ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.16 コレステロールと上手に付き合う法(1)
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 桜花爛漫の春本番を迎えました。各地の桜の名所は言うに及ばず、ご近所でもお花見を楽しまれたことでしょう。「花より団子」の譬え通り、有名店のはもちろん、わが家の手製であっても弁当は、お酒とともにお花見には欠かせません。第二次戦争中に続いて、終戦直後の深刻な食糧難を実体験している昭和一桁生まれの私にとって、弁当の中身が栄養豊富になり、豪華、贅沢とも言えるほどになっていることにまさに隔世の感を禁じえないのです。

 「ストレスもコレステロールも適度なら無きよりよろし鰻に山椒」。 これは日経新聞の、Sunday Nikkei歌壇(2003年10月19日)に掲載された投稿歌(茅野 三井次郎)です。選者は、「鰻に山椒」は適度なら山椒も必要なのだとの意だろうが、鰻を食べながらこんなことを考えているということであろうか、と評しています。

 鰻どころか、皆さんは、鮪の大とろ、肉汁したたるビーフステーキ、醤油漬けのイクラ、エビやカニ、タマゴも、高級志向の方ならフレンチレストランでのフォアグラやキャビア、等々を、大変美味しいと感じながらも、何時もちょっとは気にしながら召し上がっているのではないでしょうか。

(この日の俳壇には、偶然、亡くなられた故・望月直彦さんの辞世の句とも言うべき「ぼんやりと月の暈(かさ)など見ていたり」も掲載されていました。故人のご冥福を心からお祈り申し上げます)

 もともと科学用語は暮らしの中では一般になじみ難いはずです。この歌のなかに出てくるストレスもコレステロールも、戦後の日本人の生活に浸透し見事に定着した外国語の科学用語です。しかも、ともに高血圧、動脈硬化を発症させ、脳卒中、心筋梗塞にまで進展させる元凶として、嫌われ続けてきた言葉なのです。

 ここでは、生活習慣病の危険要因としてのコレステロール元凶説をほとんどの日本人が疑わず、世間の常識となってしまっている今、何故そうなったのか、本当にそうなのか、とくに今の日本人にとって本当に怖いものなのか、を検証してみようとしています。

 皆さんのなかには人間ドック検査の結果、いつも「コレステロールが高いですね」と言われたり、すでにコレステロール低下剤の内服治療を受けている方もおられましょう。かかりつけの主治医から医学的な説明を受けて納得されていたり、ご自分でもちゃんと勉強をしていて、私以上にコレステロールについて精しい方もきっとおられると思います。何しろ、知的レベルが高く、ご自分の血清・総コレステロールどころか、HDLコレステロール、LDLコレステロールについても、それぞれの測定値をちゃんと知っている国民(検診受診率はもちろん、コレステロール値の認識率はともに世界一です)だし、日常、情報洪水の中で生活しているのですから、専門家はだしの知識をお持ちでも不思議ではありません。医学知識についても専門家と一般人(素人)のギャップはどんどん埋められています。

 情報といえば、手元のPCで有名なネット検索エンジン、「ゴーグル」や「ヤフー」を使ってコレステロールだけを検索してみると、驚いたことにそれぞれ23.2万件、8.18万件もの情報が瞬時に出てきます。情報過多もいいところです。

 また、私がいつも利用している地元の浦安市図書館の検索システムで調べますと、コレステロールと題した図書は75冊もあって、そのうち本のタイトルに「コレステロールを下げる」とついたものだけで、ちょうど3分の1に当たる25冊を数えます。数多い情報のうちでもコレステロールを下げることが良いことという常識が徹底するのも当たり前と妙に感心してしまいました。

 また、整形外科医でかつ歴史小説作家の篠田達明が推理しているこんな話もご存じでしょうか。

 ルーヴル美術館の世界の名画、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」の左目の目頭にある黄色いしこり(粉瘤(アテローム)といいます)は、余分な脂質であるコレステロールが溜まってこびりついてできたもので、年齢から考えて家族性高コレステロール血症がもっとも疑わしいのだそうです。もっとも篠田先生は、ルネッサンスの天才画家の鋭い観察眼による見事な描写力に感嘆しながら、今の医者が軽視しがちな「視診」の重要性を説いておられるのですが(「モナ・リザは高脂血症だった」 新潮新書、2003年9月)。

 さて、私がこのテーマを選ぶことにしたのは、昨年末、明和会員の松永学さんとある会で同席した際、「コレステロールは高い方がいい、と週刊誌に出ていますが本当ですか」と尋ねられ、とっさにひと言では答えられないので、つい「わかりません」と言ってしまったところ、すかさず「さすがに専門家だけに簡単に答えを出されませんね」と変に感心されてしまったのがきっかけです。

 実は、「週刊朝日」が昨年の12月19日号に「コレステロール『高い方がいい』説の衝撃」と題する特集トップ記事を掲載し、つづいて12/26、2004年の1/2・9、1/16、1/23、1/30と2/13の各号に「コレステロール問題」を連載しています。

 またこれより半年も早く、読売新聞も、特集記事「医療ルネッサンス」で「コレステロールを考える」と題するシリーズ(2003年9月9日から9月13日までの5回)を掲載しています。「やや高い値が健康的」というのが第2回目のタイトルでした。

 さすがに2大新聞だけに、いずれも読者の眼を引くジャーナリスト特有の簡潔で派手な見出しを付けて問題の核心に迫った記事になっています。読んだご記憶のある方もおられましょう。

 そろそろ前置きはこのくらいにして、私なりにこの問題に入りたいのですが、最初にお断りしておきたいのは、私はあくまで「疫学」の立場から検証をすすめてゆきます。したがって、多数派の臨床現場の医師とは異なった少数意見になるかも知れません。しかし、「このまま放置するとどうなるかわからないよ」との脅しや、「手遅れですね」の逃げ口上を常套句にする「儲け主義」の医者とだけは付き合ってほしくないというのが本心です。

 では、表題のとおりに、皆さんがコレステロールと上手に付き合ってゆけるかどうか、ご一緒に勉強してまいりましょう。

 次回、まずは「コレステロールってどんなもの」から始めたいと思います。

                                          (2004年4月7日)

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