ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.18 コレステロールと上手に付き合う法(3)
「善玉」コレステロールと「悪玉」コレステロール
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 お母さんの母乳、とくに初乳に沢山のコレステロールが含まれていることをご存じでしょうか。前回の卵黄と同じく新生児(雛鳥)の細胞や神経組織の発達になくてはならない栄養源だからです。

 これほど重要な物質であるコレステロールは、カラダの中でどのように吸収され、作られ、運搬され、排泄されるのでしょうか。この話はそれほど簡単ではなく、かなり専門的な生化学の知識を必要とする複雑な代謝機構のことだからです。もちろん、いまだ解明されていない部分も多い(正直にいうと私にも説明できません)のです。分かりやすくするために大胆に割り切ってお話をすすめます。

 まず、コレステロールはビタミンやミネラルとは違って、食事として口から摂取しなくとも、体内で、成人の場合には主として肝臓で、糖質、脂質、たんぱく質からちゃんと合成することができます。重要なだけに供給の安全確保がなされていると言ってよいでしょう。よくご存知の禅宗の修行僧はほとんど動物性の食品を口にしませんが、宗教活動を伴う日常生活が立派にできますので、何よりの証拠となっています。

 普通の人では、食事由来のコレステロールは5分の1から4分の1と言われ、残りは肝臓で自前調達をしているのです。

 さて、血中のコレステロールの動きは大変ダイナミックです。その前に、コレステロールをはじめ、中性脂肪、リン脂質、脂肪酸などの血清脂質は水に溶けないので、小腸や肝臓で合成された脂質を全身の隅々の細胞まで運搬するためには、「リポ蛋白」というボール型の水になじみやすい構造になる必要があります。これは脂質が「アポ蛋白」と結合したもので、アポ蛋白の内側には脂質と結合しやすい部分があり、外側には水によく溶ける部分があるので、脂質を包み込んで水溶性となっています。分かりやすく脂質を離したアポ蛋白は荷物を積んでいないトラック、脂質と結合しているリポ蛋白は荷物を積み込んだトラックに譬えている人もいます。

 このトラックに主要なものが4種類あります。大きいものから順番に、@カイロミクロン、A超低比重リポ蛋白 Very Low Density Lipoprotein VLDL、B低比重リポ蛋白LDL、C高比重リポ蛋白HDLです。大きいといっても@の直径が1000〜80nm(ナノメータで1000万分の1センチ)、Aが75〜30nm、BのLDLが22〜19nm、CのHDLが10〜7nmですから、いずれも電子顕微鏡でやっと写真が撮れるくらいの大きさなのです。

 大きさが小さくなるにしたがって比重は、@の0.96以下から、Cの1.063〜1.210まで順に重くなってゆきます。それは比重の軽い中性脂肪を多く含んでいる @カイロミクロン(約90%)から順次、中性脂肪を放出してゆきAVLDL、BLDLになりますので、大きさが小さくなると同時に比重も重くなるのです。

 これら4種類のリポ蛋白を簡単に説明すると次のとおりです。

 @は、食事で摂った脂肪を消化吸収して小腸で合成され、吸収した中性脂肪や脂溶性ビタミンを腸管から肝臓や末梢組織へ運搬しています。12時間以上絶食しますと血液中から消えます。人間ドックで、前夜8時からは何も食べないよう指示されますが、翌朝にはカイロミクロンはなくなっているので、「検査時」の数値がないというわけです。

 Aは、肝臓で合成され、その役割は肝臓で合成された中性脂肪とコレステロールを末梢組織へ送ることです。その際、血中のリポ蛋白リパーゼの働きで中性脂肪がどんどん分解され放出されて小さく縮んでゆくと同時に、その量も減ってしまいます。その最終段階としてBのLDLができますが、4つのうちではもっとも多くコレステロールを含んでいます(40〜50%)。細胞に到達したLDLは丸ごと取り込まれて利用されるのです。しかし、LDLには細胞で余剰になったコレステロールを回収する働きがありません。

 CのHDLは肝臓でできた当初は、未熟HDLと呼ばれる円盤状の構造をしていて、中性脂肪もコレステロールもほとんど含んでいません。これは末梢組織や血管にたまった過剰なコレステロールを取り込んで大きくなって球状構造になり、肝臓に運び込む働きをします。肝臓に戻ったHDLは胆汁の原料になり腸管内に排出されますし、同時にホルモンなどの材料として再利用されます。

 したがって、4種類のリポ蛋白のうち大事なのはLDLとHDLですが、ともにコレステロールを運搬するトラックの働きをしていて、LDLによって運ばれるコレステロールを「LDLコレステロール」、HDLによって運ばれるのを「HDLコレステロール」と呼んでいます。トラックの荷台に相当するアポ蛋白に違いがありますが、積んでいるコレステロールは同じもので、「善いコレステロール」と「悪いコレステロール」といっても、別に異なった2つの物質があるというわけではありません。

 くどいようですが、コレステロールを運搬するトラックに善玉とよばれているHDLと、悪玉と呼ばれるLDLの2種類あるということです。LDLもコレステロールを末梢組織へ運搬する主役のはずなのに、余剰のコレステロールを元の肝臓へ戻す働きがないだけで、悪役にされているのです。

 コレステロールを運搬しているトラックにいくつもの種類があり、主要なものを2大別して、<good>と<bad> cholesterolと呼ぶようになったのは、もちろんアメリカで1977年頃からだそうです。

 これをわが国のマスメディアでは、医学・医療報道のなかで、「善玉」、「悪玉」と翻訳して使うようになります。もともと、HDL、LDLは専門用語で、これ自体は大衆化した言葉では全くなかったのですが、善玉、悪玉になぞらえることで様相は一変してしまいます。マスメディアにおける「コレステロール報道」を、文化社会学のテーマとして研究している松山圭子(東大・先端科学技術センター)は、三大新聞の科学記事を分析してこの譬え表現が定着してゆく過程を明らかにしています。

 1980年代にはマスメディアも「良い」、「悪い」コレステロールとか、「良い子」、「悪い子」という表現を使っていたのですが、それらよりは「善玉」、「悪玉」という江戸時代の草双紙以来の芝居や読本での役回りを意味する言葉が人体内の物質に当てはめる表現の方が普及して、「コレステロール」言説大衆化の源になったというわけです。

 マスメディアでHDL、LDLという表現が使われていても、その初出部分から善玉のHDL、悪玉のLDLとして紹介され、HDLを上げLDLを下げる食事、運動、薬が推奨され、HDLを下げLDLを上げるそれらが禁じられるというパターンが繰り返されると、勧善懲悪の印象が残ることになる、とも言っています。

 また、善玉、悪玉という言葉を使うことによって、健康法言説の奇妙さが明確に示されることがあります。つまり、カラダにいいことをしているのに善玉が減ったとか、カラダに悪いことをしているのに善玉が増えた、逆に善玉が減ったのに健康になったとか、善玉が増えたのに不健康になったとかいう奇妙さです。

 本家本元のアメリカでも、「good、bad」コレステロール論というのは神話に過ぎないと言っている人もいるくらいですから、皆さんも、「善玉」、「悪玉」の本当の意味をよく理解してコレステロールと付き合っていくことが大事だということを強調しておきました。まだまだ分からないという方は、ぜひ次回もお読みください。

                                          (2004年5月5日)

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