ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.17 コレステロールと上手に付き合う法(2)
悪役どころか生命維持に欠かせない重要物質です
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 コレステロールと動脈硬化の関係は大変有名です。しかし、コレステロールとヒトとの出会いという意味では、胆石との関係の方がよほど先輩格なのです。すでに18世紀の後半には、胆石をアルコールの中に入れると、アルコールに溶ける成分があり、鱗片状の結晶として発見されたことにまで遡りますので、すでに200年以上の歴史があります。1815年になって、シェブロールによりこの結晶は胆汁中に存在して固まる物質として「コレステリン」と命名されますが、名前の由来は胆汁を意味するギリシャ語のコレと、同じくギリシャ語のステロス(固体)との合成語だったのです。

 その後、この物質について多くの研究が行われ、ヒトや動物の胆汁の中だけでなく、脳や筋肉、もちろん血液中にも、さらに卵黄の中にも多量に存在することが判ってきました。途中経過は端折りますが、1932年にウインダウスらによって、現在知られているような化学構造が最終的に確定しました。ステロールは複雑な環式分子構造〔昔、化学(バケガク)で勉強された例の亀の甲が3つ重なったものに5角形の野球ベースを1個くっつけたような形をしています〕を持つ「ステロイド核」に水酸素基−OHがついたアルコール類の一種なのです。

 なお、私のような昔医者にとっては、コレステリンの方も懐かしいのですが、これはコレステロールと全く同一物質のドイツ語読みです。

 さて、胆石の成分になるくらいで、どうやら水に溶けない物質ということは分ります。では、ヒトの体内にどれくらいの量あるかですが、全部で120〜150グラムくらいといわれています。もっとも多く含まれている臓器は脳で、全体の22%、次いでほぼ同じくらいの第2位は、脂肪組織を含む結合組織で、22%、第3位が筋肉で21%となっていて、この3者で全体の65%までを占めています(数値はいずれも板倉弘重・元国立栄養研究所部長による、以下のカッコ内の数値も同じ)。

 ついでに第4位以下は、皮膚(11%)、血液(8%)、骨髄(5%)、肝臓(4%)、消化管(3%)の順です。以上第8位までの臓器で96%を占めていることになります。残りのうち、重要なのは副腎で腎臓の上に帽子のように乗っかっている大変小さな臓器ですが、ここにも大量のコレステロールが含まれているのは、ここでコレステロールに関連するホルモンの合成が行われているからです。

 皆さんが人間ドック検査などでお馴染みの血清総コレステロールの基準値は、1dl(デシリットル、100ccのこと)中、130〜219mg(ミリグラム)とされていますから、仮に体重65キロで、200mgあったとして、血清中のコレステロール総量は10グラムそこそこということになります(血液を体重の13分の1とみての計算)。有名なわりには随分微量な物質だと感じられたのではないでしょうか。

 量のことが少しわかりましたので、その働きをみてまいりましょう。

 われわれヒトのからだは、細胞が集まって出来ています(総数60兆といわれています)が、コレステロールはこの細胞の生体膜の一部を構成しているのです。細胞をレンガ作りの家にたとえると、家の壁にあたるレンガはコレステロールとリン脂質(中性脂肪の一部の脂肪酸がリンの化合物で置き換えられたもの)で作られています。

 とくに、脳や神経細胞に大量のコレステロールが含まれているのは何故かというと、リン脂質よりも水になじみにくく、小さな分子の透過を抑えることができるので、コレステロールに富む生体膜は、生体の電気活動の際に移動するナトリウムやカリウムなどの透過を抑制し、電気の絶縁体の役割を果たしているからです。神経線維の重量の10〜30%はコレステロールで、ちょうど電気コードのまわりを幾重にも絶縁体が包んでいるように、ミエリンと呼ばれるコレステロールに富む生体膜が何十層にも神経の軸索突起のまわりを包んでいます。

 このように重要な働きを担っているのですが、実はコレステロールを合成するにはかなりのエネルギーが必要なので、脳の発育が活発な胎児期にはいろいろな方法でコレステロールが供給されています。たとえば、卵黄にはコレステロールが極端に多く含まれているのは、ヒナ鳥の脳が急速に発育するのを助けるために予め大量に蓄えておくからだと説明されています。

 脳、神経系統に重要なコレステロールは、また、ホルモンを製造する素材としても欠かせない物質です。われわれの世代には懐かしい「ホルモン焼き」はいろんな内臓の焼き肉料理です。ホルモンを作っている内臓も含まれていることからこう呼んだのでしょうが、実際に内臓にはコレステロールが多く含まれています。

その代表は、すでに述べた副腎皮質で作られるホルモンで、ステロイドホルモンと総称されています。ステロイドとは、ステロールの仲間という意味で、コレステロールの構造によく似ているのです。現在では、後からできた用語のステロイドが独り立ちして使われております。ステロイド核をもつ何十種類もの副腎皮質産生物質のうち、からだに活力を与える働きをしているのは、@蛋白質、糖質、脂肪など3大栄養素の利用に関係しているコルチゾン、Aナトリウム、カリウムなどの塩分や水分を体の中でうまく配分したり、腎臓からの排泄を抑制したりしているアルドステロン、B性ホルモンのアンドロゲン、エストロゲンの3つのホルモンが重要であり有名です。

 生体が正常な機能を営んで恒常性を保つためには、神経系統とホルモン調節の2つのコントロールシステムが大事です。この2つのシステムに関係しているので、コレステロールはまさに生命維持に必須の物質なのです。

 3番目に重要なコレステロールの働きは消化作用です。単なる呑みすぎで嘔吐を経験された方は多いと思いますが、あの独特の黄色い胆汁の苦味(私も青春時代のほろ苦さを思い出しています)の正体は、肝臓で作られる胆汁の成分の胆汁酸です。冒頭に話しましたとおり、これまた、ヒトのからだの中でコレステロールから最もたくさん作られているものです。

 脂肪は水に溶けにくいのですが、これに石鹸や合成洗剤を入れると、細かい粒子となって牛乳のようによく水と混じるようになります。胆汁酸もこれと同じで脂肪を乳化し、腸管内で分解酵素が作用しやすくして、消化吸収がスムースに行えるようにします。胆汁酸は脂肪の消化には不可欠な物質です。同時に、胆汁酸は脂溶性ビタミン(A、E、Kなど)の吸収にも欠かすことはできません。

 コレステロールの重要性は、上の3つの働きだけをみても十分ご理解いただけたことと思います。

 それにしても、コレステロールがこれほどまでの悪役に仕立てられてしまったのはなぜでしょうか。今回は、コレステロールの物質としての基礎について触れましたが、まだまだ、お話の入り口でしかありません。追々、説明してまいります。

                                          (2004年4月21日)

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