ドクター塚本  白衣を着ない医者のひとり言
No.149  自殺予防対策を考える(4)
予防活動は緒についたばかり
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 いろいろな統計データをご紹介しながら「自殺大国・日本」の実態を見てきました。自殺の一歩手前にうつ病があるからといって、自殺対策イコールうつ病対策だとか、自殺対策は精神科医療の専門分野だというのは短絡した考え方です。また「特殊な人が自殺するのだと、その原因をすべて個人の資質に帰す見方は既に破綻している」(上田紀行・東京工業大学准教授)というのが常識化しつつあります。私流に言うと、統計数字から「自殺に社会の構造的な問題が極めて象徴的に表れている」(NPO法人自殺対策支援センター・ライフリンクの清水康之・代表)ことを読み取ってほしいのです。

 もともとNHKのディレクターだった清水康之氏は、親を自殺で亡くした子どもたちの取材を契機に、「生き心地の良い社会」を作ろうと志し、自ら自殺対策の推進役を担うべくNHKを退職して、2004年に「ライフリンク」を立ち上げました。当時は自殺対策の法律すらない状況だったので、まず法律を作ろうと考えます。そのため、年間自殺者と同じ数の3万人分の署名を集めて、その命の重さを国会に示して「法制化」の後押しをしようとされます。この「3万人署名活動」は見事に成功し、最終的に10万人を超える署名が集まりました。こうして、参議院議員の超党派による有志の会の活動もあって、2006(平成18)年10月に「自殺対策基本法」が施行されました。清水氏の恩師に当る姜尚中・東大教授は、彼との対談のなかで、前進するための具体的な目標を示すことができる人が現代のリーダーなのだと彼のことを激賞しています(「青春と読書 10月号」 集英社)。

 このように、自殺対策の推進が国の基本的な方針として明文化されたことの意義は非常に大きいと言わねばなりません。この法律に謳われている基本理念を要約すると次の通りです。

 @自殺が多様かつ複合的な原因及び背景を有すること

 A自殺が個人的な問題としてのみとらえられるべきものではない

 B社会的な取組みとして関係する者の相互の密接な連携の下に実施する

 まさに自殺対策に取り組んできた人たちにとって、大きな拠り所が出来たことになります。

 さらに平成19年6月には、この基本法を受けて「自殺総合対策大綱」(内閣府)が発表されました。これは政府が策定した特に優先的に取り組むべき課題と領域を明示したもので、次の9つが挙げられています。

 @自殺の実態を明らかにする。

 A国民一人ひとりの気づきと見守りを促す。

 B早期対応の中心的役割を果たす人材を養成する。

 C心の健康づくりを進める。

 D適切な精神科医療を受けられるようにする。

 E社会的な取り組みで自殺を防ぐ。

 F自殺未遂者の再度の自殺を防ぐ。

 G遺された人の苦痛を和らげる。

 H民間団体との連携を強化する。

 こうして、それまではほぼ民間に任せきりだった自殺対策の立案や実施を国が行うことになり、内閣府に自殺対策推進室という担当部署ができたし、2009年度補正予算には「地域自殺対策緊急強化基金」として約100億円が計上されたり、着実に一歩前進することができました。

 しかし、大綱発表後すでに2年以上が経過していながら、いまだに自殺者は減るどころか増加傾向にあるのです。せっかく法律はできても各自治体が実態を解明して、その分析を基に十分な対策に乗り出していないのではないでしょうか。但田洋平氏(「エコノミスト」編集部)の取材でも、実際に各自治体は一様に「何をやったらいいのか分からない」状況で、結局、役所の窓口にパンフレットを置くなどして、啓発活動に終始しているだけだと言います。仏作って魂入れず、では仕様がありません。すべてはこれからという段階なのです。

 大学医学部でも手をこまねいているわけではありません。秋田大学の取り組みはすでにご紹介済みです(bW7ご参照)。ここでは、横浜市立大学精神医学教室・河西千秋准教授が、医学部内に「自殺予防学講座」を開設して自殺予防に特化した独自の教育(実習も含む)を実践しておられることを高く評価したいと思います。「大綱」の B に掲げている、いわゆる「ゲートキーパー」の養成にほかなりません。

 そのほか河西先生は、その著書「自殺予防学」のなかで、多方面にわたる具体的な自殺防止の処方箋をたくさん提言しておられます。とても全部はご紹介しきれません。ほんの一例だけご披露してみましょう。

 1)自殺方法・手段への対策として、立ち入りが簡単(高アクセス性)で、容易に実行できる(高利便性)電車のホームからの飛び込み自殺には、柵を設置し、見回りの強化を行い、マスコミにはドラマや報道での自殺の美化や過剰報道を止めさせる規制の必要性を説いています。

 2)「ホットスポット」(いわゆる自殺の名所)対策としては、飛び降りで有名だった高島平団地が、屋上を閉鎖し、廊下・通路のフェンスによって抑止に成功したり、青木が原樹海もメッセージや相談用の電話番号を記した立て看板を設置して、自殺企図者の「生きる気持ち」に訴えかけることが効を奏しています。東尋坊では、名物おろし餅店を経営しながら、活動をつづけているNPO法人「心に響く文集・編集局」茂幸雄代表は、声掛けと傾聴・助言に留まらず、当事者が抱える困難解消に必要な役所や支援団体へのつなぎを行って、水際で自殺防止に大きな役割を果たしています(詳細は、斎藤貴男「強いられる死」ご参照)。

 3)地域対策には、住民や組織を対象にした精神保健活動の増進、自殺予防やうつ病に関する啓発、ハイリスク者の適格な把握と介入のためのスクリーニング、それらを効果的に行うためのネットワーク作りが大切です。新潟県松之山町、秋田県由利町、青森県六戸町などの活動が紹介されています。まさに緒についたばかりですが、それぞれ特色をもった対策が動き出しており明るい兆しも見え始めています。

 折しも政権交代で自殺予防の取り組みにも変化が出ることを期待している、ライフリンク・清水康之代表の次の言葉でこのテーマを締めくくりましょう。「(これまでは)省庁の縦割りで総合的な対策がなかったが、政治家主導ならばできるはず」です(9月9日付 朝日新聞夕刊)。

<参考文献>

 上田紀行:「今を読み解く『社会の根幹を揺さぶる自殺』」9月13日付
          日本経済新聞・読書評

 河西千秋:「自殺予防学」新潮選書 2009年6月刊

  但田洋平:「日本は「自殺大国」 進まない対策と遺族支援」 週刊「エコノミスト」       2009年9月22日号

 斎藤貴男:「強いられる死 自殺者三万人超の実相」 角川学芸出版2009年4月刊

 
                       (2009年9月23日)
                          

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