。どうやら、技術的な専門性の低い医者が予防を担当していると見られているフシがあります。当たらずと言えども遠からずで、そういう見方もあるでしょう。特異な実例ですが、医学校在学中に不幸にしてポリオ(小児麻痺)に罹患して、一側上肢の麻痺という後遺症を遺した方で、患者に接する臨床医学や実験を必要とする基礎医学の研究者への道は断念したものの、そのような障害を見事に克服して立派な疫学者として大成された方がおられることを知っています。私などは単純に病気になってから慌てるよりは予防の方が大事だと信奉して、「白衣を着ない医者」の道を選びましたので、誰も言ってくれないのですが、希少価値のある医者の一人ではないかと自負しています。

 すでに、これまでも折にふれてお話してきたと思いますが、疫学という学問は、まず、病気の実態を把握して、その発生原因を解明すること(統計的な手法をフルに活用することから、「統計主義」に陥るという批判をうけることも往々にしてありますが)を経て、その病気の予防に貢献することを目的にしています。基礎医学を基盤にしている臨床医学が、患者の治療と健康の回復を目的にしているのと対比されます。短絡して言うなら、疾病予防の基礎科学が疫学であるといってもよいでしょう。

 予防は、次の3つに区別するのがふつうです。

 @ 第一次予防 

 本来、疾病の発生原因を究明して原因そのものを除去することが理想です。急性伝染病のコレラを予防するには、コレラ菌で汚染された水の供給を止めることで解決されましたが、実際には多くの疾病は原因不明のままであったり、単一の原因が特定できない場合の方が多いし、また、たとえ原因が分かったとしてもそれを取り除くことが常に可能とはかぎりません。一例を挙げますと、肺がんの危険因子の筆頭に上げられる喫煙習慣も、貧困者層の方がなかなか改善し難いという現実があります。

 A 第二次予防 

 いわゆる「早期発見、早期治療」のことで、わが国でかつては国民病といわれた肺結核を制圧するために、行政が行った集団検診方式の予防対策がこれでした。その成功が国際的に高く評価されたせいか、今日でも予防と言えば、いまだに早期に発見して早期に治療を受けることだという考え方は根強いと思います。

 比喩的に、第一次予防は、「火の用心」による「出火予防」であり、第二次予防は、「初期消火」による「全焼・延焼阻止」のことだと分かりやすく説明している学者もいます。

 B 第三次予防

 すでに疾病に罹患してしまった患者を対象にして、適切な治療と管理指導により疾病の悪化防止と合併症や続発症の発生を防止することです。また、障害による生体機能の損失と生活・生命の質(QOL)の低下を最小限に防止して、社会復帰を図るものです。この考え方は予防の概念をリハビリテーションの領域まで拡張したものと言われています。

 今ではすっかりお馴染みになった「生活習慣病」は、1956(昭和31)年から公式に使用されるようになった「成人病」とともに、元々医学プロパーの言葉というよりは、厚生労働省が提唱した行政用語です。日本語の成人病をそのまま「アダルト・ディジーズ」と直訳すると、アダルト映画と同じ響きがあってアメリカ人から失笑を買ったというウソのようなホントの話もあるくらいです。

 全国各地に成人病センターが開設された当時は、加齢にともなって罹患率や死亡率が高くなることに着目した疾患群(脳卒中、がん、心臓病に加えて糖尿病、腎臓病、肝臓病なども含められた)をいわゆる成人病と呼び、中高年層に検診を受けることを勧奨するによって、早期に成人病を発見して対処しようという、「第二次予防」対策のイメージが強かったのです。これに対して、1996(平成8年)12月に行われた公衆衛生審議会の意見具申によると、「生活習慣病」(英語では、life-style related diseasesです)は生活習慣が大きく影響して発生する疾患群としてとらえた概念で、子供の頃から良い生活習慣を保ち、青年期と中高年期には生活習慣の見直しと改善によって、疾病の発症を予防しようとする「第一次予防」の考え方に立っています。

 成人病も生活習慣病もともに、その概念に含まれる疾患群については、@いずれも年齢あるいは不適正な生活習慣の積み重ねにより発症・進行する慢性疾患であること、Aその発症には複数の生活習慣要因が大なり小なり関与すること、などの共通点があり、両者に含まれる疾患は重複するものが多く、2つの言葉を合成して「生活習慣(成人)病」と呼ぶ人すらいるくらいです。ちなみに、日本で最初に、「習慣病」という言葉を使ったのは、92歳を超えても活躍中の現役医者、日野原重明・聖路加国際病院理事長だった(1978年)そうです。

 日本の社会にとってアメリカの影響の大きいことも度々触れてきました。アメリカ政府の公衆衛生長官が1979年に1つのリポート Healthy People を発表しましたが、そのなかで、1970年代のアメリカ国民の10大死因のうちの7つまでは、慢性退行性疾患(成人病)であり、5つの生活習慣(5 habits)、すなわちダイエット、ノー・スモーキング、エクササイズ、アルコールと降圧剤の使用、この5つを改善することによって、死亡率を減少させることができると言っています。

 しかも、その死亡率改善の寄与度を計算して、4つのファクターのうち、ライフスタイルの貢献度がダントツで、遺伝的・生物学的要因や環境要因をはるかに上回り、医療システムの貢献度は最低だったとしています。

 つづいて、1983年に公刊されたブレスロウ L.Breslow らの「健康と生活様式」は、公衆衛生長官のリポートを全面的に支持する研究でした。カリフォルニア州アラメダ郡の住民を対象にしたコホート研究の成果から、つぎに掲げる有名なブレスロウの「7つの健康習慣」という結論を導き出しました。

 1 適正な睡眠時間(7〜8時間)をとる

 2 喫煙をしない

 3 適正体重を維持する

 4 過度の飲酒をしない

 5 定期的にかなり激しいスポーツをする

 6 朝食を毎日食べる

 7 間食をしない

 これが、第一次予防かとがっかりされた向きもおられましょう。なるほど、ニューヨークの保険医学者・ガジェウスキー J.Gajewski も、「私たちが、子供のときにお母さんから言われたと同じことだ」と茶化しているくらいです。そうです。第一次予防は、すごく簡単な生活習慣を維持することで達成できるのですが、どのようなライフスタイルを選択するかは1人1人の個人に決定権があると同時に、その責任も問われることになります。

 ロンドン大学・衛生学教授であった、故・ローズ J.Rose はその著書「予防医学のストラテジー」のなかで、こんなことを言っています。「生活習慣をより健康的にするには、個人的にも費用がかかります。もし、私が自分への健康に際限なく投資できるとしたら、日本食を毎日食べるでしょう。なぜなら日本人は世界でもっとも長生きしているかです。それはよい考えなのですが、英国で毎日高い(ロンドンのレストランで供される)日本食を食べていたら生活は大変になりますし、自分の健康にそこまで投資できるとは思えません」

 つまり、予防にも優先順位を考えなければならないと言っているのです。予防の易しさと難しさが少しでもご理解いただけたでしょうか。

                                           (2004年8月4日)

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