ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.21 コレステロールと上手に付き合う法(6)
日本人のコホート研究だから分かったこと
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 コレステロールが虚血性心疾患のリスク・ファクターだということを見事に証明してみせたのが、前回のフラミンガム・スタディでした。平たく言うと、血清コレステロール値が高くなればなるほど心筋梗塞や狭心症を引き起こしやすくなるということです。 しかしだからと言って、コレステロールは虚血性心疾患を発症させる唯一の元凶だという短絡的な理解から、コレステロール値は低い方がよいとか、何が何でも下げねばならないといった「思い込み」が強くなるのは困るのです。

 ある特定の病気の専門医になると、その病気のことしかアタマになくて周りや大きく全体像をつかむことができなく方がいないでもありません。私は以前、ある糖尿病学者に糖尿病患者の死因のトップががんだと申し上げたら驚かれたことを経験したくらいですから、古くからいわれている「木を見て森を見ず」になってはならないのです。

 今回は、フラミンガム・スタディをお手本に同じ研究方法を採用した、コレステロールと死亡率に関する日本人を対象とした4つのコホート研究をご紹介する(発表年次の順)ことにしましょう。ここでは、日本人の三大死因である、がん、心疾患、脳卒中、それぞれの死亡率とこれらを含めた全死因死亡率の動向を見てまいります。

 お断りしておきますが、私は死亡率が低いことイコール健康だとは決して考えておりません。コホート研究における「エンド・ポイント」を何にするかは研究デザイン上の大問題なのですが、そもそも生死や死因を確認すること自体、大変な経費、労力、スタッフ、そして時間を要するうえに、今日ではプライバシー問題にも慎重な配慮が必要です。調査期間中の対象者の健康状態そのものを把握することが理想でしょうが、これはまさに至難の業です。そこでエンド・ポイントとして死亡を選ぶ研究が圧倒的に多く、手っ取り早く死亡率を指標にして議論をして行くことになります。

 A 「1980年循環器基礎調査」追跡調査報告(1995年)

  (NIPPON−DAT80《高齢者の非感染性疾患とその動向に関する
    総合的前向きプロジェクト》と通称されています)


 この研究は、厚生省(当時)が10年に一度、全国300ヶ所から無作為に抽出した人に実施している総合検診の横断的調査を出発点として、滋賀医科大学・上島弘嗣教授が率いる研究グループが、その受診者約1万人を、14年間にわたって追跡調査したものです。生活習慣病や要介護状態の原因や予防方策を明らかにすることを目的にしていて、現在も継続中の大プロジェクトです。余談ですが、上島教授はこの研究成果を基礎にして、厚生労働省の「健康日本21」の策定にも大きな貢献をされ、昨年11月には、京都新聞大賞「文化学術賞」を受賞されました。


 B 福井市老人保健法検診の追跡調査(1997年)

 福井市が1986〜89年に行った老人保健法による検診受診者合計約3.7万人(実人数約2.6万人)を5年間追跡して、総死亡率を検診時のコレステロール値別に比較検討したものです。発表者の白崎昭一郎・福井保健所長(当時)は、この論文に「高コレステロールと肥満は良くないか」という副タイトルをつけられ、肥満に関しては私と同じ見解を述べておられるのが興味深いと思います。もう一つ、余談ですが、白崎先生は歴史学者でもあって、「森鴎外 もう一つの実像」という著作もあり、鴎外の脚気研究の欠点を明らかにしておられます。


 C 大阪府八尾市住民検診の追跡調査(1997年)

 大阪府立成人病センター集団検診部が八尾市の住民約1万人を検診して、その後約11年間追跡したコレステロール別死亡率の研究です(日本疫学会学術総会で内藤義彦・現武庫川女子大学教授が発表)。


 D 茨城県老人保健法・基本検診受診者の予後調査(2001年)

 筑波大学の嶋本喬教授(当時、現・大阪府立健康科学センター所長)、磯博康教授らのグループと茨城県との共同研究で、県内38市町村の平成5(1993)年度基本健康診査受診者約9.7万人を対象にして、各市町村の同意を得て受診後5年間の生命予後追跡を行った研究です。

 これら4つのコホート研究の成績に共通しているのは、コレステロール値別にみた全死因死亡率(総死亡率とも言います)の動向が、いずれもコレステロール低値群で死亡率が高く、コレステロール値の上昇とともに低下する傾向にあることです。恐らく、皆さんは逆の傾向があるだろうと予想されたのではないでしょうか。

 詳細なデータは学術原著論文に譲るとして、参考までに各研究で示された最低死亡率のコレステロール値(mg/dl、以下単位は省略)は次のとおりです。

 A研究=246−259(7区分のうち上から2番目)

 B研究=251以上(5区分のうち最高値)

 C研究=240−279(5区分のうち上から2番目)

 D研究=240以上(6区分のうち最高値)

 ご自分のコレステロール値と比べて、随分高いレベルのところに最低死亡率があることにお気付きでしょうか。もちろん、この数値の方々が直ちにもっとも健康で長寿だと決め付けようとしているわけではありません。非感染性の慢性疾患の原因は単純ではなく、複雑な多要因が絡み合っているからです。

 次にお目当てのコレステロールと虚血性心疾患の関係は、予想通りいずれの研究も右肩上がりの傾向でコレステロール値とともに虚血性心疾患死亡率は上昇しています。つまり、フラミンガム・スタディの結論と相違はありません。脳卒中は低コレステロールで高く、高コレステロールでも高い、いわゆるU字型を呈するものが多く、かつて小町チームが明らかにした傾向を裏付けています。

 では、総死亡率が右下がり傾向となった原因はと言いますと、がん死亡率がきれいな右下がり傾向だからです。全死因中最大の死因占率を有しているがんの影響をもろに受けているからに他なりません。なかには、がんは検診時には発見されず、隠れていたために低コレステロールになっていたのではないかという反論もありそうですが、A研究、C研究では、それぞれ調査開始後の5年間、2年間の死亡データを除外して計算されていますのでその影響はないと考えられます。

 なおB研究を除く3つの研究の中心にいた方々は、いずれも日本人の脳卒中とコレステロールの関係を明らかにした小町喜男・筑波大学名誉教授とご一緒に研究されたお仲間、あるいはお弟子さん達だったことも付け加えておきましよう。

 要するに、虚血性心疾患の発症、死亡率が国際的にみて、まだまだ低い水準に留まっているわが国の場合、コレステロールを怖がって直ちにコレステロール低下剤を服用することは、考えものだということになります。また、日本人の病気のことは、日本人を対象にした研究でなければならないという私の持論は間違っていないと思うのですがいかがでしょうか。

                                          (2004年6月16日)

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