ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.19 コレステロールと上手に付き合う法(4)
「低コレステロール」は脳卒中の危険因子です
(世界初の研究成果)
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 「ヒトは血管とともに老いる」とか「動脈は加齢とともに硬化する」というのは、誰が最初に言ったのか知らないのですが、まさに老年医学の名言です。たしかに手の甲に増えたシワや青く浮き出た血管(もちろん静脈ですが、基本構造は動脈と同じで3層の膜から出来ています)をじっと見詰めて、己の老化を実感される方も多いのではないでしょうか。

 コレステロールがいまほど有名になるずっと以前から、老化現象としての動脈硬化はよく知られていました。生涯にわたって数十億回も血液の拍動を経験する血管ですから、機械的にみても、一種の磨耗故障の結果が動脈硬化だと言えないこともありません。

 しかし、朝鮮戦争やベトナム戦争の際に戦死した若いアメリカ兵士の検死解剖の結果、若年齢にもかかわらず心臓の冠動脈に動脈硬化性病変を生じていたことに、当の検視官だけではなく、世界の医学界に大きな衝撃をもたらしました。これがきっかけになって、一挙にコレステロールが動脈硬化の主役に躍り出たといってもよいでしょう。

 さて、この動脈硬化ですが、文字通り動脈壁が肥厚し硬くなり弾力性を失っていることにその名が由来していると言っても、実は一筋縄では行かない代物なのです。「動脈硬化」イコール「動脈硬化症」というほど単純な関係でもありません。

 分かりやすい例として、血圧測定のときの上腕動脈や脈拍数を数える手首の橈骨(とうこつ)動脈が、どんなに硬く触れたからといって、直ちに指へ送られる血液が不足して障害をおこさないのですから、病気とは言えません。さらに、ある組織へ行く1つの動脈が完全に閉塞して血流がなくなるようなことがあっても、お互いに枝を出して連絡し合っている別の動脈から血液の供給を受ける仕組み(副血行路)もあって、支障をきたさないように出来ています。まことに造化の妙というしかありません。そこで、動脈硬化を基盤として発症する代表的な病気である脳卒中や心筋梗塞は、その徴候が出現した時点では、すでに動脈硬化がかなり重篤な状態に進行していると考えてよいのです。「サイレント・キラー」と呼ばれるのも一理あります。

 ここで、動脈硬化を病理学的に、もっと平たく言いますと顕微鏡標本の所見で分類すると、@粥状(じゅくじょう)硬化(アテローム硬化)、Aメンケベルグ硬化、B細動脈硬化の3つになります。

 これらのうち、@の粥状硬化がもっとも有名で、ふつう動脈硬化というとこのタイプを指すくらいで、おそらく皆さんがお考えの動脈硬化はこれのことです。冠動脈、脳動脈、腎動脈、四肢の動脈などの筋性動脈に起こり、動脈の「内膜」(血管の血液が流れている内側の膜)への脂肪、とくにコレステロール(エステル)の沈着、細胞の増殖、繊維性肥厚などの顕微鏡所見が認められ、主として脂肪の沈着により粥状の外観を呈することからこのように名付けられましたが、動脈硬化の進展により脂肪斑→繊維斑→複合病変と連続的に進行してゆくと考えられています。その発症、進展のメカニズムについては、血管内皮細胞の障害を出発点とする動脈硬化学説がもっとも有力でコレステロール悪役説の根拠となっています。

 Aのメンケベルグ硬化は聞きなれないと思いますが、大動脈や比較的大型の筋性動脈(その代表は大腿動脈)の「中膜」が壊死巣を形成して、輪状に石灰化を起こす病変です。私も今年受診した人間ドックのエコー検査で、腹部大動脈石灰化像を見つけられたので他人事ではありません。この病変だけでは動脈内腔に著明な狭窄を起こすことはありませんが、動脈瘤(破裂)の原因にはなります。

 Bの細動脈硬化も一般の人には馴染みが薄いにもかかわらず大変重要なのです。直径が100ミクロン以下の細動脈壁に硝子化、平滑筋細胞の増殖と、それによる内腔の狭窄ないし閉塞を主徴とするもので、フィブリノイド壊死とも呼ばれる病変です。高血圧の人の脳や糖尿病患者の腎臓の細動脈には、ごくふつうによく認められる病変です。

 動脈硬化のあらましをご説明したうえで、日本人について、動脈硬化を基盤とするいわゆる退行性循環器疾患、その代表は脳卒中と虚血性心疾患ですが、その発症要因を追及した日本人独自の世界に誇るべき疫学的研究をご紹介しましよう。

 1960年から開始された、大阪府立成人病センターの小町喜男(のちの筑波大・名誉教授)らが実施した、大阪と秋田における地域と職域の栄養問診を含む循環器検診による横断的な調査(検診システムの技法確立がなされたことは云うまでもありません)の結果、まず、脳卒中の発生は高血圧者群で高く、しかも血清総コレステロール値の低い農村において高率であったこと、一方の虚血性心疾患の発生は、いずれの地域においても明らかに脳卒中よりも低率であるが、その中では生活習慣の都市化の進んでいると考えられる職域の管理職群が、より高率である(といってもアメリカよりもはるかに低い)ことが認められたのです。

 当時、臨床研究等(保険医学の成績も無視できません)を通じて、高血圧が脳卒中の発生要因として重要な役割を果たしていることは判っていましたが、コレステロールについては、欧米における虚血性心疾患の疫学的研究成果を鵜呑みにして、「高コレステロール血症が脳卒中の発症に関与するのが当然」とする医学界の「常識」が根強くて、当初は小町らの研究成果は容易に受け入れられませんでした。

 小町らは、さらに、本格的なコホート研究による縦断的な調査を実施し、同時に、生化学・病理学的な技法やコンピュータを駆使した多変量解析の手法も疫学的研究に導入することにより、わが国の脳卒中とくに脳出血の発症には、高血圧とともに、「血清総コレステロール値」の低い状態が関与していることをに明らかしたのです。公表されたのは30年前の1974年のことです。

 現在では、この脳卒中とコレステロールとの関係について、低コレステロールの方が危険要因となるという研究成績は、世界中で承認されています。オリジナリティの少ないと言われる日本人の研究のなかで、まさに金字塔とも言うべき疫学研究(柴田博『新潮45』2004年5月号)が実ったのでした。

 今日では、脳卒中の発症について、高血圧が持続的に強く作用し、これに「低コレステロール血症」が加わると、Bの細動脈硬化になり、ア)進行した血管壊死の部位が破綻すると脳出血、イ)幸い破綻を免れても血管壊死の修復機転として血栓形成が起こり穿通枝系動脈領域に多発するラクナ梗塞、一方、ウ)高血圧に「高コレステロール血症」が関与すると、比較的太い脳動脈に@の粥状硬化を引き起こしてアテローム血栓性脳梗塞が、それぞれ発症するという3つの成因が広く認められるに至っています(小町チームの一員、小西正光・愛媛大教授の「脳卒中の成因」学説)。

 コレステロールといえば動脈硬化と短絡的に考えている人が多数派ではないかと思います。しかし、ことほどさように簡単でないことがお分かりいただけたでしょうか。

 しかも、影響力の強いアメリカ医学の成果を直輸入するのではなく、先入観なしに地域、職域にきちんと地に足をつけた自前の疫学研究なしに、真実の解明は出来ないことを実証した小町らの業績を高く評価したいのは私だけではないはずです。

                                          (2004年5月19日)

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