ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.22 コレステロールと上手に付き合う法(7)
コレステロール元凶論に立ち向かう「五人衆」
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 いまや「コレステロール元凶論」全盛の時代だそうです。この説だけが唯一の真実だとして流されるマスコミの情報洪水のなかで、一般の方々はいまにも溺れそうになっています。このような風潮のなかで、少数派ながら敢然としてこれを真正面から批判している勇気ある「五人衆」がおられます。もちろん、私が勝手にそうお呼びしてしているだけなのですが。

 いずれも専門家の医師で、一般読者のために販売している単行本によって自説を公表されています。その先生方のお名前と著書は次のとおりです(年齢順、敬称略)。

長谷川元治 (1933年生まれ、東邦大学医学部名誉教授・元臨床生理機能学部長)
「日本人よ コレステロールを恐れるな」
(主婦の友社、1998年刊、ただし現在は絶版) 
柴田 博 (1937年生まれ、桜美林大学大学院老年学教授、元東京都老人総合研究所・副所長)
「中高年 健康常識を疑う 第一章老人の健康常識の嘘」
(講談社、2003年刊) 
浜 六郎 (1945年生まれ、医薬ビジランスセンター・理事長)
 「下げたら、あかん! コレステロールと血圧」

(日本評論社、2004年刊)

浜崎 智仁 (1947年生まれ、富山医科薬科大学、和漢薬研究所臨床科学研究部門・教授)
「コレステロールは高いほうが長生きする」
(エール出版社、2003年刊)
近藤 誠 (1948生まれ、慶応義塾大学医学部放射線科・専任講師)
「成人病の真実 第二章コレステロール値は高くていい」
(文芸春秋、2002年刊)

 私の個人的な意見も交えながら「五人衆」のお考えのサワリを順次ご紹介してゆくことにいたしましょう。

 まず、長谷川名誉教授は動脈硬化(といっても一筋縄ではないことは前にも触れました)の原因を、コレステロールだけに特定することはできないと大胆な反論を行います。最初に、コレステロール元凶説の根拠になった、ウサギに大量のコレステロール食を与えて動脈硬化を作ったというアスニコフの実験の間違いを指摘し、返す刀で、ラッセル ロスの「内皮細胞傷害説」(簡単にいうと、血中のLDLコレステロールが内皮細胞の隙間から侵入することが動脈硬化発生のきっかけだとする説)も、原因というよりは結果を見ているに過ぎないとし、自らが発見したという内皮細胞のすぐ上にタンパク質で出来た膜の存在が重要だと主張されます。私は、ウサギの実験はともかく、ロスの説まで否定し去ることには逡巡してしまいます。

 しかし、血中コレステロールは測定できても、それが直ちに動脈硬化の程度を表しているものではないとする彼の考え方には共感しますし、彼が開発した「大動脈脈波速度法(PWV法)」(大動脈弁口部(心臓の出口)で発生する振動が大動脈壁を伝わる速度の測定によって、大動脈の動脈硬化の進行度を診断することができるとするもの)は、心電図と同じくらいの簡便さで測定できて、費用も公的保険がききます。長谷川らは、200万人もの健康診断・受診者について、この診断法による動脈硬化の程度とコレステロール値との間に関連はなかったとしています(読売新聞2003年9月9日)。海外における長谷川の業績に対する評価は寡聞にして知らないのですが、日本人の開発した診断法(PWV法)による動脈硬化学説こそ、まずわが国の専門家が十分吟味し、再評価すべきではないかと思います。

 つぎの柴田教授のことは、すでにこの「ひとり言」にご登場願ったことがあります(「いまどきの老人はお元気?」)のでご記憶があるでしょう。彼は、自ら取り組んできた小金井市や戸田市の疫学調査の結果を基に、早くからコレステロール元凶説批判の急先鋒でした。日本人の疾病構造の特徴を無視して欧米の専門家がつくったガイドラインを安易に導入することは乱暴であり、「コレステロール対策は緊急の課題」などというのは脅迫であるとまでと言っておられます。彼は老年病疫学の専門家ですが、日本人のニーズに合った研究を、というバックボーンがはっきりしています。さらに個々の死因ではなく、常に総死亡率に着目していることも彼の研究の特色です。たまたま生命保険業界にいた小生も、死亡差益は総死亡率から生じると言う点で彼と共通の基盤に立っていたことを思い出します。

 彼の都老研・副所長退官のときに行った記念講演のタイトルが、「コレステロールとの格闘」だったというのですから、このことだけでも実に息の長い芯が通った研究者だということがわかると思います。最近も文芸春秋7月号に、「中高年は肉を食べなさい 脳卒中やうつ病を予防する肉食が長寿の秘訣」という対談を掲載されていますので、わが意を得たりとニヤリとしてご覧になった方もおられましょう。

 3番目の浜理事長のコレステロール論も年季が入っています。彼は、別府宏圀とともに早くから日本の薬害問題と取り組んできた先生です。彼の著書の帯広告には「薬の害に日本一くわしい医者」と書かれていますが、彼の薬害研究の出発点となったのは、初期のコレステロール低下剤コラルジルの服用者から肝臓障害や血液病が発生して死亡するという事件だった、といいますから半端ではありません。その後もフィブラート、コレスラミン、プロブコール、そして現在のスタチン剤に至るまで、コレステロール低下剤開発の歴史は、失敗と薬害の歴史だったとも言い切っています。五人衆のなかでも、日本動脈硬化学会の「診療指針(ガイドライン)」について、もっとも厳しい批判をしているのが彼です。

 彼は著書のなかで次のように言っています。多くの臨床現場の医師が、医学界の権威がつくったガイドラインを根拠として診療に当たるのは当然のことで、従来からガイドラインは一貫して「220ミリ以上」のコレステロールは下げるべしとされてきました。心筋梗塞死亡率が日本よりはるかに高い欧米でさえ240ミリ以上が基準なのだから、日本人にとって220ミリはきつすぎるのではないかという議論がこれまでにも何度かありました。

 2002年5月に改定されたガイドラインでも220ミリ以上を高脂血症とする基本は変わらなかったのですが、基準とは別に危険因子別の「管理目標」が新たに設定され、危険因子が全くない場合の管理目標を「240ミリ未満」としました。一見基準が甘くなったかに見えるので、「学会が基準を変更した」と思った人も少なくないようです。しかし、男性45歳、女性55歳以上は、年齢自身が危険因子の一つになっていますので、実質的に管理目標が220ミリ未満であることに変わりなかったのです。何が何でもコレステロール低下剤を使わせようとする意図が見え見えだとしか言いようがありません。ご関心がありもっと詳細に知りたい方は、浜が学会あてに出した質問状とその回答を「医薬ビジランスセンターのHP」の目次から入ってご覧ください。(http://www.npojip.org)

 4番目の浜崎教授の著書が出版されたのは2003年11月で、その直後から週刊朝日の特集記事シリーズが始まりました。12月19日号のトップ記事がそれで、タイトルは「コレステロール 『高い方がいい』説の衝撃 脂質栄養学の専門家が問題提起」となっています。コレステロールは高い方が長生きするという彼の考えは、他の先生方と共通した疫学調査の結果から出ているのですが、食事療法についての彼の見解はとくに興味深いと思います。いわく、卵の摂取が冠動脈疾患に影響があるという研究は世界的にも例外で、大部分は影響がないことを示しているとか、コレステロールがどれだけ含まれているかで食品を選ぶことは無意味であるとか、さらに、これまで良いとされてきたリノール酸(植物性の油に多く含まれている)は、日本人にとっては逆に危険だとさえ言っています。皆さんのなかにも、動物性のバターは控えて植物性のマーガリンを使い出して随分経っているという方も多いのではないでしょうか。

 ちょっと脂質栄養学の専門用語で恐縮ですが、生命維持に必須な油としてリノール酸(n6系)とα-リノレン酸(n3系、これからエイコサペンタエン酸EPAやドコサヘキサエン酸DHAが合成されます)があり、魚を食べる習慣を持つ人が少ない欧米人には、元々α-リノレン酸の摂取が不足気味です。そこで、リノール酸の摂取を推奨するのは、α-リノレン酸の油も同時に摂れる利点があるからです。日本人の場合、元々魚をたくさん摂っているのでわざわざリノール酸を多く摂る必要はありません。むしろ過剰摂取になることの方が危険ではないかという疑問を提起しているのです。

 最後の近藤講師は、「患者よ、がんと闘うな」(文芸春秋読者賞)など一連の著作でつとに有名な先生です。恐らく私のいう「五人衆」のなかではもっとも知名度が高いのではないかと思います。しかし、彼はがんの放射線治療の専門家ではないか、と首をかしげる方もおられましょう。そうです、元々彼は、乳がんに対する乳房温存療法のパイオニアとして高い評価を受けているがん治療学者ですが、それに止まらず患者の立場に立って、広い分野にわたる医療の情報公開を積極的にすすめるパイオニアでもあります。一方で、医学、医療界からは無視され孤立を強いられるという宿命も背負っておられます。彼の「コレステロール値は高くていい」は、最初、文芸春秋2001年6月号に掲載されていますので、週刊朝日や読売新聞のコレステロール・シリーズより余程早くから批判をしておられるのです。内容はB〜Dの先生方とほぼ同じ論調です。

 何を隠そう実を言うと、以上の著書は「ひとり言」でコレステロールのことを書くのに参考にした、言わばタネ本だったのです。これらのタイトルはどれをとっても、過激すぎていかにもジャーナリスチックなのを気になさる方もおられましょう。しかし、その内容はというと、大変冷静かつ論理的に、明快な議論を展開しておられます。傾聴すべき主張がたくさん盛り込まれていることを重ねて強調させていただきます。

                                           (2004年7月7日)

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